10-2

 桑島ゆかりの能力は「過剰帯電保有」を軸としていた。いわゆる生体電力兵器であり、非常電力電源確保の為の補給兵を目的に開発し、失敗した被験体だ。つまり廃材(スクラップ・チップス)とは、実験に失敗した成れの果てを指す。あえて、爽はその事はひなたに説明はしなかったが。

 だが、ひなたの能力によって、遺伝子レベルで再構成をされ、ゆかりの体は、廃材からは逸脱した電力を保有するに至った。そもそも彼女の細胞は、空気中から電子を取り込み、増幅帯電させるものであったが、そのプロセスは失敗。ゆかりの周囲にある電圧を貯蓄する事で過剰放電を行うものに成り下がった。かつ、体が電力による細胞打撃に耐えられない。実験後、余命一ヶ月が彼女の運命だった。

 だから焦っていた。

 ゆかりが、被験体になった事には理由がある。廃材であれ、サンプルであれ、どの被験体も相応の理由で実験室に魂を売り渡す。

 ゆかりはひなたが被験体になった理由を知りたいと思う。持て余すほどに未知の力を秘めたひなただが、実験室に関わったニンゲンとは思えない程無垢だ。

 ひなたと爽の過去もいずれは聞き出す。だって悔しい。まるで繋がってる二人。阻害される自分。でもひな先輩はいじらしいし、可愛い。そして爽を想う自分の感情は変わらない。爽がひなたに一途な事を突き付けられたのは3日前。それまで、水原爽が実験室の関係者だと露にも思わなかった。

 感情はグルグル回る。

 自分の中で混乱しているのは分かる。余命一ヶ月しかない命だ。先日のオーバードライブで、自身の細胞寿命は大きく劣化したと思われる。

 時間は無い――。

 無いからこそ、自分のできる事をしたい。それはせめて、この前までは爽に想いを告げる事で。でも、もう一つ『したい』事ができた。

(ひな先輩の力になりたい)

 矛盾している。水原爽が、ひなたに想いを寄せているのは一目瞭然だ。心が焦げそうなくらい、自分の無力さを感じる。それは恋だけの単純なモノでない事も分かっている。

 それでも――。

 【実験室】に抗う、それすら自分の感覚ではあり得ない話だ。この流れは誰にも止められない。自分達は実験動物で、その対価とともに『体』を提供した。

 彼らは言う。

『これは契約だよ? 充分に精査した上でサインをしたまえ』

 実験室・室長“フラスコ"は作り笑いを浮かべて言った。

 これは国策による臨床実験だ。成功すれば君には力が手に入る。失敗しても国の保護による、支給と補償が待っている。だが、その失敗がどのようなカタチの失敗かは、ワレワレもソウゾウすらできないのだヨ?

 用意された台詞を読み上げるように“フラスコ"は言う。感情は消し去って、機械的にテンプレートとしてある言葉を呟いているのに過ぎない。

 でも、あの時のゆかりは高揚していた。

 力が――力が欲しくてたまらなかったから。

 その力は、今や実験室の枠から外れて、以前以上にゆかりに『力』をくれる。
 帯電と放電を繰り返す。

 それは深呼吸をするようなモノだったけれど。爽の作戦を頭の中に叩き込む。爽の偵察が終わったら、すぐに作戦は開始だ。

 今は静かにその時を待つ。

(役立たずの私が、誰かの『チカラ』になるなんて――)

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