order5.花嫁は届かない
<シカゴシティ郊外、国道>
一仕事を終えたグレイたちの方とは打って変わって、ウェディングドレス姿のエマを乗せたバンは未だに二台のセダンとカーチェイスを繰り広げていた。
車内に取り付けられたバックミラーに視線をやり、舌打ちをすると更にバンの速度を上げる。
「このまま直進すればあんたの相手が待っているんだな? 」
「は、はい。そうです」
「了解した。殺しはしないが少々手荒に行かせてもらうぞ。捕まっていろ! 」
「え……? きゃあっ!? 」
そうエマに聞くとシノはアスファルト舗装された道路の上を外れ、ダート道路へと出た。
道を外れた衝撃を整備されていない道を走る揺れのせいで、思わず彼女の悲鳴が響く。
構わずそのあぜ道を進み続けるが、ぬかるみにタイヤを取られてバンが急停止してしまった。
ため息を吐いた後、シノは後部座席から刀を手に車から降りる。
「そこにいてくれ。片付けてくる」
「こ、殺さないでくださいね? 一応私の知り合いなので……」
「分かっている。俺達は殺しはしない主義でな」
――――表では、な。
言葉が喉元までせり上がるが、押し戻してセダンから降りてくる男たちへと視線を変えた。
数は4、警棒を所持、リーダー格の男以外は銃は持っていない。
「…………」
睨み合いが続き、4人組のリーダー格のような男が前に出た。
互いに武器を持っているが、男は睨み合っているのにも関わらずフレンドリーに近づいてくる。
「よぉ。あんたらにはやられたよ。まさかあのバイクの方がダミーだとはな」
「……」
「だんまりか。まあいい、あんたのバンに乗せてる花嫁のことだ。彼女はうちの大切なお嬢様なんでね、返して貰いたいんだよ。そこをどいてくれないか? 」
「断る。依頼されているのでな」
再び重い空気が張り詰められた。
リーダー格の男は背後に警棒を構える仲間たちに視線をやり、ため息を吐く。
「そうか……。なら意地でもっ!! 」
警棒をリーダー格の男が振りかぶった瞬間、降ろされるより早く抜刀し、刀を鞘に納める。
コンマ一秒よりも速い斬撃により警棒のみが切り落とされ、シノの眼前には警棒の柄だけが残った。
「禊葉一刀流、飛刃」
唖然とする4人組を一瞥するシノ。
軽い音のみが土の地面にこだまし、音を立てて警棒の残骸が崩れ落ちた。
「……どうした? もう終わりか? 」
「こ、このぉっ!! 」
「遅い」
2人目にやってきた男の警棒を斬り捨てると、シノは敢えて納刀せずに抜き身の状態で刀を構える。
弱い、と頭の中で毒づきながら一気に後ろへいる男たちの元へと距離を詰めた。
「禊葉一刀流、"峻烈"(しゅんれつ)」
一瞬だけ彼の持つ刀が唸ると男たちの握る警棒が音を立てて崩れ、同時に彼らも気絶していく。
鞘に刀を納めた瞬間、バタバタと男たちは倒れた。
残るはリーダー格の男のみ。
視線を男に向けると恐怖に慄いたような表情を見せ、ハンドガン"KP85"をシノに向ける。
男の表情が引き攣ったような笑みに変わり、無我夢中で引き金を引いた。
数発の銃弾が彼に殺到する。
「挙句の果てにそんなものにまで頼るとはな。つくづく情けない」
居合の声と共に刀を一振りすると、彼に向けられて放たれた銃弾はかすりもせずに遥か彼方へと飛んでいった。
次の銃弾を放とうとする瞬間には既にシノが男の眼前に躍り出ており、刀の峰の部分を向けて縦一文字に振り下ろす。
悲鳴も上げずにリーダー格の男は気絶し、シノは手の中にある刀を一回転させてから鞘に納めた。
僅か数分も経たずに大の男4人組を戦闘不能にしたシノの腕には目を見張る物がある。
「もう大丈夫だ、降りてきてくれ。バンが地面に嵌ってしまったから、奴らのセダンを借りよう」
「で、でも彼らはどうするんですか? 」
「バンともう一台のセダンを残しておこう。まあ、地面から出す手間は掛かるがな」
そう言い捨てるとシノはエマを抱え上げ、追跡者の乗ってきたセダンを拝借してから彼女を後部座席に乗せた。
おもむろにポケットから携帯電話を取り出すと、彼はグレイに掛ける。
「グレイ。こっちも片付けたぞ」
『オーライオーライ。さすがだシノ。こっちもフィアンセを乗せて向かってるぜ、合流ポイントで落ち合おうや』
「了解。すぐに向かう」
一言グレイに告げてから携帯電話を懐に仕舞い、再びハンドルを握った。
なんとか成功してシノは彼女に聞こえないように安堵のため息を吐く。
「シノさん……すごくお強いんですね。私ビックリしました」
「まあ、あれくらいは。ウチも色々な依頼をされるからな、必然的にああいうスキルが必要になってくる。それよりもこれから貴方のフィアンセが待つ場所へ向かう、いいな? 」
「は、はい! ありがとうございます! 」
「こちらこそ。では、進めるぞ」
("強い"なんて言葉……。俺には似合わない。俺は……ただの殺人鬼だ)
脳裏にそんな言葉が浮かんだ直後、彼は既に車を進める。
その後、シノがエマと車内で話すことはなかった。
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<シカゴ市内、住宅街地区>
追手の奴らから拝借したセダンに乗り、シカゴ市内の住宅街地区まで戻るとウェディングドレス姿のソフィアと警備員の制服姿のグレイの他に、私服姿の背の高い男性が見える。
「エマ! 」
「ジョッシュ! 」
互いに恋人を見つけた途端、二人は走って抱き合う。
そんな二人を一瞥した後、シノはグレイ達の元へと歩み寄った。
「お疲れさん。無事なんとか終わったな」
「ああ。そっちの方は? 」
「どうにかして撒きましたよ! 怪我人は救急車を呼んでおきました! 」
「そうか」
「ま、新人にしちゃあよくやったぜ。まさか機械系が得意だとは思わなかったが」
「ふっふっふ、これで私の必要性がようやく証明されたようですね! ね? 私使えますよね? 」
「はいはい。ソフィアちゃんはすごいでちゅねー」
「もーう! 馬鹿にしてーっ! 」
この二人は疲れを知らないのか、と思いつつもため息を吐きつつシノは言い争うソフィアとグレイに視線を移す。
やれやれと呟くと、口喧嘩をする二人を置いておきシノがエマたちへと歩み寄った。
「感動の再会のところすまない。もしかしたらまた追手が来る可能性があるから、そのセダンに乗って帰れるか? 」
「は、はい! ありがとうございました! 」
「なんと御礼を言ったらいいか……」
「お気になさらず。これが我々の仕事ですので」
「そうですよっ! どうかお幸せに! 」
都合が良いのか悪いのかわからないが、エマたちをセダンに乗せると二人は別れを告げるようにクラクションを鳴らし、道路を走って行く。
セダンが見えなくなるまで見送ると、グレイは一息つくようにタバコに火を点けた。
「いやぁ、駆け落ちの手伝いなんて早々出来ない体験だよ。よかったねぇ、お前ら」
「どうでもいい。今日は疲れた、もう帰ろう」
「へいへい。おーい、ソフィア、行くぞー」
「はーい、って待って下さいよ! ウェディングドレスだから歩きにくいんですって! 」
ドレスのスカートを摘まみながらぎこちなく歩くソフィアを見て笑うと、彼女に合わせるようにゆっくりと歩くシノとグレイ。
こうして、ソフィアの初陣は成功の結果に終わった。
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<"ラドクリフ製薬"社内、社長室>
「くそっ!! 」
高級そうなテーブルに拳を叩きつけ、怒りを露わにする男性が一人。
ここは大手製薬会社"ラドクリフ製薬"の社長室で、高層ビルの最上階に位置づけられている。
先程結婚式で連れ去られたエマの父親であり、現ラドクリフ製薬の社長でもある"マルコ・ラドクリフ"はおかっぱ頭を掻き毟り、乱れる呼吸を整えた。
「エマのやつめ……。あんな奴に媚を売ってやっと結婚まで持ち込んでやったものを……! あの小娘は恩を仇で返しおった! 」
唾と怒号を飛ばしつつ、マルコは思い出したかのように電話を掛ける。
『はい、こちら"便利屋ワイルドバンチ"。何か御用で? 』
「依頼だ。殺して欲しい奴がいる。名前は"アールグレイ・ハウンド"。聞いたことはあるな? 」
誰もいない社長室でただ一人、彼は笑う。
夕暮れが消えかかって夜になる頃、今一人の男がターゲットにされた。