r04

「ふむ。まだ時間があるな」
 部長は袖をずらしてつぶやいた。
 俺は生返事をし、頭上に伸びる高速道のさらに先、赤と青のグラデーションを振り仰ぐ。場所はカフワの前の四ツ辻であり、店を出てから十分も経ってはいない。
「どこか行きたいところはあるか?」
 さっと向き直って訊いてくる。
 そうだなあー。あっ、ぼく、ゆうえんち行きたい! ね~ね~、ゆうえんちゆうえんちぃー。おーねーがーいー! ……ああ、マジで遊園地行きたいな、女子と。……部長? いや部長は女子じゃないから。地球外生命体だから。俺こんな人間見たことないしね。地球外生命体なら俺はETをデート相手に選ぶよ。ETマジ心の友。
「そうですね……」
 行きたいところ。うーん、家って言いたいけど、そう言うと家に来そうだしな。食べるところはもう行ったし。……ゲーセン? それもどうよ。……ないな。ない。この人とゲーセンとか。どうなるかはわからないけど、どうにかなってしまうことはわかるし。そうなると……。
「図書館に行こう」
 考えあぐねる様子を見かねてか、案を提示された。
「何か用があるんですか?」
 そんなガリ勉タイプのチョイスしなくても。遊ぶとこなら他にあるだろうに。いや、部活だから遊んじゃだめなのか。いやいや、喫茶店でくっちゃべっといて何をいまさら。だめも何もないじゃないか。――よし、じゃあ行こう。ウィザーディング・ワールド・オブ・○リー・ポッターに。いやマジでさ。
 修学旅行どこだったかなあ? と割と真剣に頭を捻っていたら、なんとETがしゃべった。
「君が借りている本は明日が返却期日だから、早いに越したことはないかと思ってな」
 おお、そういやそうだったわ。確かに一度返しておいたほうがい……。うーんと、どういうことかな、それは。
 不意に、そしてさりげなく、空恐ろしいサジェスチョンが与えられた。
「なんでそれを……」
 俺の中で、部長のストーカー疑惑が浮上中。ゴゴゴゴゴゴゴゴ、という擬音付きで。
 容疑者は指で髪を後ろにやりながら目をそらし、
「いや、鞄開けたままトイレ行くからつい……」
 プリン。
「ついじゃねえよ!」
 もう怒った。すでに怒った。もう部長だからって遠慮しない。知ったこっちゃないよそんなの。ていうか……、そんな出来心で人のカバン物色すんなッ! 
「ということでだ。その中のめくるめくカンノウ世界とはおさらばしてもらおう」
 急に態度を変え、俺の鞄をジョジョ立ちで指差す部長。
 かんのう? 感応……完納……間脳……。――エロス!? なに言ってんだこの人!? 
「そ、そんな言い方したら、俺がいかがわしい小説持ってるみたいじゃないですか」
 持ってない。持ってないからね? 少なくとも鞄の中にはない。それだけは断言できる。
 部長は視線を逸らしてもじもじし、
「だって……」
「だって……?」
 猛烈に嫌な予感がする。だってってなんだ、だってって……。そこでだってはおかしくないか……? だってそう言うってことは……
「私は与えて震え、彼女は受け止めて震えた、とか書いてたし……(もじもじ)」
 いやああああああああああああああああああああああああああああああ! 
 俺は顔を覆って天を仰いだ。そして思考した。
 いかん! いかんいかんあかんあかんあかんぜよ! これでは俺の趣味がエロ小説になってしまう! 釈明を。釈明をせねば。今すぐに! 
「あ、あれは、海外小説だとよくあることで……その……」
 そうなんです。だから別にエロってわけじゃ……。エロと純愛は別物だと思うし……。だからいやらしいものじゃないっていうか……。
 ――って。
「読んでるやああああああああああああああああああああああああああん!」
 絶叫した。ひとしきり。人目も憚らず。高架橋の下で、反響する自分の声が、自動車の走行音にかき消されるのを感じながら。
 がっつり目を通してるよこの人! しかもよりにもよってそんなところだけピンポイントで! ……ああ、最悪だ。親にエロ雑誌見つかった時より気まずいよこれ……。うう、ぐすっ。
「すまない。だから私は、少しでもお詫びになればと思って……」
 本当に、すまないと思ってる……と、バウアーさんみたいに言う。
 それを聞いて俺は開き直った。
 ははあん。読んじゃったから、せめてもの罪滅ぼしに返却期限を教えてあげようって? そりゃありがたい。じゃあ行こうか、入部届の返却をお願いしに。
「はぁ、わかりましたよ。行きましょうか、返しに」
 とまでは言わない。言わないけど、そんなお詫びするくらいなら最初から読むな。
 うんざりした気持ちを言葉に込め、図書館に足を向ける。すると、
「志津摩君」
 だしぬけに呼ばれた。
 俺は振り返り、
「なんです」
 まだ何かあるの? もうこりごりだよ……? プライバシーの侵害は。
 冷めた口調でそう訊くと、
「もう一冊の方も読みたいんだが」
 すってんころりんすってんころりん。
「……反省してないだろあんた」

     ※

 俺がいつも行く図書館はでかい。かなりデカイ。東京ドームの半分くらいの面積がある。
 でかいということは中が広いということだ。本棚も多いが、床も多い。もちろん多いのはそれだけでなく、人も多い。赤ちゃんからご老人まで、利用する人もとにかく多いのだ。
 そんな懐の深い図書館に、俺達は迎え入れられた。

 入館し、まっすぐ本を返しに行った。
 返却が終わり、さあ出ようかと足を動かし始めてやっと気付く。
 ……ヤツがいねえ。
 周囲を眺め回すも、あの無駄に元気なポニーを見付け出すことはできなかった。
 俺の後ろについてカウンターまで来ていたと思ったが。まさか迷子だろうか。放送でもしてもらわないといけないのだろうか。それか迷子センターか。いい年をして迷子とは、呆れ果ててものも言えない。
 放送は知らないが、図書館にそんなものがあるはずもない。自分の足で探すしかないだろう。
 まったく、猫じゃないのだからあまりのびのびしないでほしい。

 館内を一周するかという時、奥の方の席でそれと思しき影を見つけた。本を熟〈つくづく〉読んでいるらしく、こちらには気付いた様子がない。そばには分厚い本が堆〈うずたか〉く積み上げられており、少し近付くと、それが図鑑であることが見て取れた。
 部長は、めり込むかと思うくらい図鑑にのめり込んでいた。つんのめるようにしてページを凝視している。
 表情と声に意識を集中してみると、
「おふぅ……なんて見事な。こいつは市場で、六十万以上の値で買われたに違いない。肩ロースは舌が蕩ける旨さだろう。じゅるる」
 にやついている。肉用牛の写真を見ながら。
「ほふぅ……これはいい筋肉。こいつならスパイラルでもバラけずに付いて行き、末脚の良さで差し切れるだろう。ぐふふふふふ」
 ほくそ笑んでいる。競走馬の写真を見ながら。
 今や部長は、俺の頭痛の種である。それもラフレシアの花の。
「デュフフフ。ルーたんかわいいよルーたん。ハァハァ……」
 かわいいよね、カンガルーハムスター。俺も小学生の時に図鑑で見て、(……なにこのかわいい生物!? マジほしいんですけど……!)って思ったよ。今思えば、あれが初めて萌えを感じた時だったのかもしれない。小動物を愛でることを始めた人は、萌えの先駆者なのかもしれないな。
 それはいいとして、あの人止めなくて大丈夫かな? 今にも図鑑ペロペロしそうなんだけど。
 我が部の長は気移りが激しいらしく、今度はアリクイに食い入るようにかぶりついていた。
 ああ……。なんだかこのまま放っておいたら、其の筋の人が来そうな気がしてきた。どうしてよりによって、反対側の席に小学生(多分低学年)がいるんだろう。
 部長はアルマジロの項目をまじまじと見つめ、
「アルマジロの肉は食用として……マジで?」
 とか、
「マジかあ、キルキンチョかあ……なるほどなあ」
 などとほざいている。
 キルキンチョってなんだ……。なんかクリキントン食べたくなってきたんだけど。
 空腹を嘆いていても仕方ない。とりあえず、女の子の様子を見ていよう。
 俺は幼気な女の子の心を読むことにした。
(このおねえちゃん、なんでさっきからニヤニヤしてるの? なんで? それにひとりごと言いながらわらってる。あっ、も、もしかして、お母さんが言ってたフシンシャって人かな? お母さん、フシンシャには近づいちゃだめって言ってたよね……。ああ! たいへんだ! 早くはなれなくちゃっ!)
 俺のシンクロ率は100%を超えていたようで、女の子は敏捷〈はしこ〉い気象を見せ、目の前に広げていた本や筆記用具をあくせくと片付け始めた。
 それを終え、光沢のあるランドセルを背負うと、うるうるした目で席を離れていく。
 なんて傍迷惑な……。仕方ない、なるべく被害が出ないように、俺が反対側に座ろう。 そう考え、適当な本を抜き取って席に座った。

     ※

 座してから数分が経過した。
 俺は高度な物理の本をめくっている。
 タイトルは「物理のシャンプー 力学・波動編」。読み進めるごとに頭を締め付ける万力のネジが回っていく、それほどに興味深い内容だ。
 にしても、シャンプーというタイトルが甚だ以って疑問である。シャンプーだと、きれいさっぱり洗い流されてしまうと思うのだが、気のせいだろうか。些事に囚われるべからず、という意味だろうか。ふむ……よしわかった。流すことにしよう、疑問と読書を。
 そういったインテリ擬の思考にも、読んでいるふりにもいい加減飽きてきたのが現状である。部長はずっと静かだ。あれから一言も喋ってはいない。未だ俺に気付いた様子はなく、話しかけてくることもない。
「ぷくくくくくくくく」
「!?」
 突然、隣の机から声が聞こえてきて、一方ならず驚いた。
 気を落ち着け視線をやると、見も知らぬ校友が腹と口を押さえて笑い転けている。
 もしや。そう思って顔を向けるが、部長はさっきと変わらず、血眼になって図鑑をにらんでいた。
「ははははそうかそうか。そんなにお前は私とにらめっこがしたいのか。よーしよしよし……だるまさん、だるまさん、にらめっこしましょ、笑たら負けよ、あっぷっブフッ!」
 蛇だろうか。今はページが見えないのでわからない。ないしは蛙かもしれない。
 部長はくすくす笑っている。件の生徒も同様だ。
「いやあ、マジ吹くわ―。さすが福さんだわー」
 もしやふくろうなのか? はたと思った。
 それにしてもおかしいな。何かしていると思ったが。そう考えながらも、ひとまず視線を本に戻した。
 波動編。波動。波動。……だめだ。どれだけ波動方程式を見ても、次元波動爆縮放射機のことばかり考えてしまう。波動という漢字が伊達すぎるのがいけないのだ。
「いひひひひひひひ」
 また隣から声が上がった。今度は机に伏して体を震わせている。
 すぐに部長の方を向いた。しかしさっきと変わらない。あたかも本の虫の如し、を体現しており、こちらにはまったく気付いていない、ように見える。
 頁に視線を落とす。
「いひひひひひひひ」
 だんだんと老婆の魔女がせせら笑ってるようにも聞こえてきた。
 顔を上げる。変化なし。
 本を見る。
「いひひひひひ」
 上げる。
 戻す。
「いひひひ」
 上げる。
 戻す。
「いひひ」
 上げる。
 戻す。――と見せかけて上げる! 
「いひひひひひひひ」
 パチパチパチパチパチパチパ――
「あ」
 部長はウィンクをしていた。それも連続で。「私に気付いて」とでも言わんばかりの表情と、アイドルのやる、首を傾げたポーズで。
 俺は頭に虫が湧くかと思った。
「……。何やってるんです」
 そう訊くと、さも当たり前のように、
「ん? ちょっと目にゴミが入ったみたいでね」
「ぶっ!」
 女子が吹いた。あんたさっきから受けすぎだよ。そのうち注意されるぞ。
「周りに迷惑です。さっきだって女の子が――」
「ああ、あの子にはひどいことをした……」
 目を閉じ、肘をついて顔の前で手を絡ませる。一昔前の映画かドラマにありそうなセリフとしぐさだ(ゲンド○さん、ゲンド○さん、おいでください)。
『人は思い出を忘れることで生きてゆける。だが、決して忘れてはいけないものもある』
「トラウマものですよあれは」
 あの子が中学か高校に上がった時、言い知れぬ恐怖に駆られて不登校にでもなったらどうする。あんな、将来有望なロリ美ゲフンゲフンキュートな子が。
 俺が言うと、部長は絡ませた手を解き反論するかのように、
「違うんだ。最初はちょっとからかうつもりだったんだ。だがあの子の反応が面白すぎてな、つい度を超えてしまった。後で謝りに行かないとな……」
 最後のもなんか聞いたことあるな。わからんが。
 それはともかく、余計質悪いよそれ。わかっててやったってことだろ? いたずら小僧か。デ○スみたいに狙うのはウィ○ーさんだけにしろよ。
「そうしてください。とにかく、周りに迷惑をかけないよう頼みます」
 ……ってあれ? おかしいな。この言い方だと、俺ならどんどんオーケーよ? みたいに聞こえるのはなぜ? いやいや、周りっていうのは俺も含めてって意味でさ、どんと来いってことじゃないのよ。なんで俺だと大丈夫、みたいな流れになってんだ? おかしいじゃない。ちょっと! 責任者出しなさいよ、責任者! 
 俺の素朴な疑問は露知らず、部長は「キルキンチョ!」と返事をして図鑑に視線を落とした。

     ※

 それぞれがそれぞれの目的のため、意識を一点に集中する。その、どこか不思議で静謐な空気の中、
「いひひひひひひひ」
 あぁ、またか、またなのか。ホント、期待を裏切ってくれないよね。
 まあ、でもさっきよりはましだ。今度は何をする気なのかなんとなくわかってるから。というか、今度は初動から気付いた。だってね、目の前に座ってる影がだんだん消えていったんだもの。すすすーっと。
 思うに、部長は現在、四つん這いで机の側を移動中だ。もぞもぞと。そして、徐々に俺の席へと近づいてきているはずだ。
 三つ予想を立ててみた。
 一つ目は、手で両目を塞ぎ、だーれだ? と言う。
 二つ目は、脇をくすぐる。
 三つ目は、肩を叩いて頬をつつく。
 三つ目のそれは、気を引いておいて指で頬を突き、してやられた感と顔を触られる不快感を同時に相手に与えるとんでもない技である。人を愚弄するにはもってこいの技でもある。技名はペーンデヤルートアブナイヨー。ラシイヨー。
 対処方法は、くすぐられた場合はすぐに抵抗し、脳天チョップでも入れてやればいい。肩を叩かれた場合は、首を動かさなければ問題ない。目を塞がれた場合は冷静に対応だ。
 と考えていたら視界の端に物体Xが。まさかの匍匐前進。そのやる気にはただただ脱帽するよ。
「いひひひひひひひ」
 やめたげてよお! もうあの子の腹筋は崩壊済みよ! と声を上げて訴えるべきな気がしてきた。
 まあ、ここで「何してんだ!」と叱ってもいいんだが、俺は将来寛容なお父さんになりたいので、気づいてないふりに徹しようと思います。ハイハイしてる頃はあたたかく見守ってあげないといけないって言うしね。
 一児の親になる覚悟を固めていると、背中に寒気を感じた。背後から這いよってきたそれは、俺の背中に沿って何かを動かし。
 肩の辺りで動きを止めたかと思うと……。
 ポンポン。
 そこで俺は勝利を確信した。
 ふ、そう来たか。だがしかし! 来ることがわかっておれば、避けることなど造作も無いことよ! 
 トントントン。
 ぬるいわっ! 
 ――無視! 
「くくくくく」
 タンタンタン。
 たわけがっ! 
 ――黙殺! 
「ふふふふふ」
 ペシペシペシ。
 馬鹿めがっ! 
 ――知らんぷり! 
「ぷぷぷぷぷ」
 テシテシテシ。
 この下郎がっ! 
 ――素知らぬ顔! 
「ひひひひひ」
 バンバンバン! 
 だからお前はアホなのだっ! 
 ――ネグレクトゥッ! 
「へへへへへ」
 バシッバシッバシッ! 
 俺は……神だ。
「いひひひイテテテテテッ」
 ……。
 延々と無視し続けた結果、肩を叩く手が止んだ。
 ふっ、どうやら我の勝ちのようだな。彼奴もこれで器の違いをわかったろうよ。ふふふふ……。
 なんて思っていると、
「ぶふっ!」
 両頬にぴと、という感触。さらに、
 ツンツン、ツンツン。
「ふひひひひひひひっ」
 あははぁ、なんで両側に感触があるんですかねえ? おかしいですねえ? 
 ――って。
「それ反則だろうがコラァ!」
 手をはねのけ立ち上がった。そして脳天チョップを食らわせようと手刀を思い切り振り上げ――
「あははははははははははははは」
 バンバンバンバンバンバン! 
 振り下ろされたのは彼女の手で、ゆえに俺のそれが空を切ることは遂になかった。

 ……どんだけ笑うねん。

     ※

 図書館司書のオネエ(おねいさんじゃないよオネエだよ、がっかりだよ)に注意を受けた後、俺と部長は隣同士、笑い転げていた彼女は俺の向かい側に座った。
 俺は左側の席で頭を下げる。
「すみませんでした、ご迷惑をお掛けして」
 笑っていた彼女は悪くない。悪いのは俺の横に座っているデ○スだ。
 罪悪感に苛まれ、深く謝ると彼女は、
「いやあ、あそこまでお腹痛くなったのは久しぶりだよ」
 あっけらかんとした表情でそう言い、
「ありがとね」
 ぱっと咲った。満開のカルミアのように。
 俺は屈託ない笑顔に気圧され、言葉に詰まってしまい、
「い、いえ……」
 さらには疑問を浮かべてしまう。
 なぜか感謝された。でキュンってなった。
 な、なに、この気持ち。わたし、ドキドキしてる……。こ、これが恋……? だ、だめよだめだめダメよだめ。私には先生がいるんだから! たとえ彼女がふんわりショートボブで、いつもニコニコ這い寄ってきそうな元気いっぱいおにゃのこでも……。あ、あんたのことなんか好きじゃないんだからねっ! 
 と内心あらぶっていると、
「敬語はやめてよ、あたし一年だし」
 微笑とともに意外なお言葉が飛んできた。
「あ、そうなんですか、じゃなくてそうなんだ」
 なんとなく先輩かと思ってた。見た目だけは落ち着いて見えるから。ふんわりショートボブボブのおかげで。
 ボブが「うん」と頷いたのを見て、俺は初対面の習わしに従うことにした。
「俺、志津摩って言います。俺も一年です。よろしくお願いします」
「あたし、花崎って言います。あたしも一年です。よろしくお願いします。ふふっ」
 なぜか笑われた。しかも含みのある笑い方で。
 ……え、えーっと。
 どうやら余計なことを考えていたせいか、ぼろが出たらしい。ここはぼろだけに、ぼろでも当てて継当てとしたいところだが、当てる箇所がわからないし、当てたとしても、俺が持っているぼろで十分に繕えるのかもわからない。そんなわけで、俺はえも言われぬ不安に襲われた。
「よ、よろしく……」
「よろしく。君おもしろいね」
 また笑う。ぼくはなにもおもしろくないです。
 なぜ俺の真似を。しかも笑われたよな。にっこにっこりー、ふふ、って。もしや何かの伏線ですか? って、あっ! 
「ご、ごめん、気づいたら敬語使ってた」
 自身の不調法に苦笑いしつつ、後頭部に手を当てて謝った。
 俺としたことでなんて間抜け。ホント俺としたことだよ。いらんことばっか考え過ぎ。
「だね」
 またまた破顔一笑。こりゃ一本取られた! っておでこ叩くレベルで恥ずかしいが、花崎が満足そうだから俺も満足。チョコでバーでマジへるてぃ☆ 
「面目ない」
 穴があったら頭から入りたい。ルパンダイブで。先輩っていう思い込みのせいだな、きっと。
 ちょっと熱を持った後ろ首に触れていると、
「ううん、面白かったし」
 腕を伸ばして手を膝に置き、肩を縮めて目尻を下げ口角を上げる。にかっ。
「そ、そう……」
 俺は多分微苦笑した。
 変わった子だな。なんか、価値観や物の見方に一癖も二癖もありそうな感じ。
 でもね。そんなことよりもね。今、俺が一番気になってるのは。
 あんただよ。
 そう思い兀然としている部長に顔を向けた。
 どうしてあなたは固まっているの? 石化したパーティメンバーなの? 俺だけ喋ってる気まずさも少しは考えろよ。
「ちょっと」
 花崎と話し始めてから、ピクリとも動かない部長の肘を小突く。
「部長」
 さらに呼びかける。しかし無言。部長は花崎の顔を凝視し、まばたきもしていない。対する花崎は、「ん?」と小首を傾げて笑っている。なにこの状況。
「おい」
 ……。
 へんじがない。ただのおばかねのようだ。
 ホントどうなってんだこの人。空気は大気も大概にしろよ。俺ら二人が自己紹介したんだから次は部長の番だろうに。キュアとかリカバーだとか詠唱しないといけないの? もうこれザラキか○スでよくね? 
 ったくめんどくさい。
 俺は部長に顔を近づけ、低い声でささやいた。
「……部長、黙ってください」
 と。
 が。
「それはいやだけども……」
 しょんぼり。
 俺はテーブルの下に滑り落ちた。しかしなんとか座り直す。
 そ、そうですか……。まあ、あなたさっきまで一言も喋ってなかったんですけどね。……あと、いやだけどもなんなのよ? 
「次は部長の番でしょう」
 お遊戯の時間に好き勝手走り回ってる幼稚園児じゃあるまいし、それくらいわかるだろ。という不平は飲み込んで、でっかい子供を諭すためにウルトラの父のような顔をする。
 しかし。
「よし、ではくじを」
「は?」
 こいつは何を以下省略。くじ? くじってなんだ。よくわからんがこれだけは言えるよ。どう考えてもその順番待ちじゃねえ。
 もしかして、頭からつま先まで丸々聞いてなかったの? ああそう。わかった。立ってなさい、廊下で。
「できたらギョクって書かれたヤツがいいな」
 気のせいかしらワクワクしているご様子。
「いやそれ王でしょう? てか王様ゲームじゃないですって」
 合コン会場じゃないからここ。それに将棋だよ玉は。
「くくくく……」
 花崎は口を押さえて前のめりになっている。
 まずい。また部長にペースを持ってかれている。このままでは部長の思うつぼに。いや、部長の思い描くつぼなんてないな。部長だとつぼを粉砕してでも中の物を取り出しそうだし。……つぼか。ちなみに俺の思うつぼは、部長がおとなしい部活と、あれはいいものだと言われたつぼ。ダイヤモンド・パール・プラチナの中からどれを選ぶ? と言われ、ツボツボ、と答えるくらいはロマンにあふれているつぼだと思わないか? 
 くっだらない妄想に時間を割いていたせいか、部長の妄想も加速したらしい。
「じゃ、もしかして……その……ポッキー……?」
 モジモジ。
 そ、それはまだ早くない? とでも言うように恥じらっている。もう一人で辛子入りロシアンルーレットでもやればいいのに。
「違います」
「じゃあなに?」
 なにって……そんな合コンしたいのかあんたは。
「ふひひひひひ」
 ふひひって……そんな笑い死にしたいのかあんたは。
 収拾がつく気が全くしないので、もう他の席に行って他人のふりでもしてようか、なんて考えが脳裏をよぎる。しかしそれは許されざることなのだろう。
 と考えていると、突如部長が立ち上がり、
「まさか! 私が王様!?」
 驚き桃の木山椒の木!? と顔面で言う。
「ええ。おバカの王様です」
 俺は努めて冷静に言葉を返した。
 え、うそ、年末ジャンボ当たった……? それくらいは驚いている。そのせいか、俺の肯定(否定)は耳を通り抜けたらしい。
 部長は立ったままで、
「じゃあ! 一番と三番がその……ぶ、ぶちゅーっと!」
 司会進行役のような朗々とした声量が辺りに木霊した。俺は慌てて、
「ボリューム! ボリューム落として! お願いだから!」
 唾を飛ばすくらいの勢いでお願いするのに、
「ふひ、いひひひひひっ」
 あんたのツボは浅いなホント! 
「は、花崎も、少しは我慢してくれ」
 そんなアルマジロみたいに丸くなって笑わんでも。
 花崎を見て途方に暮れていると、
「ち、違うのか……?」
 どうした弾みか落ち着いたらしい。バカの王が。
 なにその、「私は……間違っていたのか……?」みたいな顔。そんなドラマ性ないからね今のやりとりに。
 呆れながらも再度否定する。
「違うって言ってるでしょう……」
 もうこの人に突っ込むの疲れてきた。なんて言うと、妄想を膨らませてしまうのが若人の常。いかんいかんいかんいかん膨らむ膨らむ! いや、妄想がね? 
「ふひっ、ふひひひいちちちっ!」
 いやあ、こんなに口の広いツボは見たことがない。もはや甕〈かめ〉です。かめといえば、俺の飼ってる亀だけどいかんいかんいかんいかん膨らむ膨らむ! いや、ろくろの上の甕がね? 
「ではなんだ?」
 座り直した部長は腕を組みながらバカげたことを訊いてくる。
 なんだってなによ。もしかして、本当に全部聞いてなかったの? こう、頭からお尻までまるっと? ああそう。わかった。立ってなさい、校門で。
「自己紹介ですよ」
 と賺〈すか〉すように俺が言うと、
「自己――それな!」
 ポン! と手を合わせる。どこ圏の人だあんた。
 呆れと疲れでうなだれていると、部長は一呼吸置いてからすっと背筋を伸ばし、
「では改めて」
 そう言って顎を引き、表情を引き締めた。そして。
「私の名前は……」
 まず自分の名前を言い、それから趣味趣向を一つ二つ挙げる。それによって人は人に親近感を持たせ、互いを知るきっかけとする。自分の人間らしさという手札を開示するのだ。どちらかが譲らなければ、歩み寄ることはできないから。だから人はまず、名を明かす。名前というカードを。なら、ここで部長が示すカードは――
「君、うちの部に入らないか?」
 これしかない。
「ちがうでしょおおおおおおおう!?」
 提示されたジョーカーに思わず喚いた。もはや情報開示ですらない。初段階をすっ飛ばしての交渉である。譲るどころか強引に飛びついていって、自分の都合を押し付けようとしている。
 そして花崎はといえば、笑いを自らの独擅場とし、ブレーキのイカれた車が坂を突っ走るように感情の発露を暴走させている。
「あははははははは!」
 さなきだに疾い暴走車はアクセル全開である。
 情動のはけ口に〈バンバン〉されて、涙目な机。お前は本当によくやってるよ。
 ――まずい! 
 反射的に振り向いた。すると……。
(やべっ!)
 案の定さっき注意してきたガタイのいいオネエに睨まれていた。(アンタたちぃ……!)という顔で指を咥えながらガンを飛ばしてきている。クネクネと捩り〈すじ〉捩〈もじ〉りしながら。うぇっ。
「二人はさっきから大声を出し過ぎだな。いい加減追い出されるぞ?」
 腕を組んでクールに決める。
 俺はすかさず指摘した。
「それを部長が言いますか」
 追い出される時はあんたも一緒だよ。きっとな。
「ぷくくくく……」
 元凶は部長だけど、君も少しは声を出さないよう努力してくれませんかね、ワラ崎さん。さっきから見てたけど、もう自重する気さえないんじゃないかと思えてきたよ、笑崎さん。もうこれからサキワラ(笑)って呼んじゃうよ? 笑ちゃん。
「それで、どうかな?」
 部長は花崎に対して水を向ける。
 うん、何がそれでかは全くわからないけど、何のことかはわかる。でも毛の先ほども下手に出る気がないのはどうかと思う。平の俺にはヒヤヒヤものなんでね。
 あと出たとこ勝負の交渉もやめてほしいなあ。
「何する部なの?」
 首を傾げて逆に訊いてくる。そうですよね。それがやっぱり気になりますよね。それがですね、何するっていうか何もしないといいますか、そういうふざけた部なんですよこれが。
 と投げやりを投げてギネス世界記録保持者になったような気持ちでいると、投げたやりはアメリカが開発した対戦車ミサイルになり(ジャベリン)、イギリスの地対空ミサイルに変わり(ジャベリン)、気象観測用ロケットに変化して宇宙に上がり(ジャベリン)、Uターンして大気圏突入後、まっすぐ戻ってきながら蜻蛉切に変化して俺の胸に突き刺さった。空っぽの心臓は打ち震え、これにて、俺の手元には重い槍が返ってきたのであった。めでたしめでたし。
「駄弁る部だ」
 ふんぞり返る。ほらね、ふざけてる。あ、今思ったけど、駅弁と駄弁るって漢字似てんなー。おもしろー。……はぁ。
「せめて談話って言いましょうよ……」
 混々とふざけ続ける部長に呆れ果てながらもそう言うと、
「駄弁り殺す部だ」
 今度はそっくり返る。
「どんな部だ……」
 もはや呆れを通り越して諦めの境地に至りかける。しかしそれでも俺はめげない。
 ははあ、そういうこと。つまり言葉のデッドボールですね、わかります。ドゴォッとか、ボグゥッってめり込むようなデッドボールは怖いよねえ。ってそんな部は御免だ。
「ふうん。じゃ、入部する。ていうかさせてください」
 花崎は姿勢を正してお願いしてきた。
 またですか。また即決ですか。軽いなあー。今日出会う女子はみんな尻軽、じゃなくて足軽みたいだなあ。それか鉄砲隊かなあ。
 あんたもそう思わないかい、大将。
「ではよろしく。入部届の提出を忘れないでくれ」
 部長は承諾の意を込めて手を差し出す。
 よろしくも何も、あんた名前すら明かしてないだろ。カフワの時も自己紹介すらしてないし。
「はい、よろしくお願いします」
 そう言って握手し、花崎は頭を少し下げた。
 二人が手を離し、数拍の沈黙が流れた時、
「あたし、もう帰りますね。じゃ、また!」
 いきなり帰る宣言をしたかと思うと、鞄を提げて立ち上がり、「えっ」と言う間に歩いて行ってしまう。
 途中、回れ右をして手を振ってきたので、俺は慌ててそれに返したのだが……。
 ちょっと。今恐ろしいものの片鱗を見た気がするんだけど、気のせい? 気のせいだよね? 爆笑大魔神だけじゃなくマイペースだなんて、嘘だよね? 嘘だと言ってよ笑崎ぃ! 
 と言い知れぬ不安に苛まれていたら、世紀末を感じさせる気配が漂い始め……、
「ふひひ。カモですね、兄貴」
 突如としてゲスが現れた。
 ゲスはニタァと、下卑た笑いをたたえ、むかつきを禁じ得ない浅ましい視線を送ってきながら揉み手をしている。
 やべえなあ。このゲスだけでも手に負えないってのに、あと二人空気読め子ちゃんが増えたりしたら……。空気が空気になるな。で、最後には空気しか残らないんだ。空気が半分になったら、酸素欠乏症になっちゃう。最初は脈拍が増え、頭痛がして、むかつきがする。次にめまいがし始め、意識不明、昏睡状態、と症状が重くなる。
 うわあ、大変だあ。そんなだったら、家帰って寝た方がマシかな? 
 てかいい加減そのゲス顔やめてくんないかな。世紀末漫画に出てくる雑魚じゃないんだから。
「とりあえずその噛ませ犬みたいな顔やめてもらえますか? さっきより桁外れに見苦しいんで」

maimaikapuri
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