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 高二病全開の大層なご高説はさておき、三階へやって来た。今のところ誰にも見咎められてはいない。
 一時間ほどかけてメジャーな部を見て回ったが、やはり血がたぎるほど情熱に溢れた活動は俺には合わない、と改めて実感した。なので当初の予定通り、談話部に行ってみることにしたのだ。今は教室近くの柱に張り付き、先輩達が出て行くのを待っている。しかし未だにその気配はなく、先輩方は帰り掛けの相談に花を咲かせていらっしゃる。談話部へたどり着くには、この廊下を通る他ないというのに。
 どうして俺がこそこそしているのか。それは先輩らに見つかりたくないからだ。考えてもみてほしい。普段見ない下級生が、上級生の教室前を歩いていたらどうなるか。話のネタにされるか、もしくは目をつけられる。もちろん悪い意味で。
「あ、あの子、一年生じゃない?」
「ホントだー。新入生だー。はは、寝癖ついてるー」
「ちょっとー? 寝癖ついてるよー? 新入生くーん」
「あ、は、はい! ありがとうございます……」
 テレッテレッ。
 この程度なら良い方だ。もっと悪い例を挙げるとすれば……。いや、やめておこう。なんとなく想像はできるだろう。相手があまりにギャルだった場合とか、チャラい男子グループに「ちょっと来いよ」と言われた場合などは。想像するのも面倒臭いというものだ。
 つまりは、そういう、七面倒臭い状況を回避するために、隠密行動に徹しているわけだ。虎穴に入らずんばとは言うが、やはり虎穴に入るのはどう考えても危険だ、だって虎穴だもん、遠回りになってもいいから違う道を行こうっと、ルンルン♪ と、そういう行動なわけである。……え? 堂々と胸を張って歩けですって? いやよ、私はアイドルじゃないんだから。私は女優なんだから。見られるのは舞台の上だけでいいのよ。
 と内心ふざけながら教室の入口手前に聞き耳を立てた。耳を取り外して。カチャッ。
「つっちー、三星レストラン連れてってよぉ」
 耳にこびり付くような、わざとらしく媚びる声。顔は見えないが、化粧が濃そうだ。
「そんな金あるわけないだろ」
 優男っぽい温和な声音。少女漫画に出てくるヒーローを彷彿とさせる。
「隠すなって。お父様に頼めば余裕だろ?」
 調子づいた感じの男子。なんちゃってイケメン臭がプンプンする。
「そうそう、なんで隠すの? みんな知ってると思うけど」
 他と調子を合わす女子。声だけ聞いた感じではちょっとタイプかもしれない。
「親父はそういうの嫌いなんだよ。なんていうか、金に物を言わせる感じ。目立ちたくないっていうか」
 だから勘弁してくれよ、と優男は暗に言う。その声を聞いて、へぇとか、ふうんとか、その他が言っている。俺はといえば、いつまで経っても行き先を決めない先輩方に堪忍袋の緒が切れかけていた。煮え滾るマグマは沸点を優に超え、いつ噴火してもおかしくない様相である。
「お父さんカッコいい! 今度会わせてよ、つっちー」
 イラッ! 
「いや、親父忙しいから無理だって」
 イライラッ! 
「ええー、つまんなぁい」
 だあああああああっ! いいんだよそんなの! そういう、金持ちに媚びるセリフとか! いいからつっち――土屋? もうツチノコでいいわ! イケメンのツチノコは、取り巻き連れて高カロリーな国際的肉サンドでも振る舞いに行けよっ! 
 と憤懣遣る方無い情動を、心の内で解き放ち遣る方としていると、
「とりあえず歩きながら考えようか? 時間もったいないし」
 内なる叫びが届いたのか、ツチノコが如才なく提案した。それに対し取り巻きは、テンション下がり気味のフシギダネみたいな声で賛同する。
 続けて耳をそばだてていると、ほどなくして、椅子を擦り動かす音が聞こえてきた。
(よしよし、これで見学に行けるな……)と思ったのも束の間、直後に先輩たちの声が近づいてきて、ようやく危険を察知した。
 即座に体を動かす。身を屈め、体を階段のある方へ転換させながら足を動かし。回転し終わると、次は足運びを速くする。そのまま進み、忍のように音を立てず、すうっと曲がり角の影に消えていった。
 が。
「おぷっ」
 消えたのは俺の視界の方だった。
 まるで不慮の停電でも起こったように、目の前が真っ暗になったのだ。
 俺は混乱した。ふに。混乱しながらも必死に考えた。ふに。なぜ視界が闇に包まれたのかを。ふにふに。
 それは恐らく、顔面が柔らかいものに包まれているからだろう。ふに。闇に包まれているということは、何かに顔を包まれたということだから。ふにふに。
(な、なにこのふにふに……。めっさ気持ちいいんですけど……)
 ふにふに、ふにふに。ふにふにふに。
 我慢できず、しばらくその柔らかさを堪能した。
 ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに……。
 堪能し終えると、それの正体が気になった。
 多分、俺は何かと衝突したのだ。下を向いて歩いていたし、焦って油断していたから。ではその衝突物、俺が両手で掴んでいるものは、一体何なのか。その衝突物をつかんだから倒れることはなかったわけだが、そののせいで混乱することにもなった。だが、ふにふにを堪能できたのもそれのおかげだ。
 交錯した感情を一挙に感じさせてくれたふにふに。その正体が何であるのか、それを見極めなければ、気になって夜も眠れなくなりそうだ。そう思い、俺は少しずつふにふにから顔を離した。すると、その全容が徐々に見えてきた。
(これは……とても見慣れているもののような気がしますね……。そう、例えばうちの学校の制服とか……)
 そこで勘付いた。ああ、そうか。これは女子の制服の腰の辺りなんだ。ほら、スカートがあって、ブレザーがあって、その境界の少し上の部分だ。ふむ、スカートは今時の学生にしては長い方だ。膝が隠れている。足はうん、細からず太からず、健康的な魅力を感じる。何かスポーツでもやっているのかもしれない。お腹は柔らかかったが、太っている感じはしなかったし、ほどよい肉付きだということがそこからもわかる。くびれも良かった。両手で掴んでいたから感じ取れたが、肉付きと曲線のしなやかさは中々のものだったと思う。
 さて、ここまでの評価だと98点といったところだが、まだ評定の終わっていないところがある。次はその辺りを見ていかなければならないだろう。
 そう思い顔を上げた。
「ぉぶっ!」
 激突した。左顎が。
 違う、『左顎に何かが』、激突したのだ。柔らかくも硬い、不思議な感触の何かが。
 その衝撃と振動により、首は回転を強制され、脳は記憶野の一部が死滅させられた。
 視界は暗転しながらゆっくりと回り、学校の壁、床、天井と、順番に映していく。
 そこでようやく、自分がきりもみ回転していることに気付いた。
 このままでは床に顔面から衝突してしまう……。そう思うのだが、空中で弾丸のように回転している俺にはどうすることもできず――
 目を閉じた瞬間に衝撃が走り、視界に火花が散った気がして、辺りが暗くなっていった。


          ※


 気がついた時、最初に目に入ったものは天井だった。
 無機質な格子縞の、毎日何気なく視界に入れている天井。学校の天井だ。
 視線を動かし見渡すと、準備室くらいの広さの部屋だとわかった。
 そして、さらにわかったことは、特別重大なことだった。それは、顎がすごく痛い、ということ。加えて、ぶん殴られた、ということだ。
 痛い……痛い痛い痛い。全速力で走って行っていきなり閉じられた扉に顔面から激突した時くらいは痛い。
 そうだった。俺は気絶する前、殴られたのだ。違う。殴られたから気絶した、というべきだ。あれはどう考えてもコークスクリューブローだったと思うのだが、気のせいなのだろうか。
 下顎を擦りながら立ち上がり、どこの部屋なのか確かめようと左見右見した。
 すると、人がいた。
 パイプ椅子やプロジェクター、ホワイトボードなど、会議で使うような備品が取り散らかった部屋の中央に、長机の前でその人は座していた。
 腰まである長い髪は濡羽色。端正な顔立ちは清冽な水を彷彿させ、怜悧な印象を与えてくる。丸く縁取られたアンダーリムは、知的で瀟洒なイメージを絶妙なバランスで添えている。
 黒髪ロングのクールビューティー眼鏡(勝手に命名)は、会議で使いそうな長机に片肘をつき、目を閉じて何事か思案していた。
 そこで俺は情報整理することにした。
 女子に抱きつき、顔を上げようとしたところで殴られ、気絶した。ここまでは思い出せた。しかし、そのあと俺はどうなったのか。目の前の彼女がこの部屋まで運んできたのだろうか。では、俺を殴り回したのは誰だろう。彼女か。それとも他の誰かか。
「あの……」
 とりあえず声を掛けてみた。すると、
「え? ……あっ! 気がついたか!」
 女子はきょとんとしてから、はっとしたように言った。
 俺は場所の確認をしようとして、
「えっと、ここは――つっ!」
 口を開いた瞬間、鈍い痛みが走った。耐え切れず呻いてしまう。
「ここは第二会議室だ」
 女子はそう言って立ち上がった。
「それより、あまり口を動かさない方がいい。殴った私が言うのも何だが……。すまないな、急に抱きつかれたものだから……」
 訥々と語る女子。うつむき、雰囲気が尻すぼみに小さくなっていく。こちらまで気落ちしてしまいそうだ。
 それにしても……あなたでしたか、俺をきりもみ回転させてくださったのは。はは、予想外過ぎて、きりもみ回転しながらきりきり舞いしちゃいましたよ。きりもみしながら、きりきり、ってね。さて、どうしてくれようかこのアマ。
「いえ、俺の方こそすみません。あんなことしてしまって……」
 どうしてくれようも何も、非があるのはこっちだった。驚くのも無理はない、いきなり男に抱きつかれたのだから。手が出てしまっても不思議ではないだろう。…………。ないだろうか? ホントに……? コークさんだったけど? 
「いや、あれは私のせいだ。注意が足りなかった……」
 視線と肩を落として気も落とす女子。
 どう考えても俺が悪い。彼女は普通に歩いていただけだが、俺はこそこそして慌てていた。あの時は隠れることしか考えていなかったし、周りなど見えていなかったのだから。しかしそれを言うと、話がループしてしまう。ここは一つ、こちらが落ちるところを提供するべきではなかろうか。
「お互いわざとじゃないんですから、相子ってことでどうでしょう」
 あまり口を動かさないように話し(母音があ・いの時に気をつける)、妥協案を提示した。
 そうすると、ためらいながらも、
「ふむ。君がそう言うのなら……」
 仕方なく、といった感じだが、了承してくれた。

 女子の提案で椅子に腰掛け、疑問に思っていたことを訊くと、微に入り細を穿ち、懇切丁寧に説明をしてくれた。三年の教室の先にあった第二会議室へ俺を運んだのが自分だということ。教室にいた三年生は反対方向へ行ったので気づかなかったこと。他の生徒にも見られることはなかったこと。
 それらを聞いてから、一番気になっていたことを質問した。
「もしかして、部長なんですか? 談話部の」
 さきほど、「第二会議室」と言っていたからそう思った。
「ああ。まあ、このまま人が入らなければ、廃部なんだが……」
 沈鬱な表情になり急激にしぼんでいく。俺はとっさに言った。
「ぶ、部員は他にいないんですか?」
 しかし。
「私だけだよ……」
 火に油を注いでしまった。違うな。火に消火剤を撒いてしまったらしい。
(何か、何か他に話題は……)
 にしても、まさか談話部に向かっている最中に部長に殴られて気絶するとは。いや、それよりも注目すべきは廃部か。俺が見学をしている時に廃部寸前の部。これは運命というやつだろうか。胸が苦しくなるほど切なさの止まらないロマンティストを自負する俺なので、談話部にホーミタイしてもらうべきかもしれない。
 それよりも話題だ。
「か、活動内容は……?」
 談話部なのだから談話に決まっている、と指摘を受けそうだが、俺が知りたいのは詳細な活動内容だ。張り詰めた空気の中、真摯な態度で談話するのか。あくびを誘う空気の中、お茶請けをかじりながら談話するのか。要は緩いか固いかである。ちなみにお茶請けは固い方を希望。
 俺の言に、女子は腕を組んで考えるようにし、
「そうだな……年齢や学年、立場の差を気にせず、気兼ねなく話をすることが活動かな。緩い部だと思ってもらって結構だよ」
 と説明した。「緩い部」の辺りから微笑みながら。
 その言葉に、耳が反応した。ビクビクンッ! ってな具合に。
「へえ。あ、俺、まだ部活決めてなくて。部活見学してたんです。質問ばっかりしてすみません」
 少しがっつきすぎたかな、と反省して謝ると、
「かまわないよ」
 と、柔和な表情で言ってくれた。……ふむ。部長の人柄は問題ないな。え。
 俺は部長の優しさにつけ込んで質問を続けることにした。なんなら、俺が部長の優しさに漬け込まれてたくあんになってしまってもいい。とも思ったが、それでは縁先生のお御足を色んな角度から堪能することができなくなってしまう。なので謹んで辞退させていただくことにした。
「あの、部活中に他のことしててもいいんですか? 例えば……読書とか」
 これも重要な質問だが。
「顔さえ出してくれれば、特に制限などはないかな」
 正に意に適う回答だった。
「ますます俺の求める部活像とぴったりだ……」
 独り言のように漏らしてしまった。
 しかしなんというゆるさ。近年まれに見るゆるゆる度ではないだろうか。某ゆるゆる百合漫画もびっくり。でもないか。
 部長は期待の入り混じった表情で口を開く。
「もしかして……入部してくれるのか?」
 その問いに、はっきりと答えた。
「ええ。俺、入部しようと思います」
 そう言いながら自問自答した。
 いいのか俺。人を殴り、気絶させる人がいる部なんかに入って。……いや、あれは事故だ。急に抱きつかれたりしたら、手が出るのは当然、防衛本能ってやつだ。話してみたら普通だったし、そんなおかしな人とは思えない。それに、これだけ俺の希望に合致する部なんて他にない気がする。これはもう。
「ふふ、さぞ立派なイチモツなんだろうな?」
 そうそれ。それを出すしかない。
「自慢するほどでもないですが、部長を満足させられるくらいのモノではあると自負しています」
 そう言って、俺はモノを部長の目の前でさらけ出した。
 ボロン。
 おっと! いかんいかん。こんな時に持病の妄想癖が。あわや薄い本の展開に突入するところだったよ。こっちの世界線は後で楽しむとして、今は通常ルートを攻略していかないと。さあ、戻った戻った。
 それに、これだけ俺の希望に合致する部なんて他にない気がする。これはもう。
「入部届は持っているか?」
 そうそれ。それを出すしかない。
 ボロン。
「持ってます」
 そう言った後、入部届に談話部と書き、部長に手渡した。
 手渡しながらふと、考えが頭を過る。
 これで先生とのおしゃべりは終わりだ。カミナリが落ちる心配をしなくてよくなったのはいいが、それはそれでつまらない気もする。でもまあ、先生が教頭にいびられるよりはましだと思うので、よしとしよう。
「私は戸締まりをして帰るとするよ。もうすぐ下校時間だからね」
 届を大事そうに折りたたんで制服のポケットに仕舞った後、部長はホワイトボードの後ろにある窓を閉じながら言った。
 スマホを取り出し時間を見てみると、六時半が来ようとしていた。五時半頃に談話部へ向かい始めていたので、一時間近く気絶していたことになる。
「ホントだ。そんな寝てたのか俺……」
 まさか。一時間近く寝顔を見られていたのか。それは……さすがの俺も少しばかり恥ずかしくもなんともないな。うん、なんともない。少女漫画の恋人役じゃなし、そんなイケメン達の気持ちはまるで理解できない。でも相手がタイプだったら別。ボロンすることもあるかもしれない。それはそれ、これはこれ。何事も場合によるのである。
 ボロン。
 ギターをボロン。
「明日からよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
 俺のわずかな疑念に感づいた様子はなく、部長はそう返してきた。
 切りが良いと思ったので、鞄を肩にかけて席を立ち、
「じゃ、さよなら」
「さよなら」
 挨拶してから扉へ向かった。

 とにもかくにも、先生に報告をしなければならない。
 「第二会議室」と彫られたプレートを見て、部室を後にした。

maimaikapuri
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maimaikapuri

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