雨と煙草と写真と
シュッっと擦ったマッチが赤く炎を帯びる。
シガレットケースから取り出した一本の煙草を咥える。
煌々と燃えるマッチの火が煙草に燃え広がる。
朝から降り続く雨が窓を静かに叩く。
一筋の煙を残して炎の消えたマッチを眺めて、
「…マッチと同じさ……」
と呟いていた。
恋なんてマッチの炎と同じ。
一瞬の間、激しく燃え上がり、やがて消え、ボロボロの燃えかすが残るのみ。
しかし、やがては消えるものと知っていながらも、恋という病は余りに甘美で魅惑的だ。
普段なら強く照らすはずの太陽は梅雨の厚い雲に邪魔をされて光を届かせられない。
仄暗い照明を落とした部屋には、煙草が焦げる音と雨が窓を叩く音しかしない。
何もない。お世辞にも綺麗とは言えない板張りの床に、ところどころ欠け落ちている漆喰の壁。天井は簡素な照明が一つぶら下がり、その照明には蜘蛛が巣を張っている。家具はボロいベッドにカビ臭い箪笥が一つ。それだけ。
ただ一つ、箪笥の上に置いてある写真立てが唯一の装飾品。その中にはかつて若かった頃の自分とはにかんだ笑みを浮かべる女性がモノクロのツーショットで写っている。箪笥の上は埃を被っているが、写真立ては綺麗にされている。
一度大きく息を吐く。口から紫煙を吐いて、その煙は窓ガラスに当たって消えた。窓ガラスに映った煙草を咥える自分の姿を見て、男は苦笑した。
あの日は、そう。こんな日だった。
朝から雨が降って薄暗く、静かな日だった。
男はもう一度煙草の煙を吸った。