第十二話 新聞部とAランチ

「恵理」

 放課後、ちょうど部活に行くのであろう恵理に話しかけた。

「あらら、啓一君に達也君じゃん。やっほー」
「ちょっといいかな?」
「いいよー、どうせ暇だし。ご夫婦揃って私を訪ねるなんて珍しいね」
「聞きたいことがあってな」
「啓一、ちゃんと突っ込んでよ!」
「あ、私もあるんだけど、先にいいかな」
「ちょっとォ!?」
「美鳥の事か?」
「そう。休みなんて珍しいからさ。風邪?」
「……いいよ、僕黙ってるから」
「風邪が移るからって、家にも上がらせてもらえない状態だ」

 不貞腐れている達也を尻目に、恵理の質問に返答する。

「そっかあ。みんなでお見舞いに行こうと思ったんだけど、それなら仕方ないか」

 退部届のこともある。恵理とは多少情報を伏せて話そう。
 風邪で誤魔化せるのは一週間が限度だな。

「で、啓一君の用は?」
「ローブの絵描きについて詳しく教えてくれないかなと」
「噂話以上の情報はないなー。見たって人が何人かいるけど」
「おっ、その人を教えてくれ」
「学食Aランチ」
「なっ」
「二日間にまけとくよ?」
「き、きつい」
「はあ……一日分なら僕が出すよ」
「おお!」
「さすが夫婦」
「奢らないよ?!」
「教えないよ?」
「う……」
「交渉成立ってことでいいのかなー?」
「ああ」
「達也君は?」
「……聞きに来てるのは僕達だし」
「はいはーい」
「達也」
「何?」
「いいのか?」
「安いもんだよ、これくらい」
「瑞樹先輩は噂になってるから知ってるよね」
「ああ」
「他の人の事は初めて口外するんだけど」」
「誰にも言わないって約束するよ」
「ほい来た」

 恵理はカバンの中からメモ帳とペンを取りだした。

「三年生の佐々木先輩と、一年生にも目撃者がいたかな」
「教室は?」
「瑞樹先輩はA組。佐々木先輩はC組」
「一年生の子はB組だけど」
「だけど?」
「今入院中らしいよ。会ったことはないし」
「さすがに病院にまで押し掛けることはできないか」
「退院するのを待つ事だね、どうしても話が聞きたいなら」
「病気か何かなの?」
「交通事故だって。美鳥から聞いた」
「美鳥から?」
「うん。美術部の後輩だったから、心配してたよ」
「交通事故……」

 美樹……。

「啓一」
「あ、悪い。じゃあ、明日の昼休みにでもいってみようかな」
「私も行っていい?」
「お前はもう話を聞いたんだろ」
「えー。だって楽しそうなんだもん」
「いいんじゃない? 美鳥の事を伏せるなら、それは先輩達に対しても同じだよ。条件は変わらないと思う」
「……わかった」
「やた!」
「でも、何でローブの絵描きに興味持ったの?」
「そ、それは」
「達也君が情報の為とはいえ、人に物を奢るのもなんか怪しい」

 こ、こいつ、勘が鋭い。新聞部で培われた能力か?

「ぼ、僕が見たんだよ!」
「え?」
「見たんだって、ローブの絵描き!」
「マジ?」
「マジマジ」
「それでいろいろ調べたくなったのね。啓一君は?」
「達也に同じく」
「ってことは、啓一君も見たの?」
「あ、ああ」
「いつ?」

 正直に答えると、いろいろ話がややこしくなりそうだな。

「ど、土曜日だ」
「あー。明音ちゃんが迷子になったって話?」

 別に見たって嘘を言ってる訳じゃない。その時点で見たのは二度目だけどな。

「明音の事も知ってるのか」
「私が知らない噂なんてないわよ」
「それは大げさな」
「そうかな? あ、君らがローブの絵描きを見たんなら質問させて」
「なんだ?」
「ローブの絵描き、男だった? 女だった?」
「性別って変わるの? 確かに瑞樹先輩のは女の人っぽかったって噂だけど」
「達也君が見たのは?」
「男の人、だったと思うよ」
「思う?」
「自分で言うのもなんだけど、中性的って言うか……」
「なるほどね。啓一君は?」
「俺は」

 土曜日に見たのは、美樹の顔をしたローブの絵描き。つまり女だった。
 でも、その前に川辺で見たのは、間違いなく男の声だった。

「どっち?」
「……男、だった」
「なるほどね」
「こんな事聞いてどうするんだ?」
「気付かない?」
「何に」
「目撃者と性別が一致するのよ」
「あ」
「確かにそうだね」

 瑞樹先輩が見たのは女性。俺と達也が見たのは男。
 これは……。

「ま、私は佐々木先輩に男か女かを聞き直しに行くって訳」
「なるほど」
「今日は無理だろうけどね」
「部活が忙しいのか?」
「受験勉強で、部活なんかしてないわよ。あの先輩」
「そうなのか。元々何部だったかな。忘れた」
「とにかく明日だな」
「そうね。Aランチのデザート付き、忘れないでね?」
「増えてる! なんか増えてるよ!?」


 あくる日の昼休み。

「デザートは?」
「通常のAランチって約束だったはずだけど?」
「えー、啓一君のケチー」
「ははは……」

 気持ち軽くなった財布をしまい、少しばかり自嘲的な笑みがこぼれた。
 やはり学食は値段が高い。

「学食で食べるのは久しぶりだね」
「食ってるのはコンビニのパンだけどな」

 学食の雰囲気からはかなり浮いている組み合わせだ。
 なんだかかわいそうな物を見る視線が突き刺さってくる。嫌だな、この感じ。別に学食で食う場合は購買のパン持ってきても構わないのに。

「ほら、行くぞ」
「やだーデザートー」
「頼む、頼むから勘弁してくれ! 一人暮らしには学食って散財以外の何物でもないんだって」
「わかったよー。達也君?」
「ヤダ、ゼッタイ」
「ケチ」
「普通のAランチで我慢しろ」
「うー」

 達也と不満そうな恵理を連れ、三年のいる二階へ向かう。
 まずは階段に近いC組から。

「あの、すいません」

 入口付近にいる適当な先輩を呼び出す。

「佐々木先輩を呼んでもらえますか? 新聞部です」
「おー、熱心だね新入部員」
「今だけはね」
「あ、ちょっと待ってねー」
「さっちゃーん。お客さんだよー」

 先輩の大きな声に、クラス全員が振り向いた。
 その中の一人が向かってくる。あの人か。

「なに?」
「新聞部だって」

 背は低めで眼鏡が特徴、絵に描いたような真面目そうな人ってところかな。

「またなの?」
「はははー、すいません。ちょっと聞きそびれた事がありまして」
「これっきりにしてくださいね」
「わかりました。えと、ローブの絵描きを見たってのはいいですよね」
「ええ。暗かったんで、特徴だけはよくわかりませんでしたけど」
「男でした? 女でした?」
「……どうだったかしら」
「暗いんじゃよくわからないだろ」
「そうだね」
「何か、他に気付いたことってありません?」
「手招きされて、怖くなったから逃げただけですよ」
「そうですか」
「あ」
「何か思い出しました?」
「ペンを持ってたのは左手だったかな」
「左手……」

 佐々木先輩、左手とメモを取る恵理。

「先輩って、右利きでしたっけ」
「いえ、昔から左利きよ」
「へぇ、そうなんですか。俺もなんですよ」
「そ。もう戻っていい?」
「あ、すいません。もう一つ」

 今度は俺が先輩を呼び止める。うわ、不機嫌そうな顔……。

「あの、キャンパスに何描かれていたなんて……わかりませんよね」
「……暗くて見えませんでした」
「そうですか。ではこれで失礼します」

 一度、階段踊り場へ。

「恵理、収穫は? いろいろ聞いてたけど」
「性別だけじゃなくて、利き手も同じだった事、くらいかな。偶然だろうけど」
「俺は絵描いてるところをちゃんと見てなかったから、利き手まではわからないぞ」
「残念。達也君は?」
「僕もそこまでは……」
「んー、利き手まで同じだからって何だってのよー!」
「叫ぶな。落ち着け」
「はあ……訳がわからない。じゃ、二人共あとはよろしくね」
「は?」
「瑞樹先輩のとこまでいってらっしゃい」
「なんでだよ」
「あの先輩、私の事を見るとすごい睨みつけてくんのよ? すっごく怖いんだって!」
「いろいろしつこく聞き出そうとしたんじゃないか?」
「…………」
「違うのか?」
「私そろばん塾があるんだー」
「おいこらてめぇ」
「うわぁぁぁぁぁん! 見逃してぇ!」
「えーりー?」

 黙りこんでいた達也が、重い口を開いた。

「Aランチ食べたよね?」
「う、うん」
「佐々木先輩から話聞いたよね」
「瑞樹先輩のとこに一緒に行かないなら、僕明日奢らないから」
「そ、そうきたか……」
「き、汚いぞ冬木達也!」
「どうするの? 奢られる変わりに地獄を見るか、地獄を見ずにAランチを諦めるか」

 選択。

「か、帰る」
「決断早いな!」
「君らだけで行ってこい! もう啓一君からは奢ってもらったもんね!」
「あ、てめっ!」
「逃げられたね」
「うっわぁ……」

 恵理が逃げ出すとは……。瑞樹先輩って、相当怖いのか?

「どうする?」
「真正面から行くと、無視される可能性だってあるぞ」
「そうだね」
「…………そうだ」
「何か思いついたの?」
「達也、屋上に呼び出せ」
「は!?」
「要はさ、瑞樹先輩を怒らせないようにすればいいんだって」
「いやいやいや!」
「なら、屋上に呼び出せばいいだろ?」
「余計に警戒されるって! というか、なんで呼び出すなんて話になるのさ!」
「さりげなくローブの絵描きの事を聴けばいいんだよ」
「難しいよ。そ、そんなの啓一やってよ!」
「お前、恵理にAランチ奢ってないだろ。逃げようとすんな」
「え、えー……」
「嫌か?」
「い、嫌だよ! 告白なんて!」
「なら俺にAランチ奢れよ」
「ちょ、待ってって!」
「達也、お前ならできる」
「啓一にもできるって!」
「何も告白しろって言ってないさ。僕もローブの絵描き見たんですって話を振れ」
「からかってるだけと思われるよ!?」
「俺ならそうなる。だが……」
「お前が嘘をつくようには見えない!」
「そ、それはないって!」
「そうか?」
「だ、だって……。美樹の事ずっと黙ってたし」
「それは俺が忘れてただけだって」
「でも幼馴染みは僕と美鳥の二人って」
「大丈夫、お前ならやり遂げられる」
「啓一」
「行ってくれるか?」
「…………」
「やだ」
「えー」

 説得、虚しく失敗に終わる。

「啓一、お前が行け」
「キャラ変わってんぞオイ!?」
「それに、瑞樹先輩とはバイト先が同じなんだよ」
「あれ、そうなの?」
「ファミレスでね。新聞配達もそうだけど」
「ならいいじゃん。初対面の俺より話弾みそうじゃん」
「嫌だって!」

 強情だな。告白、正面で行く以外に何か案はないかな。

「もうジャンケンで決めよう!」
「ジャンケンで告白するか決めるの!?」
「これしかないんだよ。それとも二人で不機嫌そうな先輩のオーラを受け止めつつ質問するか?」
「それは……」
「どうせ俺達後輩の相手なんてしてくれないって。散々噂のネタにされたんだぞ?」
「だ、だからって屋上にわざわざ呼び出すのは後が怖い気がするし」
「問題ない。じゃんけん一発勝負、生贄になるのはどっちでしょ大会―」
「嫌なタイトルだね……」
「じゃ、行くぞ。じゃんけん――」
「わっポ、ポン!」

 ま、負けた……!?

「ヨッ、シャアァ!」

 ジャンケンに勝ってテンションの上がる達也に反比例し、俺は絶望感に苛まれる。

「うっわぁ、どうしよ……」
「告白っぽく、呼び出しなよ?」
「……わーってる」

 っぽく、ってのがミソだな。そこまではしないまでも、それっぽくすれば話す機会くらいは作れるだろう。すごく恥ずかしいけど。

「嘘で告白なんて相手にも失礼だからね?」
「ああ、それは心得てる。でも、どうやって怒らせずに話を振るかなんだよ」
「考えてなかったの!?」
「お前にやらせるつもりだったし」
「はあ……。じゃ、僕教室戻るから」
「え、ちょっ」
「自分で思いついた案なんだから、頑張ってね」
「待ってくれぇ!」
「……逃げられた。くっ、どうする! どうすればいい!?」

 屋上に年上の異性を呼び出すとか、恥ずかしすぎるだろ。
 やばい、今さらだけど普通に教室前の立ち話で、

『ローブの絵描きについて教えてくださーい』

 って言った方がマシじゃね?

「あ、まだここにいたんだ」
「恵理!? てめぇさっきはよくも」
「あ、タイムタイム!」
「何だよ」
「ちょっと思い出したことがあったのよ」
「なにそれ」
「確実に瑞樹先輩から情報を引き出せる裏技」
「そんなのがあるのか!?」
「啓一君にはできないかな」
「俺にはできない? どういう事? 俺がジャンケンに負けて、瑞樹先輩から情報を引き出すことになったんだけど」
「じゃ、そろそろ昼休み終わるから放課後に屋上まで来るようにって」
「え、結局呼ぶの?」
「そうした方が、効果があるの」
「えー……」
「あ、この一言付け足すのを忘れないで」
「どの一言」
「冬木達也が、って」

太刀河ユイ
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太刀河ユイ

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