桜下覚鏡

 とある国の領主・赤木兼政は、隣国の領主・白河冬定と長年戦いを繰り広げていた。
 主人公の火嶋(かしま)重数は赤木兼政に見出され、幼少のころから仕えている。通称は左京亮。
 しかし、赤木兼政は病気のため死去。赤木家臣団の混乱を機と見るや否や、白河はあの手この手で赤木家臣団を分断する。
甘い言葉に誘われた赤木家臣の多くは赤木家を裏切るが、重数はいかに誘惑されようとも赤木家への忠誠を忘れることなく、兼政の忘れ形見である幼少の兼秀を支えていこうとする。
 重数の強い意志はところが、すぐに打ち砕かれた。赤木家を裏切りながらも面従腹背していた元の同僚に惨殺されてしまうのだ。 
 重数の刎頸の友、久保谷則道は重数を救えなかったことをひどく悔やむが、重数が殺されたその夜、庭の桜の木のもとで淡い光を放ちながら美しく佇む重数の霊を目撃し、慌てて駆け寄り、話をする。
 重数は語る。
「私のことを可哀想と思うかもしれないが、そのようなことは全くない。私はあなたという、心からの友人を持てたことが何よりも幸せだった。また、己の心に照らし合わせて一点の曇りなく、己の正義を貫くことができた。このような身となった今、現世のことは最早どうすることもできないが、私は自分の出来ることを、恥のないように行えたのでその点では全く悔いはなく、いい気持ちである。なので友よ、私のことで悔いることはやめてほしいと伝えに来た。私はあなたを安心させたくて、このような身をとってでも、わずかな間、この世に留まることを許された。しかしもう、別れのときである。どうか、お達者で」
 則道は友の心遣いが嬉しいと思うと同時に、そうは言っても現世のことは自分にしかどうにもできないと腹をくくった。
 則道は意趣返しと言わんばかりに白河に面従腹背し、白河が油断しきったところを攻めて討ち殺し、それを果たしたあと、自身もまたその場で腹を斬った。


「ええ〜……則道、重数の言ったことは無視して、復讐のあと最後には、死んじまうなんて。救いはないのかよ」
 感情移入しすぎた武助はやや、涙目になっている。
「確かに、折角、重数が前向きに生きてほしいとわざわざ伝えに来たのに、則道はそれに反している。でも、実際同じ状況に立ったら、則道のようにせずにいられるだろうか?」
「う〜ん……」
「友がどれだけ満足していたとしても、友の正義が報われなかったことが則道は許せなかったのだ。私は好きだな。現実に敵わなかった友のかたきを討って、自身も最期は潔く散る。まさに、桜のようだ」
「それを言うなら俺は重数が好きです。高潔なまま、自分のやりたいようにやって散った。やりきったから悔いはないでしょうし」
「ええ……? やることやりきって報われないのだぞ? 私は耐えられないな」
 二人が意見を交わしているのを、吉次郎は感心したように眺めている。
「それだよ。この物語を読んだあと、色んな感情が湧き上がってくる。でもその感情は人それぞれなんだよな。共通する感想は……」
「「この物語は面白い」」
 曙山と武助の声が重なり、吉次郎はうなずく。
「こんなに面白いからこそ、亡くなった兄サンとやらがが気の毒になっちまう。これからもっと色んな話が書けたに決まってるのに……しかも、もし弟がここへ持ってくることがなかったらこの物語でさえ日の目を見ることはなかった。この物語くらい、ぱあっと派手に花を咲かせてやりたいじゃないか」
 吉次郎の言葉に、曙山は胸を打たれた。
(私もそう長くは生きられない。尚更、気持がよく分かる。死んだ後、忘れられることは寂しい。生きた証を残したい……弟は兄のかたき討ちをしたいのだ。そうだろう……?)
 蔦重や源内、吉次郎までもそれぞれ一所懸命になっていることは、すっと曙山の腑に落ちた。
「よし、話は分かった。早速、とりかかろう。どのように描く?」
「おぉ、殿サンのやる気、いいねぇ~!」
 吉次郎は相変わらずの軽口だが、曙山の顔つきが変わったのを察して少し武者震いした。
 吉次郎でも曙山の変化に気付いたくらいだから武助にも勿論、伝わる。部屋全体が、ぴりりとしたいい緊張感に包まれた。
「そうだな、描かなきゃいけないのは全部で十枚。その十枚のうちから、まず、どの場面を挿絵にするかを話し合って決める。それが出来たらどの絵を誰が描くかを決める。あとは描く! どのように描きたいかはそれぞれに任せる!」
「え、吉次郎が全部に筆を入れるんじゃないのか? 誰かまとめ役がいないと各々、絵柄がばらばらになると思うんだけど」
 武助がもっともなことを言う。しかし吉次郎はにやりと笑った。
「なんで! せっかく殿サンと武助がいるのに、俺様の手伝いだけしてもらうだなんて、そんなの面白くねえだろ? 絵はバラバラでもいいさ! 俺様の絵に無理やり二人を合わせるよりも、各々が心を込めて自由に描いた方が絶対にいいモンが出来る!」
「そっか。なんかちょっと、照れるけどそういうことなら頑張るよ」
 行き当たりばったりのように見えて、吉次郎が意外にときっちり考えていたので武助は思わず感心してしまう。曙山にも異論はなかったので、三人はどの場面を絵にするかをまず話始めた。
 曙山たちの意気込みをよそに、太陽は天の真上に昇ろうとしていた。時間は少ない。

江中佑翠
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江中佑翠

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