許嫁には内緒
 如月ひよりの家は暗殺者の家だ、だがそれは裏のことで表向きはかつては大地主で今は不動産業や造り酒屋をしている。 
 それでだ、ひよりの義理の両親がこう話していた。
「我が家の本職は暗殺者だが」
「間違っても外道ではありません」
「受け持つ仕事は選んでいる」
「相手は人の道を外れた外道だけ」
「生きていて仕方のない悪党だけを殺している」
「そうした仕事だけを受けています」
 多額の報酬を得ていてもとだ、両親は言うのだった。
「そして人を殺めるには苦しめない」
「そのこともわかっておくことだ」
「例え人を殺めるにしても」
「そのことはわかっておくことだ」
「はい」
 ひよりも両親に頷く、そしてだった。
 ひよりは暗殺者として剣術それに毒の術を学んでいき瞬く間に凄腕の暗殺者となった。だが義理の両親も義理の兄もだ。
 決して善人を殺めることはなくそうした仕事を受けることもない。それでひよりも外道だけを斬り毒殺していた。
 とある悪名高い過激派あがりの学者を殺して家に帰ってだ、ひよりは両親に言った。
「確かにです」
「そうか、仕事をしてきたか」
「そうなのですね」
「はい、一太刀で」
 まさにそれでというのだ。
「消してきました」
「うむ、あの学者は学者というがな」
「実は過激派出身で今も過激派と結託していました」
「そしてテロも扇動しようとしていた」
「大学ではセクハラとパラハラの常習犯でした」
「その学者にセクハラを受け自殺した女学生の両親の依頼だったが」
「見事果たしてくれた」
 両親はひよりに微笑んで話した。
「よくやってくれました」
「見事だった」
「はい、それでは」
「それで、ですが」
 母親がひよりに言ってきた。
「明日のことですが」
「あの方とですね」
「会いますね」
「そうしてきます」
 ひよりは母に微笑んで答えた。
「今から楽しみです」
「それは何よりです。ですが」
「当家の裏の仕事のことはですね」
「言う必要はありません」
 つまり秘密にしろというのだ、絶対に。
「宜しいですね」
「承知しております」
 ひよりも確かな声で答えた。
「このことは」
「そうですね、では」
「あの方にお会いして共に時間を過ごしてきますが」
「婚礼の日まで操を守ることと」
「このことはですね」
「必ず守りなさい、いいですね」
「わかりました」
 ひよりは母に礼儀正しく答えた、そして次の日に。
 家同士で決めた許嫁と会った、だが相手の家はひよりの家が実は暗殺者の家であることは知らない。ただの昔ながらの良家同士の婚姻だった。
 それでだ、許嫁はひよりを普通のお嬢様姫と呼ばれる程の人でおしとやかで気品がよく優しい女性だと思っていた。それはこの時も同じで。
 長身でスマートで知的な顔立ちに笑みを浮かべさせてそうして彼女に言った。
「今日は美術館に行きますが」
「今日はゴッホをですか」
「はい、あの画家の作品を展覧しているので」
 こうひよりに話した。
「観に行きましょう」
「それでは」
「そしてです」
 許嫁はひよりにさらに話した。
「美術館の後で」
「お食事ですね」
「今日は中華ですが」
「確か広東料理の」
「そちらで宜しいですよね」
「はい」
 ひよりは許嫁に気品のある微笑みで応えた。
「宜しくお願いします」
「それでは」
 許嫁は自分がエスコートをしてそうしてだった、美術館でゴッホの絵を観てそのうえで広東料理、本格的な贅沢なそれを楽しんだ。お金は全て許嫁が出してくれた。
 その彼にだ、別れ際にこう言われた。
「また」
「はい、またお会いしましょう」
「そうしましょう、次は」
 許嫁はひよりに優しい笑顔のまま彼女に尋ねた。
「何処がいいですか」
「次に二人で行く場所ですね」
「何処が宜しいですか」
「では」
 少し考えた後でだ、ひよりは許嫁に答えた。
「映画はどうでしょうか」
「映画ですか」
「そして食べるお店は和食と和菓子のある」
 ひよりの大好物である、家でもよく食べている。
「そうしたお店が」
「では料亭にしましょう」
「そちらにしてくれますか」
「お店の予約もしておきます。映画も調べておきます」
「そうしてくれますか」
「どういった映画が宜しいでしょうか」
「邦画で時代劇のものがあれば」
 最近気に入っているジャンルである。
「観たいです」
「そうですか、それでは」
「はい、今度はですね」
「映画館と料亭を楽しみましょう」
「わかりました」
「ではお家までお送りします」
 許嫁も代々の良家だ、今はある国立大学で准教授を務めている。教授になるのも早いと言われている。
 その立場に相応しく知的で気品もある、それでひよりも彼と共にいるとそうした時間を過ごせて満足している。
 だが彼に言えまで送ってもらって別れてだ、家に帰ってだった。
 家の次期当主であり代々の暗殺者の中でも最高の暗殺者であり天才的な統率者と言われている義兄にだ、こう言われた。
「楽しかったかい?デートは」
「はい、ただ」
「それでもだね」
「結婚してもですね」
「そうだよ、当家のことはね」
「内緒ですね」
「他のことは言ってもいいけれど」
 それでもとだ、義兄はひよりに言うのだった。
「このことだけはね」
「左様ですね」
「そのことはわかっておいてね」
「承知しております」
「こればかりは言えないよ」
 自分の家の本当の仕事のことはというのだ。
「残念だけれどね」
「暗殺者であることは」
「例え殺めるのは外道だけであってもね」
「こうしたことは」
「言えないよ、では今度の仕事は」
「何でしょうか」
「あるNGOの代表だけれど」
 この者はというと。
「子供達を保護しているという名目で」
「実はですね」
「その欲望を満たす道具にしているんだ。そしてスナップムービーを裏の世界で売り捌いて儲けているよ」
 そうした輩だというのだ。
「父上と母上が依頼を受けた、頼むよ」
「わかりました、では」
「うん、頼むよ」
「仕事をしてきます」
 こう言ってだ、ひよりは次の仕事にかかった。許嫁の前では良家のお姫様だがその素顔は彼も知らない。だがそれでもひよりは彼とは楽しい時間を過ごしそれが出来ることに心から喜びを感じていた。


許嫁には内緒   完


                  2018・8・21

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