バイトを終えて下宿のアパートに帰り着いたのは夜の10時近くだった。

「……あれ? ガバーンの奴は?」

 例のバレンタイン騒動以来、図々しく俺の部屋に居候している(自称)大魔王の姿がない。
 あんなむさ苦しいオヤジ悪魔でも、今夜はいてくれた方が気が紛れると思っていたのだが……。

「ふぅ。こりゃーいよいよ独りぼっちのクリスマスってか?」

 俺は店の売れ残り品を半額で買ったクリスマスケーキをテーブルに置き、コートを脱いだ。
 つい見栄を張って大きめのケーキを買ってしまったのだが、こりゃ1人で食い切るのは難しいな。

(どーせTVもクリスマスネタばかりだろうし……ああ、つまんねー)

 ベッドに寝転がり、退屈しのぎにスマホをいじり始める。

「……あれ?」

 待ち受けから切り替わったスマホの画面は、いつものポータルサイトではなく、見覚えのない広告ページだった。
 いかにもクリスマスっぽい色合いの背景に、萌えキャラ風にデフォルメされたサンタや天使の女の子キャラが楽しげにメッセージボードを掲げている。

『今年はぼっちのままイブを過ごしたくない――そんな貴方のために出張パーティー請け負います!』

(何だこりゃ? 新手のデリヘルか?)

 だが続きを読むと、

『本サービスは安心の全年齢対応。料金は一切頂きません。もしご満足頂けない場合、お詫びとして貴方の願いをひとつ叶えます!』

 風俗ではないらしい。
 しかし無料はいいけど、願いを叶えるって何だ?
 いつもの俺ならこんな怪しげなページはすぐ消していただろう。
 だがその時はよほど人恋しかったのか、つい「OK」のボタンへ指を当ててしまった。

『ピンポーンピンポーン♪』
「早っ!?」

 ボタンにタッチして1分も経たないうちにドアチャイムが鳴らされる。
 ベッドを降りた俺がおそるおそるドアを開けると――

「ノーモア・クリスマース!!」

 俺を弾き飛ばさんばかりの勢いでリビングに飛び込んで来たのは、アフロヘアで厳つい顔に筋肉隆々の大男。
 褐色の上半身は裸、下半身はぴっちりフィットの赤タイツ。
 背中から広がる黒い翼と頭の両側から延びた2本の曲がった角がなければ単なる露出狂の危ないオヤジとしか思えないそいつは……ガバーンじゃねーか!

「フハハハハ! 久方ぶりだな、祥介よ!」
「久方ぶりって……夕方俺がバイトに出るまで居ただろが! こんな時間までどこほっつき歩いてたんだ?」
「ふっ。あのサイトから申し込んだということは、汝もまた独り寂しくイブを過ごすクチよのう」
「ひ、否定はしないが……おまえだけには言われたくないわっ!」
「祥介よ、汝に問う! この国の人間の大半はクリスチャンでもないのに、なぜわざわざキリストの誕生日を祝う?」
「へ? ……そりゃあ子供の頃からの慣習だし。うちは仏教だけど」

 ちなみに仏教の開祖、お釈迦様の誕生日は4月8日。
 有名なところでは浅草の花祭り。その他も地域によって、また仏教系の学校などでは「灌仏会(かんぶつえ)」として祝うらしいが……。
 まあクリスマスに比べると地味な扱いだよな。
 これが神社なら「初詣」という一大イベントがあるけど。

「慣習か……人間はそれで良いかもしれんが、我々悪魔にとっては甚だ面白くない。そして! クリスマスがある故に! 汝のような哀れな犠牲者も出る!」
「いや、犠牲者だなんて大袈裟な……」
「そこで!」

 俺の言葉など全然聞かず、ガバーンはバサっと翼を広げ、高笑いを上げて両腕を天にかざした。
 こういう所だけ見るといかにも魔王っぽい。
 もっともこいつの場合は自分でそう名乗っているだけで、実際に悪魔としてどれくらい偉いかは俺もよく知らないが。

「世からこの悪しき慣習を払拭すべく、我が輩は同志を募り一大プロジェクトを企画した! 名付けて『愛のクリスマス撲滅大作戦』!」

 どうでもいいが、頭に「愛」さえつければどんな無謀も何となく許されてしまう風潮は何とかならないものか。

「ん? 同志って……?」

 その時になって気付いたが、ガバーンの背後、アパートの共用廊下に別の人影がある。それも複数。
 ガバーンが手招きすると、見知らぬ老若男女が十名近く、ぞろぞろ俺の部屋に上がり込んできた。

「この人たち……やっぱり悪魔か?」
「いや。殆どは汝と同じ人間ぞ。中には例外もいるが」

 なるほど。クリスマスに不遇な目に遭っているのは俺だけじゃなかったのか……。
 少しだけ納得しかけてしまう俺の目の前で、40代くらいのくたびれた雰囲気の女性が、床にしゃがみこみスーパーのレジ袋からがさごそ何かを取り出そうとしている。

「今宵、この部屋から皆さんで天国に旅立つと聞いて……」

 低い声で呟きつつ、袋から出した練炭にライターで火を点けようとしているではないか!

「わーっ!? ちょ、やめて下さい! 危ないじゃないですか」

 慌ててライターを取り上げた俺をおずおず見上げ、

「やっぱり洗剤の方が良かったでしょうか?」
「そういう問題じゃなくて……」
「主人の工場が経営難で3千万の借金を……ううっ、もう私が死んで保険金で返済するしかないんです……他にどうしろというのですか?」
「俺に言われても……ってか、それクリスマスと全然関係なくない!?」

「拙僧、近在の寺で住職を勤める者」

 頭に網代笠を被り、黒い袈裟をまとった僧侶が、合掌して両眼から滂沱の涙を流しつつ告げた。

「この不景気で檀家からのお布施が減っている昨今。クリスマスには向かいの教会に、正月は隣の有名神社に参拝客を取られ、もはや寺の経営もままならぬ有様。かくなる上は悪魔と手を組んでも伴天連の祭りへ一矢報いる所存……!」

 床の上に置いた香炉で線香を焚き、ポクポク木魚を叩きながらドス黒い怨念の籠もった般若心経を唱え始める。
 鬱陶しいことこの上ない。

「おいガバーン! いったい何なんだこいつらは!?」
「見ての通りだ。クリスマスあるが故に人は哀しみ、クリスマスあるが故に人は苦しむ……ならばそんなものなくしてしまえば良いっ!!」
「無茶言うな! 畜生っ、ただでさえ侘びしい俺のイブを益々暗くしやがって……だいたい出張パーティーなんだろ? もっとこう、パーっと盛り上がる面子はいないのか!?」

「ハーイ! そーゆーことならウチらにお任せ♪」

 元気のいい声と共に、アイドル風のフリフリドレスに身を包んだ高校生くらいの美少女3人組が躍り出るやビシっとポーズを決めた。
 おお、この子たちなら何とかこの場を明るくしてくれそうだ!

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