三十三歳独身
 猫母はその獰猛さと激しさから周囲から恐れられている、その外見も相まってとかく周りから避けられている。
 職業は女子プロレスラーだが悪役でありそのとんでもないファイトはファンからも驚愕を以て観られている。
 だがそんな彼女にだ、ある日若いレスラーはこう言われた。
「あんたその食生活は駄目よ」
「えっ!?」
「食事はバランスよくたっぷりよ」
 こう言うのだった。
「あんたスナック菓子とかよく食べてるけれど」
「それが駄目ですか」
「お肉とお野菜、特にお魚をしっかり食べて」
 そしてというのだ。
「果物だってね、とにかくバランスよくね」
「たっぷりですか」
「もう食べる量は幾らでもいいから」
 どれだけ多くともというのだ。
「私達はレスラーだから」
「それで、ですか」
「沢山食べる分にはいいの、ただね」
「食べる分はですか」
「そう、身体にいいものをバランスよくよ」
 そうしなければというのだ。
「駄目よ」
「そうですか」
「レスラーでなくてもね」
 それでもというのだ。
「まずはね」
「食べるものはですか」
「バランスよくよ。あとね」
「あと?」
「お部屋のお掃除してる?」
 猫母は今度はこのことを聞いてきた。
「そうしてる?」
「お掃除ですか」
「そう、お部屋のね」
「あまり」
「それはよくないわ。奇麗にしておかないと」
 部屋はというのだ。
「勿論おトイレもお風呂もね」
「何処もですか」
「住んでいる場所はね。奇麗にしないと」
「プロレスにも関係ありますか」
「関係ないわよ、けれどね」
 それでもというのだ。
「ちゃんとね」
「しないと駄目ですか」
「そう、だからね」
 それでというのだ。
「出来るだけね」
「お部屋のお掃除もですか」
「しないと駄目よ」
「そんなものですか」
「ちゃんとするべきことはしないと」
 駄目だと言う猫母だった、若いレスラーは今回の彼女に言われたことに最初から最後まで驚きを隠せなかった。
 それでだ、同時期に入った事務員にこの話をしたが。その事務員もすぐにこう言った。
「えっ、猫母先輩は!?」
「そう言ったのよ」
「嘘じゃないわよね」
「嘘にしては創作が凄いでしょ」
「ちょっと創作にしてもね」
「有り得ないでしょ」
「確かにね」
 事務員もこう言った。
「無茶苦茶ね」
「猫母先輩がそんな家庭的なこと言うなんてね」
「有り得ないわね」
「そうでしょ、けれどね」
「実際にあんたに言ったのよね」
「そうなのよ。ひょっとして」
 若いレスラーは事務員に言った。
「先輩のお部屋って実はね」
「かなり奇麗で」
「そう、普段の食事もね」
 それもというのだ。
「かなりいいものなんじゃないかしら」
「栄養バランスしっかりした」
「そういうのじゃないかしら」
「何か適当なものを貪っててね」
 事務員は自分というか彼女を知る者の猫母のイメージを話した。
「それでね」
「お掃除とかもね」
「全然しないってね」
「そんなイメージあるわよね」
「そうよね、けれどね」
「先輩そう言われたのね」
「そうなの、だから今度ね」
 若いレスラーはさらに言った。
「先輩のお部屋に行ってみてね」
「実際どうなのかって」
「確かめてみようかって思ってるけれど」
「まさかと思うけれどね」
「けれど言われるにはね」
 それならというのだ。
「本当にね」
「そうかもって思うから」
「行ってみてこの目でね」
「確認するのね」
「そうしようかしら」
「あんたがそうするのなら」
 事務員は若いレスラーの話を聞いて言った。
「私もね」
「一緒に来てくれるの」
「だって猫母先輩って猛獣みたいな人じゃない」
 そのレスリングスタイルはというのだ。
「野獣とも言われるし」
「そんな人が実際はどうか」
「あんたに言われて興味持ったし」
「だったらね」
 それならというのだ。
「一緒にっていうのね」
「そう、行ってね」 
 猫母の部屋にというのだ。
「そうしてね」
「確かめようっていうのね」
「そうしましょう」
「よし、じゃあ二人でね」
「行きましょう」
 こう話してだった。
 二人は猫母に彼女の部屋に行っていいかと尋ねたが猫母の返事は即答だった。
「いいわよ」
「いいんですか」
「そうですか」
「ええ、今日の帰りにね」
 トレーニングの後でというのだ。
「寄っていってね」
「今日ですか」
「それはまた早いですね」
「今日なんて」
「あんた達寮にいるけれど」
 それでもというのだ。
「それでもね、遊びに来たらいいよ。あとね」
「あと?」
「あとっていいますと」
「御飯も食べていったらいいよ。今日はちゃんこ作るしね」
 力士がよく食べる鍋だがレスラーもよく食べる、そうして大きなくかつ健康な身体を作っているのだ。
「食べていってね」
「いいんですか、お料理も」
「そちらも」
「いいよ、食べていけばね」
 それでとだ、猫母は二人に笑顔で答えた。そしてだった。 
 二人はトレーニングの後で猫母の部屋にお邪魔した、すると。
 部屋は何処も奇麗に掃除されていた、若いレスラーはその状況を見て言った。
「あれっ、本当に」
「そうよね」
 事務員も部屋の中を見て言った。
「隅から隅まで」
「奇麗にしてるわね」
「こんなに奇麗だなんて」
「凄いわね」
「だから言ってるでしょ」
 猫母は驚く二人に笑って話した。
「こうしたことはね」
「奇麗にして、ですか」
「ちゃんとしないと駄目ですか」
「そうよ、お洗濯もね」
 こちらもというのだ。
「ちゃんとしてるし」
「そういえば」
「ちゃんとしてるみたいですね」
「お部屋の隅に干してますけれど」
「そちらもですか」
「ええ、ちゃんとしないと」
 そうしなければというのだ。
「駄目だからね」
「だからですか」
「いつも洗濯して」
「干すこともですね」
「忘れないんですね」
「仕事の間雨が降ったら駄目だから基本部屋干しだけれど」
 それでもというのだ。
「毎日お洗濯もしてるわ、それで時間があったらね」
「お掃除もですね」
「されてるんですね」
「そうよ、ちゃんとして」
「そうしていかないと駄目だからですか」
「いつもですか」
「奇麗にしているの、じゃあ今からちゃんこ作るわね」 
 こう言ってだ、猫母はキッチンに進むが二人はここで手伝うと言った。しかし猫母はその申し出を笑顔で断った。
「あんた達はお客さんだから」
「だからですか」
「いいんですか」
「休んでいて」
 そうしてくれというのだ。
「テレビを観ながらね」
「それじゃあ」
「ここは」
「ええ、そうしていてね」
 こう言って二人を休ませた、二人は猫母の言う通りテレビを観たが。
 キッチンの猫母の動きも見てだ、そうして小声で話した。
「何かね」
「包丁捌きいいわね」
「調理の手際全体もね」
「てきぱきしてて素早くて」
「かなり上手そうね」
「まさか本当に」
 料理も上手かとだ、二人は思った。
 そして実際にだ、そのちゃんこ鍋を食べてみると。
「美味しい」
「そうよね」
「茹で加減も味付けも」
「これは」
「美味しいのね」
 一緒に食べている猫母も二人に尋ねた。
「そうなのね」
「はい、とても」
「美味しいです」
「これなら幾らでも食べられます」
「そんな感じです」
「それは何よりよ、じゃあどんどん食べてね」
 猫母は二人に優しい笑顔をかけてだ、そしてだった。
 三人でちゃんこをたらふく食べた、二人はその後で寮に帰ったが寮で二人で話した。
「意外とよね」
「家庭的な人なのね」
「確かに戦闘的だけれど」
「その時は物凄いけれど」
「けれどね、家庭のことはね」
「ちゃんと出来る人なのね」
 二人で話した、そしてこうも話した。
「ああした人ならね」
「そのうちいい人に巡り合えて」
「それでいい奥さんになれるわね」
「絶対になれるわよ」
 こうしたことも話した、そして実際にだった。
 猫母は一年後彼女のいい部分に気付いた人と出会い結婚した、そうしてプロレスは続けたがリングを降りると極めて家庭的ないい主婦となった。このことを誰もが意外に思ったが二人は違っていた。猫母の部屋に行った時に彼女のその姿を見たからだ。そのうえで主婦なった猫母を素直に慕い続けた。


三十三歳独身   完


                  2018・9・18

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