第一話 ネコ耳幼女と二人の探偵
目が眩むような真夏の太陽。そんな空からシトシトと降る場違いの雨。
狐の嫁入りとも言われる、そんなお天気雨のとある日。
平仮名と数字の書かれた紙の上に十円玉を一枚置き、その十円玉を人差し指で押さえながら、一人の少年が静かに口を開く。
『こっくりさん、こっくりさん、お越し下さい……』
そう口にした瞬間、十円玉がバイブレーションのように震え、部屋中のそこかしこからカタカタとラップ音が鳴り始める。
こっくりさんが来た合図だ。
少年はゴクリと唾を飲む。
少年の心臓が早鐘のように鼓動する。
それが畏怖によるものなのか、はたまた抑えられない好奇心なのか、少年は自分でもよく分からなかった。
高鳴る心臓を押さえ、少年は再び口を開く。
この儀式の目的を達成する為に。
『こっくりさん、こっくりさん、僕と…………』
「ねぇねぇショウたん~」
とある事務所の一室。
机に上半身を寝そべらせ、カタカタとPCのキーボードを軽快に叩きながら、青年は向かいのデスクで静かに新聞を読んでいるショウに話しかける。
「なんだ」
新聞から視線を外すことなく、ショウはそっけない返事をする。
「最近たまに行くコミュニティサイトがあってね。そこで、そのコミュニティサイトの管理人さんと、すごくフランクなチャットをしてる人がいてね」
「ほう」
「だからボクも、あぁこの管理人さんはきっと、とってもフランクな管理人さんで、堅苦しいチャットはあまり好きじゃないんだろうなぁって思って」
「ほう」
「それで今日、その管理人さんにフランクにタメ語でチャットを送ったんだけど」
「ふむ」
「何故かその瞬間、そのサイトにアクセスできなくなっちゃったんだよねぇ……」
「そうか」
カサリとショウが新聞をめくる。
「なんでだと思う? ショウたん」
半笑いのような表情で青年は小首をかしげる。
「アル。その疑問の答えは一つだ」
青年……アルに目を向けることなく、ショウは相変わらず新聞に視線を落としたまま、アルの投げかけた疑問に答える。
「管理人にフランクに話しかけていたというその人物は、管理人の友人だ。友達リストだ」
「はぁ」
「友達リストの人間が砕けた会話をするのは普通のことだろう。しかして、アル。お前はそこの管理人にとって、どんな存在だ?」
「ん~と、たまに顔を出すただの通りすがり?」
「そんな人物から、いきなりタメ語で話しかけられたんだ。不自然に管理人の手が滑って、うっかりアクセス禁止ボタンを押して、お前という存在を無かった事にしてしまっても、何も不思議はないだろう」
「えー」
カサリ、と新聞をめくる音が事務所内に響く。
「ちなみにお前はその管理人にどんなチャットを送ったんだ」
ショウにそう聞かれ、アルがPCの画面を見る。
「えっとね、『横から失礼! いあいあそれはないわ管理人さん(笑) ブリは絶対塩焼きじゃなくて照り焼きのほうがうまいに決まってるでしょww』 って送ったんだけど」
「良かったなアル。恐らくお前もその管理人のリストに仲間入りしたぞ」
「えっ、ホント!」
「あぁ。『殺す』リストにな」
「えー」
アルがガクリとうなだれる。
「ところでアル。それよりも俺は、さっきから気になっていることがあるんだが……」
「ん~何?」
うなだれ、PCに突っ伏していたアルが力無く顔を上げる。
「さっきからお前の後ろに立っているそのネコ耳幼女は一体誰だ?」
ショウが新聞から視線を外し、アルの後ろに立っている、和装に身を包んだネコ耳幼女をジッと見つめる。
「ひっ!」
ショウの鋭い視線を見て、ネコ耳幼女がビクッと耳と身をすくめる。
「ふぇ? あぁ、ここに着いたときに事務所の前に立ってた依頼人さんだよ~」
カサリ。
アルの言葉を聞いて、ショウがゆっくりと新聞を畳む。
そして静かに席から立ち上がり、アルの方に身体を向ける。
「なぁアルよ」
「?」
「そういうことは先に言え!!」
ショウの怒声とバンッ! と机を叩く音が事務所内に響き渡る。
その振動で、ドアに掛けられた『AS探偵事務所』という、看板がガタンッと斜めに傾いたのだった……。