「それぞれの夏の終わり」

 「それぞれに夏の終わり」



―第一段階クリア、っと。

誠は将悟の家の庭で、煙草を吸っていた。
将悟は学校へ行ってしまったし、話し相手がいなくて退屈だ。
庭には小さな花壇があって、将悟が大事に育てている花が咲いていた。
将悟は顔に似合わず花が好きで、春夏秋冬どの季節でも花が咲くように数種類の花が植えられていた。
今は小さくて黄色い花が咲いている。
何の花だろう。自分は花に詳しくないから、わからない。

昨夜、将悟を揺さぶってみた。
早くあの店から、彼方を排除したかったからだ。
彼方がいなくなれば、自分の居場所が戻ってくるから。
優樹には「彼方に余計なちょっかいは出すな」と釘を刺されてしまったから、こんな回りくどい手段を取らざる負えなかった。
自分が直接彼方に手を下せないのなら、将悟や日向を上手く使って、彼方を優樹の周りから消すしかない。

それにしても、いいタイミングで日向からメールが来た。
こっちはどう話そうか悩んでいたから、余計な手間が省けた。
自分が「彼方は夜の仕事をしている」、「優樹の家で暮らしている」、「売春をしている」と言えば、すぐに彼らは彼方を探すだろう。
けれど、その前に、全てを知っていて隠していた自分が責められる。
そんな面倒事は嫌いだ。巻き込まれるのは、ごめんだ。
だから「知識」は与えるけれど、「情報」はあげない。
上手に日向と将悟を自分の手の平で躍らせて、彼方の尻尾を掴んでもらおう。

将悟はわかりやすいほど真っ直ぐだ。そして、お節介。
思い込んだら一直線というような、馬鹿なところもある。
揺さぶって不安を煽れば、面白いくらい自分の思い通りに動いてくれる。
素直なのか馬鹿なのか、冗談交じりの言葉でも、真剣に受け取る。
あの動揺の仕方を見て、きっと、今日にでも日向に何かしらのアクションを取るだろう。
そこまでは、予想通り。

けれど、気がかりなのは、日向だ。
親が頼りにならないとしても、どうして日向は彼方を連れ戻さないんだ。
日向と彼方は、連絡を取っていないのか。
彼方が正直に夜の仕事をしていると言うとは思えないし、適当に言い訳しているとしても、日向は心配しているだろう。
普通、兄弟が夏休みが終わっても戻って来ないのなら、連れ戻そうとするのが普通だ。
彼方が帰ることを拒否しているのか、日向が彼方の帰りを拒んでいるのか。
双子というのだから、仲がいいものかと思っていたが、実はそうじゃないのかもしれない。

だからこそ、売春という言葉を使って、将悟の不安を煽った。
日向は、自分や彼方と違って、捻くれたタイプではない。
普通は、売春をしているかもしれないなんて言われたら、動揺して、彼方を連れ戻そうとするだろう。
けれど、日向は未知数だ。自分は、あまり日向のことを詳しくは知らない。
日向が自分の思い通りに動いてくれるとは、限らない。

上手くいけばいいが。
正直、こんな回りくどいことは、面倒だ。
とっとと解決してしまいたい。
こんな面倒なこと、性に合わない。

まあ、もし将悟が動かなかったとしたら、次は直接日向とコンタクトを取ってみるか。
日向には一度会っているし、警戒もされないだろう。
それに、日向も彼方のことを気にしているはずだ。
例え、仲が悪かったとしても、心配くらいはしているだろう。

それでダメなら、最終手段は、京子だ。
京子は彼方と繋がっている。
そして、京子は将悟や日向と同じ学校だ。
面識くらいあっても、不思議ではない。
日向と彼方は、双子でよく似ている。どちらか一方だけしか知らない、なんて、言えないはずだ。
自分が日向といるところを見せれば、京子は言い逃れはできないだろう。
京子を揺さぶって、彼方のことを吐いてくれればいいが。

けれど、この計画には、決定的な問題がある。
彼方の秘密を知るのが、京子だけということだ。
二人は彼方と京子の繋がりを、知らないだろう。
それに、京子が吐かなければ、将悟も、日向も、彼方には辿り着けない。
ああ見えて、京子は意外と腹が据わっている。
嘘を吐き通すことも、十分考えられる。

決定打が足りない。
一つ一つの情報を繋ぐ、線が足りない。
彼方と京子の繋がりを知る者がいない。
真っ先に京子を疑う者がいない。

二人に京子を疑わせるためには、どう仕向ければいいか。
適当な話をでっちあげるか?いや、不自然だ。
じゃあ、どうすればいい?
どうすれば、この方程式を自然に解かせることができるだろう。

いや、焦ってはいけない。ボロが出てしまう。
しばらくは、大人しく様子見るしかないか。

誠は溜息と共に、紫煙を吐き出した。






いつものように、学校が終わって、百合を駅まで送ってバイトに勤しむ。
夕方の中途半端な時間の店内は静かで、日向は厨房で暇を持て余していた。
することがないと、考えたくないことばかり考えてしまう。
あの箱が家に置かれていた日から、数日経った。

彼方を見つけ出す方法が、わからない。
話しかけられる女子に彼方のことを聞いてみても、全員口を揃えて「知らない」と言う。
あんなに仲が良さそうだった女子達ですら、彼方のプライベートは知らないという。
日向は誰一人として、彼方と深い繋がりがある人物を見つけ出せずにいた。

相変わらず、携帯電話は通じない。
きっと、着信拒否にされているのだろう。
メールアドレスも変えられていて、直接連絡を取ることはできなくなっていた。

あの箱に入っていたお金は、手を付けずに、箪笥の奥の奥へ隠した。
なんだか悪いモノに思えてしまって、気味が悪かったからだ。
きっと、まともな方法で稼いだお金じゃない。
何か悪いことに手を染めたのではないか。
犯罪を、犯しているのではないか。
そんなことばかり、思い浮かんでしまう。

「どうしたんですか?暗い顔をして。」

カウンター越しに声を掛けられる。
そこには京子が立っていた。

「ううん。…なんでもない。」

ずっと自分だけに、おかしな態度を取り続けていた京子だが、最近は普通に接してくれるようになった。
態度の急変に、日向は不思議に思いながらも、あまり深くは考えなかった。
虎丸が言うように、以前は少しだけ機嫌が悪かっただけなのかもしれない。
それか、自分のように、ただの人見知りか。

店内は暇で、彼女も仕事がないらしく、カウンターに凭れてホールの方を見渡していた。
虎丸は今日は休みのようだ。天気もいいし、部活があるのだろう。

「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…。」

「なんですか。」

以前と比べて、自分を無視をすることはないけれど、素っ気ない態度は相変わらず。
それが元々の京子の性格なのか、まだ少し警戒しているのか。
クールな子だな、と日向は思った。

「俺の、弟のこと…知ってる?」

「…知ってますよ。双子なんですよね。」

「ああ、うん。」

京子はホールの方へ目を向けたまま、言う。

「…その、…えっと…携帯で連絡とったりとか…してない?」

ないとは思うが、一応聞いてみようと思った。
少しでも、彼方に近付くヒントがほしい。

「いいえ。学校で見たことがあるくらいで、話したことすらありませんよ。」

京子は、ハッキリとした口調で言いきった。

「あ…そっか。」

それもそうか。当然だ。
同級生の女子の中でも、彼方と連絡を取っている人物が見つからないのに、下級生の京子が知るはずはない。
わかってはいたけれども、日向は肩を落としてしまう。

「その彼方さんが、どうかしたんですか?」

「いや…なんでもないよ。」

日向は小さく首を振る。
余計なことを悟られるわけにはいかない。
彼方が家にいないことが周囲に知れ渡れば、大変なことになってしまう。
教師や大人はほっとかないだろうし、警察が出てくるかもしれない。
彼方のためにも、大事にはできない。

京子は目だけで日向を振り返る。

「貴方は…嘘を吐くのが、下手なんですね。」

その瞳には、憐みの色が浮かんでいた。

「え…?」

京子はそのまま、ホールの方へと行ってしまう。
日向は戸惑って、何も言えずに、その小さな背中を見送るしかできなかった。

何故だろう。なんだか変な違和感を感じた。
「貴方は」だなんて。まるで、誰かと比べているようだ。
自分の気のせいだろうか。
けれど、京子は彼方と話したことすらないと言う。
そんな京子が、彼方の居場所を知るわけがない。
でも、なんだろう、この引っ掛かりは。

日向は、胸に何かがつっかえたような気持ちになった。






目が覚めた優樹は、顔を洗おうと、自室から洗面所へ向かう。
部屋を出て、玄関を見れば、やけにすっきりとしている。
いつもは脱ぎ散らかされている彼方の靴がない。
今日も出掛けているのか。

最近、目が覚めてリビングに行くと、彼方がいない。
ちゃんと仕事前には帰ってくるが、店が終わった後はアフターに出掛けてしまうし、仕事中と、仕事前のわずかな時間しか、彼方と顔を合わせることがなくなった。
気にかけてやらねば、とは思うけれど、時間が合わない。
アフターの後には帰ってきているのか、ちゃんと眠れているのか、食事は摂っているのか、病気は大丈夫なのかと、心配なことは多々ある。

以前の彼方は、週に一回ほどだけ、一人で外出していた。
何処に行っていたのかと問えば、笑顔で行先を濁していた。
おそらく、病院へ行っていたのだと思う。
彼方の部屋に入った時に見つけた薬と、その処方袋を見る限り、彼方は田舎の総合病院の精神科に通っている。
あの日見つけた薬の名前を、スマートフォンで検索したら、彼方の飲んでいる薬は抗不安薬だということが、わかった。
うつ病、社会不安障害、いろいろな精神系の病気に使われる薬らしい。
あんなに無邪気に微笑んでいた彼方が、そんな病気を抱えているだなんて。

気付けなかった自分が悔しい。
気にかけているつもりでも、全然そうじゃなかった。
あれから病気は大丈夫なのか。

最近は、彼方が食事を取る姿も見なくなった。
ちゃんと食べているのだろうか。
京子が田舎へ戻ってから、料理をする者もいないから、自分はほとんど外食かコンビニ弁当で過ごしてきた。
キッチンに、コンビニで買ったパンやサンドウィッチを置いているが、手を付けられた形跡はない。
彼方も外食で済ませているのだろうか。
一緒にいれば食事に誘うことも出来るが、京子が田舎へ戻ってから、少し彼方と距離ができた気がする。
彼方も気を遣っているのだろうか。
可愛い後輩として面倒を見ているつもりが、彼方にとっては、うざったく感じてしまっただろうか。
「みんなのお父さん」なんて、ただの自己満足だとはわかっている。
けれど、自分は本当の家族を大事にできないまま亡くしたからこそ、この偽りの家族関係を大事にしていきたい。
こんな自分でも、守れるものがあるのだと、思いたい。

誠のことも心配だ。
あれから一度も顔も見せないし、連絡もない。
メールを送っても、返信はない。
どこで、何をしているのか。
あの日、酒が入っていたせいか、少しだけ苛立ってしまったせいか、少し言いすぎた。

誠とは長い付き合いだ。
何でも自分の言うことを聞いてくれて、自分についてきてくれる。
まるで忠犬のように自分を支えてくれる。
誠は、自分から離れていかないと思っていた。
今までは、少し衝突したとしても、翌日には何事もなかったように二人で笑っていた、
でも、今回は違う。

誠に、甘えすぎていた。
誠だって、苛立つこともあるし、傷付くことだって、ある。
言い方が悪かった。誠が怒るのも当然だ。
誠は自分のワガママを、全部聞いてくれると思い込んでいた。
自分は、驕りすぎていたのかもしれない。

けれど、彼方をクビになんてしたくない。
それは、見捨てるということだ。
自分が彼方を見捨てたら、彼方はどうなる?
行く場所もなく、頼る人間もいなくなって、生きていけるのか。
彼方は、望んでここにいたいと言った。
彼方が望むうちは、自分が居場所を与えたい。

誇れる仕事ではないとは、わかっている。
高校生の彼方を雇うのは、違法だともわかっている。
けれど、あと半年もすれば、その問題もなくなる。
高校を卒業するか、退学するかで、解決できる。
そうすれば、十八歳にさえなれば、違法ではなくなる。
さすがに中卒だと将来は厳しいし、定時制か通信制の高校を進めてみようか。

ただ、それには問題がある。
彼方が二十歳だと言い張っていることだ。
彼方がそう言う以上、自分は知らないフリをしている方がいいだろうか。
嘘がバレたら、彼方はここに居辛くなるだろう。
それなら、無理に言う必要もない。

年齢のこと、病気のこと。
いつか、彼方はちゃんと話してくれるだろうか。
自分に、もっと心を開いてくれるだろうか。
誠だって、突然フラっと帰ってくるかもしれない。
それまでは、いいお父さんでいよう。
あまり干渉しすぎるのは、良くない。
待つことだって、必要なはずだ。

優樹はシャワーを浴びて、リビングでテレビを居ながらくつろいでいた。
まだ出勤まで時間がある。
そろそろ、彼方が帰ってくる頃か。

そんなことを考えていると、玄関の扉が開く音が聞こえた。
そして足音は、真っ直ぐにリビングへと向かってくる。
リビングの扉が開き、彼方がひょっこりと顔を覗かせた。

「あ、優樹さん。おはようございます。」

「おーおはよ。」

最近、彼方の顔色がいい。
以前は不健康なほど青白かった時があったが、今は顔に赤みもあるし、元気そうだ。
夜は同伴、仕事、アフター、そして毎日昼間出掛けているのに、不思議なくらいだ。
寝る時間もほとんどないだろうし、よく体が持つと思う。

「彼方ー。お前、最近外出多いよな。どこ行ってるんだ?」

「ちょっと、用事があったんです。」

そう言って、彼方は微笑む。
誠が言う「胡散臭い笑顔」なんかじゃなく、本当に無邪気な笑顔。
出会ったころは、緊張していたのか少し不器用な笑顔だったが、今は全然違う。
自然に、ごく自然に笑うようになったと思う。

「なんだー?新しい女でもできたかー?」

少し茶化してやろうと、優樹はニヤリと微笑む。
けれど、彼方は可愛らしく首を傾げた。

「さあ、どうでしょう。」

冗談めかして誤魔化すところは変わらないが、以前よりは心を開いてくれているのだと思う。
と、言うより、自分のあしらい方に慣れてきた、というか。
当然か。一ヶ月以上も一緒に暮らしているのだから。

彼方は慣れた様子で、自分の対面のソファーに座る。
そしてポケットから煙草を取り出して、火を点けた。
おいおい未成年だろうが、と言いたくなる気持ちを押し込める。
彼方が自称するうちは、二十歳だ。そう思い込もう。

つられて、優樹も煙草に火を点ける。
チェーンスモーカーとはこのことだ。

「なあなあ、たまには俺の買い物にも付き合えよー。」

「いいですよ。いつ行きますか?」

彼方は、いつも断らない。
それは自分に気を遣ってくれているのか、ここに居続けるために仕方なしに付き合ってくれているのか。
いつも愛想よく、体裁よく、自分に従ってくれる。

「んー、明日。」

「急ですね。」

「お前が、なかなか買い物付き合ってくれないからだろー?」

「優樹さんが、すぐ酔っぱらって潰れちゃうからですよ。」

「なんだとー?」

「本当のことです。」

そう言って、彼方はクスクスと笑う。
無邪気なのは若さか、計算か。
彼方は利口なタイプだと思う。
どうすれば相手に受けて入れてもらえるか、本能的にわかっているような感じだ。

「じゃあ明日、スーツ見に行くぞ。買ってやるから。」

「え?借りてるスーツは、まだ着れますよ?」

「んなわけねえだろ。お前細いから、俺のスーツだとぶかぶかだろ?」

「そんなことないですよ。ちゃんと着れます。」

彼方が仕事で着ているスーツは、全て自分のおさがりだ。
身長や丈はピッタリだが、体系の違いで、スーツを着ているというより、スーツに着られているという風にも見える。
自分は一般的な中肉中背だが、彼方は細身だ。
それが更に痩せたのだから、やっぱりサイズの違いは否めない。

「着れるか着れないかじゃなくて、ちゃんと自分に合ったスーツを着ないとカッコ悪いだろ?
 この仕事してるんだから、いつでもカッコよくしてないと駄目だ。」

「えー。優樹さんのスーツ、ゆったりしてるから楽なんだけどなあ…。」

彼方は子供のように、唇を尖らせる。
こういうところは、年相応だと思う。
確かに少しサイズが大きなスーツは着ていて楽だが、どうにも見栄えが良くない。

「ばーか。スーツは、ビシッと着ないと意味ないだろ?」

「…はーい。」

不満そうにしながらも、彼方は素直に返事をする。
なんだか、本当に子供を諭す父親のようだ。
もしくは生徒を指導する先生。

少しずつでも、彼方にとって生きやすい世界を作っていけたらいいと優樹は思った。

麻丸。
この作品の作者

麻丸。

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