ついに3年生。最上級生となってしまった。
部員12人、マネージャー2人。初々しい新入生たちが爽やかな風を運んできた。

バスケ部に、少し早い夏が来る。

最後のインターハイ予選。
3回戦の壁。

全国とまではいかなくても、もう少し大きな会場にみみを連れて行きたい。秀典はひそかにそう思っていた。
自分のため。仲間のため。
それよりも。
みみの、ため。
そこまで考えて苦笑した。自分の中でいつの間にか、みみの存在が大きく大きくなっている。

毎日自分たちのためにと荷物を運び、笛を吹く姿。
けが人を本気で心配する顔。
誰がシュートを決めても嬉しそうに手を叩き喜ぶマネージャーに、部員がどれだけ元気をもらってきたか。

そう。あくまで、マネージャーと部員なのだ。
秀典はペシペシと自分の頬を叩いた。
集中しろ。今は目の前の試合が全てだ。



67対69
残り30秒で2点ビハインド。

30秒あれば、1本狙える。
同点にするか、逆転を狙ってスリーを打つか。
まずはこちらボールにしなければならない。
相手は残り時間を減らそうと、じっくりパスを回している。

15秒。
時間がない。

一瞬のすきを見逃さず、勇太が相手のパスをカットした。

「ナイスカット!!」
コート内からもベンチからも、声が上がる。

「ルーズ!追え!!」
秀典は言いながら、自分が走り出した。
ラインを出てしまえば、また相手のボールになる。何としても、取りたい。

ラインの内側ギリギリから飛ぶ。
手を伸ばしてボールに触れると、必死にたぐりよせた。

いける。

「へい!」
勇太が両手を構えて待っている。
秀典はニヤリと笑って、勇太に思い切りボールを投げつけた。

「ナイスパス」
そう笑って、勇太がゴールへ向かう。

ゴンッ
無理な体制で飛んだ秀典が、床に肘をおもいきりぶつけて落ちた。
しかし、両チームから上がる声援の大きさに、音はかき消された。

「ねえ、今変な音しなかった?」
みやびの問いかけに、誰も見向きもしなかった。
全員の意識がコートに集中している。

「何としても止めろ!」
相手が鬼気迫る顔で勇太をマークしてくる。
秀典は一瞬顔をゆがめてから、すぐに立ち上がった。

10・9・8・7

「パス!」
ものすごいスピードでコートに戻った秀典が、手を挙げた。
「ふんっ」
勇太がその胸にパスを通す。

6・5

シュート

審判の手はスリーポイントを示している。

会場の皆が息を飲む。
一瞬の静寂。

肘を押さえてしゃがみ込む秀典。

「秀ちゃん!」
みやびが叫ぶ。
「エアー!リバウンド!」
コーチがベンチから叫んだ通り、シュートはリングにかすりもせず、手前に落ちた。

3・2

センター同士がせめぎ合うゴール下。
わずかに相手の指先が触れ、ボールがこぼれた。



ピピーッ!

笛が鳴り、試合が終わる。

67対69
負けたのだ。

「ありがとうございました」
整列して挨拶する両チーム。
それぞれの涙の意味は、全く違う。

勝つ人間がいれば、負ける人間がいる。
それが現実だ。


互いのベンチと観客に頭を下げ、選手が戻ってくる。
みやびはコールドスプレーと氷嚢を持って秀典に駆け寄った。

「大丈夫?」
「ああ」
秀典はみやびの方を見ずに、押しのけるように通り過ぎた。
「ちゃんと冷やさないと」
その声に返事はない。

「ミーティングするぞ」
秀典の声は怒っているように聞こえた。
部員がゾロゾロと廊下に出る。

「秀ちゃん…」
みやびは荷物を肩に掛けて後を追った。

秀典は皆の顔を見回してから、土下座した。
「すいませんでしたっ」
動揺が走る。
「俺が最後決めてれば、勝てたのに。無理にスリー狙わずに確実に2点取れば同点になったのに」
「キャプテン…」
1・2年生が互いに顔を見合わせている。
「芝田…」
勇太が声を掛けようとしたが、何も言えずに涙を流した。

「やめろ」
黙って見ていたコーチが口を開く。
「そんな事言っても何も変わらない。芝田だけじゃなく、皆、こうしてたら、ああしてたら、って後悔する点があるだろ」
コーチの言葉に、皆が下を向く。
「誰か1人のせいじゃない。チーム皆、それぞれに全力で戦ったんだ。誰も悪くない。謝る必要なんてない。顔を上げろ。胸を張れ」

「責任というなら、コーチの俺のせいだ。お前たちはよくやった。勝たせてやりたかった…」
コーチが鼻をすすって天井を仰ぎ見た。

3年生が全員泣いていた。
2年生ももらい泣きしている。
1年生はどこか他人事の顔で遠巻きに見守っている。


ああ。
こういうことなんだな。
秀典は入部した頃を思い返していた。
3年間本気でバスケをしてきたから、こうして泣くことができるんだ。
俺たちは、やり遂げたんだ。

引退しちゃうんだ。
もう少し、こいつらとバスケしたかったな。

みみ…
あーあ。グチャグチャの顔して泣いてやがる。お前には笑っててほしかったのに。


「3年間、ありがとな」
秀典はみやびに近寄って頭をポンポンと優しく叩いた。
「うん…秀ちゃんもお疲れ様でした」
抱き着いてきたみやびを、秀典はギュッと一度だけ抱き締めた。
「お疲れ」
みやびの背中を軽くトントンと叩いて、引きはがす。

「これで俺たち3年生は引退になる。俺と瀬良で話し合って、新キャプテンは増井・副は田所に決めた。2人とも頼んだぞ」
名前を呼ばれた2人が背筋を伸ばして「はいっ」と返事した。

「ま、引退したと言っても、時間見つけて顔は出すつもりだし。その時はよろしくな」
「はいっ」
「じゃ、解散。1・2年生はこの後の試合もちゃんと見て勉強してけよ」
秀典がキャプテンとして最後の言葉で締めた。

「そういう3年生は、これから受験勉強頑張れよ」
コーチに言われて頭をかく秀典。

「ほら、じゃ、新キャプテン、3年生にちゃんと挨拶しろ」
コーチが2年生に向き直る。
「え、はい、えっと」
「しっかりしろよ」

「はい。1・2年生、整列。3年生の皆さん、今までありがとうございました」
「ありがとうございました!!」

俺たちの夏が、終わった。
俺たちの高校バスケが、終わった。

秀典は会場の外に出ると、深呼吸して空を見上げた。
暦の上での夏は、まだまだこれから。

「受験勉強、頑張るか」
気合を入れて拳を握り締める。
恋愛にうつつを抜かしている暇など、ない。

背後で勇太がみやびにまとわりついているのを、見ないふりして歩き出した

立花ゆずほ
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立花ゆずほ

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