section 10:Tragedy "XVI. The Tower"

Who is this? And what is here?
And in the lighted palace near
Died the sound of royal cheer;
And they crossed themselves for fear,
All the Knights at Camelot;
But Lancelot mused a little space
He said, "She has a lovely face;
God in his mercy lend her grace,
The Lady of Shalott."

これは誰?何故ここに?
ほど近い、灯火で輝く王宮も
王侯のさざめきも絶え果てた
おそれて十字を切る者もある
キャメロットに集う大勢の騎士たち
されどランスロット卿
しばし瞑目した後に
いみじくもこうつぶやいた
「神のおん恵み、
うるわしのシャロットの姫君に
垂れたまわんことを」

     Alfred Lord Tennyson
     THE LADY OF SHALOTT

 二日目の捜査を終え、ゴーストハンターたちは拠点の集合場所(部屋は一号室となっている)に戻ってきた。
「あら、コメットは? 」
 一番座り心地の良い肘掛け椅子に陣取り葉巻をふかしているゲーリーを見て、リーファスが尋ねる。
「うん、たぶん少し遅くなるんじゃないか? 」
 ゲーリーは先のコメットの様子を思い起こし、比較的無難な答えを選んだ。
「何かあったのか? 」
 こういう時は敏いケインである。
「まあな。帰ったら本人が話してくれるだろう」
 実に曖昧な返答だ。しかし、ゲーリーの口調から良い話ではないとは分かったので、リーファスとケインはそれ以上は何も聞かなかった。リリスもまた窓辺に立ち、ガラスの表に映ったゲーリーの表情を注意深く見ているだけだ。

 しばらく後、階段を上がる足音が聞こえた。ようやくコメットが戻って来たようだ。いつもの彼は自分に与えられた部屋に一度戻り上着などを脱ぐ。だが、今日はそのまま一号室の扉を開けた。いつもとは真逆の陰鬱な表情に、頭を冷やした際に気落ちレベルまで沈み込んだのかとゲーリーは思う。
「お帰りなさい」
 気遣って声を掛けたリーファスにコメットは「うん」と一言だけ答えた。そして、息をゆっくりと深く吸った後こう言った。
「アーサーは死んでいたよ」
 一同は黙ってコメットを見つめた。覚悟も予想もしていた事である。行方不明の調査員が命を落としていた事は、今までにも何度かあった。
「そうか……残念だ」
 沈黙の後、最初に口を開いたのはケインだった。
 コメットは上着のポケットに入れていたアーサー・ランドンの片眼鏡のフレームをテーブルに置いた。
「僕に分かったのは、アーサーは電話で呼び出されて例の酒場の裏まで行った。そこで背後から殴られ、そのまま首を締められて事切れた。その後、遺体はどこかに持ち去られた。……そこまでだ」
 リーファスがそっとハンカチで涙を拭う。何度遭遇しても面識のある仲間の死を知るのは辛い。コメットが黙ってしまったので、ゲーリーが話を続ける。
「アーサーはどうやら一度売った遺物を持って、もう一度売人の所に来るように呼び出されたらしい。そして何者かがその遺物を奪い彼に手を掛けた。コメットの今の話だとアーサーが渡すのを拒んだからじゃなく、口止めだろうな」
 ケインが軽く首を振って呟く。
「酷いな。何のためにそこまでする必要があるんだ」
「まあ持ち去った杖のような物が欲しかったのだけは確かだろうな」
 本来はこの手の推理の部分はコメットが口を切るのだが、今日の彼は相変わらず黙ったままなので更にゲーリーが先を続ける。
「他に分かっているのは、ハインリッヒ・シュタインにアーサーを呼び出すように脅したのが黒人の男だって事くらいだな。シュタインはでかい男と言っていた」

 そこまで聞いて、ケインとリーファスが思わず顔を見合わせる。
「ちょっと待って。今日歴史学博物館に、そういう感じの人がいたわよ?6フィート以上ある身長の筋肉質というか、何だかボディビルダーみたいな黒人の男の人。彼が犯人だって証拠はないけれど、可能性は無いかしら? 」
「大いにあるわね」
 そう言ったのは沈黙を守っていたリリスだ。彼女は先程焼いたばかりのコンタクトプリントをテーブルに乗せた。
「小さくて分かりにくいけれど、これがその『杖みたいな物』じゃないかしら? 」
 彼女が指したのはミイラを大きく入れた一枚だ。胸に抱えた錫杖もしっかり写っている。
「黒幕はロードマック卿でしょうね。彼はこの錫杖を『元からの埋葬品』だと認めたから」
 そこまで聞きコメットが踵を返して扉に向かった。
「ちょっと、どこへ行くの? 」
 リーファスが慌てて止めに掛かる。彼の表情に尋常ならざるものを感じたせいだ。
「放せよ!そのロードマックって奴が犯人だって事はもう分かったんだろう!? 」
 さすがに乱暴に手を振り解く事はしなかったが、語調は荒い。
「ちょっと待って!私からも大事な話があるの!! 」
 リーファスも何時になく強い口調で言う。
「何だよ? 」
 短いため息つき、コメットはリーファスを上目使いで見ながら聞いた。
「ダラス教授が死んでるらしい事は昨夜も言ったけれど、あの人の魂が見つかったの。博物館のミイラの中に残留幽体が残っていたの。かろうじて彼の意識ともコンタクトが取れたわ。彼は『ミイラに食い殺された』と言ってた。魂も肉体も一緒にね」
 にわかに信じがたい話ではあったが、リーファスの霊視の正確さはここにいる全員がよく知っている。
「つまりミイラが動いて、しかも人間を取って食うって事か? 」
 ゲーリーの言葉にリーファスは頷いた。ケインが頭を掻き、リリスの方を向いて呟いた。
「ちょっと待ってくれ。何がどうなってるのか分からなくなってきた」
 リリスは数秒間を置いて答えた。
「推測も入るけれど良い?……ダラス教授がエジプトからミイラと副葬品の錫杖を持ち帰った。何かの理由で錫杖はブローカーのハインリッヒ・シュタインの手でアーサーに売却された。ロードマック卿は錫杖が必要になり、取り戻すために黒人の男性を使ってアーサーを呼び出し、殺害。その後ダラス教授がミイラに殺された。彼の死体が現場に残らなかったのは魂も体もミイラに食べられたから。そして今ミイラと錫杖はロードマック卿の歴史学博物館に有り、黒人男性も同じ場所にいる」
 澱み無い口調で情報をまとめ上げ、最後にこう付け加えた。
「ここからは想像の域を出ないけれど、時間的に考えて、ミイラが動いたのと錫杖は何か関係がありそうね。ロードマック卿はエジプト女神のような顔を象った指輪を身につけていたけれど、女神の頭の上にも輪になった蛇が描かれていたわ。杖の上部の意匠と形が似ているのは、どうも偶然とは思えないし。……ミイラは自分で歩いて博物館まで行ったのかも知れない」
「その男が魔導師で、死体使役術でも使ったなら有り得るな」
 ゲーリーが肯定する。
「そこまで分かれば充分だよ!要はそのロードマックを押さえれば解決するんだろう? 」
「コメット、落ち着けって。証拠は無いんだぞ。押しかけた所で警察を呼ばれて終わりだ」
 今にも殴りこみそうな様子に、今度はケインが止めに掛かる。
「ミイラが動けば証拠になるだろ!? 」
 ゲーリーが困ったような表情で言う。
「いや、たぶんそう言っても警察は信じない。おまえが嘘発見器か精神鑑定行きになるだけだ」
「じゃ、どうする気なのさ!?二人も人が死んでるんだぞ! 」
「それを考えるのも俺たちの仕事だろう? 」
 ケインにそう言われ、さすがにコメットは言葉に詰まる。

 リリスは再び黙って彼らのやり取りを見ていた。表情が全て消え去っている。
「何だよ、言いたい事があるなら言えば良いだろ」
 自分を睨んで言ったコメットを二秒程見つめ、リリスは微かに口角を上げた。
「どう言って欲しいの? 『あなたの気持ちは分かる』と? それとも『先走ってもアーサーは喜ばない』? 」
「ちょ、ちょっとリリス! 」
 慌てて止めようとしたリーファスに、リリスは視線を向けた。
「挑発してる訳じゃないわ。何を期待しているのか分からないから聞いただけ」
「君には最初から何一つ期待なんてしてないよ! 」
「Is that so?」
 再び表情が消える。彼女は一度目を閉じた後、再びコメットを見た。
「それなら、私に発言を求める必要は無いわ」
 この一言でコメットの怒りの矛先は完全にリリス一人に向いた。呪いでも掛けるかのような押し殺した低い声で彼は言う。
「前にアーサーに助けられたって言ったけれど、恩人が死んだのに何故そんなに平静でいられるのさ」
「調査に失敗すればアーサーやダラス教授の死が無駄になるからよ。あなたは事件を解決する事以外に、一体何が必要だと言うつもりなの? 」
 リーファスもケインもゲーリーも、もうこうなってしまっては口を挟む事さえ出来ない。コメットはリリスを睨んだまま一度押し黙り、右手を強く握りしめる。そしてダンと大きな音を立てテーブルに拳を叩きつけた。
「Go to hell! Bitch!! 」
 そのまま扉を開け彼は出て行った。追うべきかとリリス以外の一同は焦ったが、階段とは逆の方向でコメットの部屋のドアが閉まる音が大きく響き渡ったので、全員がホッとして肩の力を抜いた。

「……殴る気かと思った」
 シンとなった部屋の中で、安堵した声でそう言ったのはケインである。こういう時にショックから立ち直るのは彼が一番早いらしい。
「コメットには悪いけれど、その時は全力で回避するわ」
 リリスは実にあっさりと言った。コメットのように格闘の知識は全くない彼女だが、反射神経なら負けない自信はある。
「それにしても、何故あんな事を言ったの? 彼が怒るのは分かりそうな物じゃないの」
っと立ち直ったらしいリーファスが、少し咎めるような口調で言った。リリスは薄く笑みを浮かべてそれに答える。
「それが"今は最良だ"と思ったからよ」
 そう言われてしまうとリーファスも返す言葉が見つからない。

 ゲーリーがずっと乗り出していた体を椅子の背もたれに預けて言った。
「だから頭冷やせって言っといたのに。とにかくコメットが冷静になるまで少し時間が必要だな。これじゃ今後の行動予定も立てられない。えーとそれから、リリス? 」
「何かしら? 」
「コメットは……アーサーに関して、たぶんだな」
 やや言いにくそうに口ごもったゲーリーに、リリスはにっこり笑う。
「知ってるわ」
 何の話をしているのか分からず、ケインとリーファスがリリスの顔を見る。
「いや、分かってるなら良いんだ」
 ゲーリーはそう答えて立ち上がると、部屋を出て行った。
「何の話なの? 」
 今度は口に出してリーファスが尋ねる。
「あなたたちもコメットの父親が行方不明なのは、聞いた事があるでしょう? 」
 リリスはそれだけ答えた。
「ああ、そうか」
 そこで二人も納得した。コメットは父親とアーサー・ランドンを重ね合わせて見ているのだろう。少々お節介で若い調査員に対して面倒見の良いランドンに父性を感じていたのかも知れない。そうでなかったとしても行方不明になったと聞き、他人事とは思えなかった。それなら彼の激しい怒りや落ち込みも納得出来る。

 気が付くと、リリスの姿も部屋から消えていた。
「何か食べましょうか? 」
 ジェーンも今日は食事が個々に可能性を考えて、好きな時に夕食を取れるように準備しているはずだ。
「そうだな。何か……食欲はないけれど、何か食べとかなきゃ」
「ええ。ここからが正念場になりそうだもの」
 二人は二号室のジェーンの元へ向かった。

 自室として割り当てられた部屋のベッドに寝転がり、コメットは天井をぼんやりと見ていた。つい怒りに任せて一号室から出てきてしまったものの、仕事は仕事である。まさか、このまま不貞腐れて明日は何もしない訳にはいかない。だが、今はまだ誰にも会いたくはなかった。

 怒りが少し収まり冷静な思考が戻ってくると、先程リリスが言葉では「挑発していないと言ったのが嘘ではないか? 」と思えてきた。もしかしたら自分が博物館へ行く事を阻止するために、わざと彼女の方に怒りが向かうように仕向けたのではないだろうか?こういう考えは大抵は邪推でしかないのだが、相手はあの女だ。それくらいの事は顔色一つ変えずにやってのける気がする。

 そう考え始めると、このまま相手の思う壺になるのはどうにも面白くない。コメットは勢いをつけてベッドから起き上がると、拠点に持ってきている服の中で一番身軽な物を選んで着替えた。そして部屋の窓を開けて周囲を見る。街灯がこちら側にないため辺りは暗く、足場になるような高さの物も見えない。だが窓下にレンガで作られたレリーフがあり、それを使えばこの窓からでも外に出られそうだった。
 ただ音を立てずに下へ降りるには雨樋を使った方が良さそうだ。そうするにはリリスとゲーリーの部屋の外を通る必要がある。身を乗り出して見た所では、二人の部屋のカーテンは閉まっているようだ。コメットは窓から外へ身を乗り出して、窓の下のレンガ半分以下の厚みのレリーフに足を掛けた。出来るだけ音を立てないように、そっと隣の窓を横切ろうとした時だった。
彼の視界に一枚の紙が入ってきた。それはリリスの部屋の窓に内側から貼られており、部屋の中からテーブルランプを使って照らし出されている。そこには大きな赤い文字でこう書かれていた。

「Dear Mr. Comet Star
お先に目的地に向かいます。
後はよろしく。
Ilis "Bitch" E. Glays」

 しばし絶句してそれを見つめた後、コメットは短く叫んだ。
「あの……性悪女狐!! 」
 そのまま彼は二階から地面へと飛んで着地した。全力で走って表へと回り、一息に階段を駆け上がった。そして一号室の扉を勢い良く開ける。室内にいたゲーリー、ケインそしてリーファスが「一体何事か?」と一斉に彼の方を見た。
「嵌められた!! 」
 開口一番に叫ぶコメット。当然ながら他の三人には全く意味が分からない。
「リリスだ!!あいつ、一人で博物館に向かったんだ!! 」
「えーと、ええ!? 」
「だから、あいつ、わざと僕を怒らせて……あーもう、いいから!とにかく皆、早く支度して来て!! 」
 大きな声で捲し立てるコメットの勢いに追われるように、三人は慌てて部屋へ戻って身支度を整え始めた。
「全くこんな単純な手に引っかかるなんて」
 そんな自分に向けての文句を言いながら、ふと自分の口元がいつのまにか笑っているという事実に気がつく。

 コメットが窓を使って脱出する事を予想し、リリスが残していた伝言。あれを見た瞬間に思ったのは「これ以上もう死者は出したくない」という事だった。リリスもたぶん同じように考えた末の行動なのだろうと想像すると、自然に笑いがこみ上げてくるのだ。
 そして、彼女もまたアーサー・ランドンの失踪と自分の行方不明の夫の境遇を重ねていたのだという事に、今更気づいた自分もかなり滑稽に思えてくる。
「リリスはさ、ちょっと痛い目に合った方が良いよ」
 コメットは身支度を終えて戻ってくる三人を待ちながら、そう呟く。一つ息を吐き出して廊下の壁にもたれた彼は、いつもの少し子供じみた瞳の輝きを取り戻していた。

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