section 11:Night Shift "XX.Judgement"

"To the virgins, to make much of time"

Gather ye rosebuds while ye may,
Old time is still a-flying;
And this same flower that smiles today,
Tomorrow will be dying.

The glorious lamp of heaven, the sun,
The higher he's a-getting,
The sooner will his race be run,
The nearer he's to setting.

That age is best which is the first,
When youth and blood are warmer;
But being spent, the worse, and worst
Times still succeed the former.

Then be not coy, but use your time,
And while ye may, go marry,
For having lost but once your prime,
You may forever tarry.

"乙女らよ、時を惜しめ"

年若き日に、薔薇のつぼみを摘みなさい。
古いときは、今も過ぎ行く。
今日笑って咲いているその花も
明日には枯れてしまうだろう。

天国に輝く灯、太陽も
より高く昇れば
それだけ早く降りてくる。
沈む時も近い。

一番よい時は、そのはじめの時。
若さと血潮の熱いとき。
無駄にすごせば、しおれるばかり。
時は昔に帰らない。

はにかんでないで、若い時を楽しみなさい。
そうして、早く結婚を。
花の盛りを過ぎたなら、
いつまでもただ待ち続けるだけ。

     Robert Herrick
     "To the Virgins, to Make Much of Time"

 闇に紛れ、リリスは極人の目につかない方向から博物館の敷地内へと足を運んだ。足音を立てずにそのまま裏口へと回ると、用意していた解錠用のピックを取り出す。そして、いとも簡単に二つあった防犯用の厳重な鍵を開けた。
 拠点でリーファスが言っていた通りミイラが自分の意志で動く存在だとしても、まさか館内を無作為にうろついている事はないだろう。しかしあれがもしロードマック卿にとって"価値のある物"であれば、夜間の見張りくらいは置いているかも知れない。何にせよ今日のインタビューの時点で、少なくとも自分の事は怪しんでいただろうと、リリスは想像していた。ひょっとしたら既に心霊調査機関の人間だと気づかれている可能性もある。そして、あのやり取りから考えて、ロードマック卿が「全く何も知らない一般人」という可能性は切り捨てて良いだろう。

 一階に人の気配が全くない事を確認する。火災時の避難用階段も無さそうなので階上へ向かうには、中央の階段を使うか壁をよじ登り窓から侵入するしかなさそうだ。後者の方がかえって見つかるリスクが大きそうなので、迷わず屋内階段へと向う。三階までは何事もなく潜入したリリスだが、階段の陰から三階のホールを伺っていた時だった。
 出し抜けに男の悲鳴が響き渡った。奥の部屋だろう。すぐにリリスは特別展示室へと足早に向かう。勿論、出来る限り影になる場所を選び、足音は完全に消して移動していたはずである。

「今の時間は閉館中ですよ、お客さん」
 少し離れた暗がりで極低い男の声がした。のそりと闇の中で立ち上がる長身の影。

 リリスは静かに動きを止め、こちらへ向い来る相手を見る。窓から差し込む僅かな灯に見えたのは、髪を極短くした黒人男性の顔だ。続いて筋肉の塊のような太い腕や茶系の服を着ているらしい胴が見えた。
 動きから察するに、相手はこちらをまだ視認してはいない。とすると、空気の動きで侵入者の存在に気づいたという事だ。……かなりの手練だ。リリスは極自然に口元に笑みを浮かべていた。そっとホルダーに入れていた小型カメラに指をかける。男の影がこちらに太く長い腕を伸ばした瞬間、リリスは男に向けてカメラのシャッターを切った。フラッシュのまばゆい光が炸裂する。
 相手が反射的に顔を背けた隙に、リリスはホルスターから銃を引き抜いて発砲した。

 遅れて博物館内に辿り着いたゴーストハンターたちの耳に、階上から銃声が聞こえた。隠密行動をしている暇は全く無いらしい。
「急ごう! 」
 すぐに走り出した四人だったが、階段の途中でゲーリーが息切れして速度を落とす。残りの三人が三階まで一気に駆け上がるのを見ながら、彼は呟いた。
「こ、これは、年のせいじゃないんだぞ」

 リリスの喉に手をかけ締めあげている男は、そのまま彼女の体を宙へと持ち上げた。最初に放った弾丸は男の腕に確実に当たっていたのだが、それを物ともしない。素直に頭か心臓を狙うべきだったかとリリスは少しだけ後悔する。目の前が赤く染まり呼吸が止まる。

 と、その時。
 大柄の男の背後からユンユンという場違いな音が聞こえた。「ぐお!」という声を上げて大男の上体がぐらりと揺れ、リリスを締めあげる腕の力がわずかに緩んだ。咳き込みそうになるが何とか堪えて、彼女は宙に持ち上げられた状態から反動を付け相手を蹴りあげた。
 男が体を屈めてリリスを離したタイミングで、背後から何かが男の顔を覆う。
「コメット、やめて! 」
 掠れた喉からかろうじて声が出た。
 上着で大男の顔を覆い、その首筋をまさにバトルナイフで切り裂こうとしていた手が止まる。その代わりにグリップで相手の後頭部を殴りつけた。ほとんど同時に男の動きが不自然に静止した。彼の後に立っているリーファスがタリスマンを握り、意識を集中し、霊力で彼を拘束しているようだった。
 ケインが駄目押しのように再度怪しげな光線を放つと、大男はがくりと床に崩れ落ちた。

「お嬢さん、お手をどうぞ」
 ようやく三階に辿りついたゲーリーがまだ床に座った状態だったリリスに手を差し出す。
「有難う、ミスター・クローン」
 少し肩を竦めた後、リリスは彼の手を借り立ち上がった。何とか普通に行動出来そうだ。

 ケインと共に大男を縛り上げていたコメットがちらりとリリスを見て言う。
「助けに来た訳じゃないから」
 リリスは唇の端を僅かに上げ「I know.」と答えた。

 二人が男を縛り終えたのを見計らってリーファスが集中を解き、リリスの側に来た。
「リリス大丈夫?治療しなくて良い? 」
「大丈夫よ」と頷いた後、リリスは全員の顔を順に見渡して「有難う」と微笑んだ。そして真っ暗なホールを見る。
「さっき奥の方から男性の悲鳴が聞こえていたわ。原因がミイラなら、もう間に合わないでしょうけれど」
 リリスの言葉に、全員が闇の向こうにある最奥の部屋へと視線を向ける。

 ケインとコメットが立ち上がり、リーファスがタリスマンを強く握りしめた。
「じゃあ、早速メインディッシュといこうか」
 そう言ったのはゲーリーだ。歩き出す仲間の背中を見ながらリリスが小さく呟いた。
「随分まずい前菜だった事」

 『Special exhibition rooms(特別展示室)』と戸口の上部に書かれたドアの前。まずリーファスとゲーリーが各々自分の"武器"を手にして扉の両サイドに立つ。リリスが再びピックを使い鍵を外し、武器を構えたケインの横まで下がる。そしてコメットが勢い良くドアを蹴り開けた。

 既に半ば食われた状態の犠牲者から、干からびた姿の男が顔を上げた。血まみれの顔の眼孔の奥にぼんやり光る赤い色、そして床に転がったトーチ(懐中電灯)に深夜の闇の中での惨劇が浮かび上がる。
 ミイラが抱え込んでいる男の残骸は、生前はロードマック卿が雇った警備の役の男だったのだろうか。好奇心からミイラを見ようとでも考えて合鍵で部屋に入り込み、何らかの理由でミイラが動いてしまったのかも知れない。ガラスケースが開いている事から考えると、彼自身がミイラに直接触った事が切っ掛けだった可能性も高い。
「余計な仕事を増やしてくれたね」
 コメットが呟く。恐らく本人も死の直前にこれ以上ない程に後悔していた事だろう。貪欲なる捕食者は見た目の印象よりもずっと早い動作で立ち上がり、新たな獲物へと向かってきた。

 ケインの手にした『ビリビリ君』(正式な名称は『怪光線銃』)から緑色の光線がミイラに向かって飛ぶ。効果が如何程の物かは相手が干からびた体ゆえ視覚的には分からない。だが、焼け焦げた嫌な匂いを発している事からは、きちんと熱が加わっているのは分かる。
 その横に立ったリーファスがハイヤーセルフに力を借り、肉弾戦を行うであろうコメットを支援する。オーラで作られた皮膜が小柄な体を覆った。彼もまた、意識を手にしたバトルナイフに集中する。父親の形見でもあるそれは、銀色の輝きを放ち始める。彼は、弾丸さながらにミイラの懐に飛び込んで斬りつけた。
 コメットの背後にいたゲーリーは内ポケットに入れていた小さな革製の本を開き、指で宙に印を刻む。前に差し出された彼の手から放たれた細く小さな物体がミイラの手足に刺さり、鋭い音を立てて弾けた。足の一部が砕け落ちたが、元々死者であるミイラは意に介した様子もなく、コメットに掴みかかろうとしていた。
 リーファスが再び念を集中すると、手の中に淡い光のナイフのような物が現れる。
「当たって! 」
 彼女はそれをミイラの頭部目掛けて投げつける。顔面に刺さったそれはジュという音を立てて煙を上げ、相手の皮膚を切り裂きながら消えた。
「電気の効果は今ひとつだったかな? 」
 ゲーリーはそう呟き、革製の本のページをめくる。コメットに攻撃を避けられたミイラは、ゲーリーとリーファスのいる辺りに向けてその腕を伸ばして来た。
 その指先を32口径銃が砕く。撃ったのはリリスである。しかし、彼女はそのまま銃を下ろした。先程から感じていた違和感の正体に気がついたのだ。
「錫杖がない」
 リリスが呟く。エネルギーパックを交換したケインがもう一発、怪光線をミイラに浴びせかけながら言う。
「その辺に落ちてないか? 」
 再びミイラに斬りかかっていたコメットの足元でトーチが転がった。
「この状況で探す余裕なんてないよ!? 」
 彼はミイラの攻撃を避けた時に矛先が他のメンバーに向かったため、ナイフで攻撃を受け止めていた。コメットの霊力を帯びたナイフはミイラに確実にダメージを与えているが、痛みを感じない相手は腕が落ちようと足が砕けようと動き続けている。
 ゲーリーが次に開いたページの印を描きながら、短い詠唱を始めた。
「שינה השטן בלהבה.
אנא השב לי.」
 ミイラの足元の床から大きな口を開けた獣のような姿の物が現れたかと思うと、上に向かって炎を吐き出した。ミイラの右腕が焼け落ちた。
「あった!あそこだわ! 」
 一瞬だったが今の炎で室内が明るくなったため、リーファスが錫杖を見つけたようだ。彼女が指さした方向はミイラの背後だ。リリスは目を細めてその場所を見る。再び暗くなった床の上はここからでは確認出来ない。だが躊躇する時間はない。転がるようにミイラの足元へ滑りこみ、自分に向かって掴みかかって来たミイラの顔面を至近距離から撃ち抜いた。
 予想外の方向から飛び込んできたリリスに、コメットが慌ててバトルナイフでミイラの足を払った。三発目のケインの怪光線がミイラの足をそのまま焼き払う。
 床を探っていたリリスの指先に何かが触れた。錫杖だ。そのまま手探りで拾い上げた彼女の手の中で、いきなりそれが赤く光り始めた。
「リリス、放して!! 」
「ダメだ、危ない! 」
 気配に気づいたリーファスとコメットが同時に叫んだ。その声に手から錫杖から手を離したリリスの足元で、それは音を立てて燃え上がり四方に炎の波が広がった。足を失ったミイラにまず引火して燃え始める。炎の中でしばらくそれは蠢いていたが、すぐに動かなくなった。当然だから周囲にも引火して燃え広がっている炎にゲーリーが思わず言った。
「これは俺じゃないぞ」
「分かってる!消火しなきゃ!! 」
 ケインが焦った声で叫んだ。
「駄目よ、間に合わない!早くここを出ましょう! 」
 リーファスの言葉を合図に一同は出口に向かって走った。

 階段の前にはまだ先の巨漢の黒人が縛られたままだ。部屋の外にまで炎が広がる中でリリスがロープを切る。だが、まだケインの麻痺銃とリーファスのバインド能力の影響が残っているため、男はほとんど動けそうにない。
「手を貸して」
 後ろにいる他のメンバーにそう言ってリリスは男を助け起こす。
「放っておけば良いじゃないか」
 燃え盛る炎の音で聞こえない程のコメットの小さな呟き。リリスは振り向かずに言った。
「ゴーストハンターに人間を裁く権限はないわ。相手が何者でもね」
 一瞬躊躇していたリーファスが、まずリリスの側へと来る。ゲーリーとケインも続く。最後にコメットが俯いてため息をついた後に、男を抱えて移動を始めた仲間の手伝いに加わった。

 一同は火が完全に回る前に、何とか外に出る事が出来た。燃え上がる博物館の建物に野次馬が集まり始めている。
「こっちよ」
 リリスは潜入時に使った人がほとんど通る事のない暗い道へと向かう。現在空き家になっているらしい区画だ。博物館の敷地を抜ける時に、燃える建物の向こうに、止まっていた一台の車が動き出し、走り去るのが見えた。
リリスが思わず足を止めそちらを見ているのに気づいたケインが「どうかしたのか? 」と声を掛ける。リリスは黙ったまま首を振った。

 ケインが先に一旦拠点へ戻り、車を手配して貰うようにジェーンに交渉しに行った。その間、空き家らしき建物の影で一同は燃え落ちていく博物館を見ていた。
「ああ、俺の物になったかも知れない錫杖よ、さらば」
 やや芝居がかった言い回しのゲーリーに、リーファスが少し疲れた表情で言う。
「あんな物を貰ってたら、今頃あなたもここにいなかったわよ」
「それにしても何故急に火が出たんだろうな」
 ゲーリーの疑問にコメットが答えた。
「パイロキネシス(発火能力)だよ」
 リーファスが頷き、補足する。
「誰かが博物館の外から霊能力を使って、あの錫杖を媒体にして火を放ったみたいだったわ」
 霊能力者の二人は、霊力が発動した時にその気配を察したのだろう。
「ロードマック卿、か……」
 リリスが呟く。彼本人か、もしくは彼の配下の誰かが行ったのだろう。この黒人の男性まで一緒に巻き添えにするつもりだったのか。いや、むしろ捨て駒として見張りに立たせておき、あわよくばこちらの戦力を削げれば良いという程度に考えていたのかも知れない。
 そして、恐らくは先程ここから走り去った車の中に、あの男はいたのだろう。

「錫杖もミイラも灰になってしまったけれど、事件はこれで一応解決よね」
 リーファスの言葉に「そうね」とリリスは頷く。だが博物館に向けられた彼女の目は、どこかもっと遠いところを見ているようでもあった。

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