こんにちは、六三回目の死。そして初めまして、六四回目の生。目映い光の中で私は再び目を覚ます。
意識ははっきりとしていて、身体全体に重みを感じる。実感の沸き切らない上体を起こして、ケータイに手を伸ばした。
一回目の死に出逢った時、私はただの平凡な女子高生だった。ただちょっと都会に住んでいて、ちょっと成績が悪くて、少しだけ親と仲が悪くて、その時は暴言を吐いて家を出ていて、一週間程家を空けていた頃だった。
まぁ、細かいことは別にどうでもよくて。そんなこんなで車に撥ねられた私は気付けば二回目の生を受けていた。
二回目の私は訳も分からずただ呆然としていたら死んでしまった。
四回目の私はようやく実感を手に入れて、『ある意味不老不死じゃんイェー』と思っていたら死んでしまった。
十回目の私は自分の儚さに心底ガッカリしながら日陰を歩いていて、『陰を踏み外したら死ぬ』というアホみたいな自分ルールを破ったら、死んでしまった。
そして十二回目の私。ようやくその儚さとその原因を理解した。
生まれ変わった私は、『陰を踏み外したら死ぬ』身体になってしまっていた。
十二回目の私はふざけんなこのクソ神がぁぁと中指を立てていたら死んでしまった。
十八回目の私はそれでもしぶとく生をエンジョイし、何の痛みも絶望も感じない、醤油ラーメンのようにあっさりした死を受け入れて死んでしまった。
二六回目の私は試行錯誤の末ギリギリ死ぬか死なないかの瀬戸際を見付けて死んでしまった。
そして二七回目の私。江戸時代の人は偉いと思いながらフグさしを食べつつ、今後どうするかを考えた。
生まれ変わる度に新しい場面を与えられ、私の立場も様々に与えられる。初めは『この訳の分からない繰返しにもきっと意味がある』と思っていたけど、それでも私は変わらず惰性のままに生と死を繰り返した。
三三回目の私は引きこもることを決めて部屋に閉じ籠っていたが、コンビニに行こうとして死んでしまった。
三七回目の私はネット通販で全てを克服したと見せかけてお金に困り、バイトの面接にいこうとして死んでしまった。
四二回目の私は『人の陰を踏んでいけばいけんじゃね?』と思い、命がけのスキップを繰り返す内に踏みミスって死んでしまった。
そして五九回目の私。もういい加減人の陰を踏むのは疲れたので、死んでも損なんてしないしどうにでもなれと思った。でも五九回目の私はすぐには死ななかった。
私と彼は追われる身で、暗闇を幾度となく転々とした。助け合い、懸命に生きた。途中何度も生き長らえるのがだるくなったけど、彼の必死な姿に何度も後ろ髪を引かれた。
それでも五九回目の終わりは唐突に来た。走って逃げる私たちを水平に射すサーチライト。強烈な光に照らされ、彼の陰が足元を真っ直ぐと走る。
一貫の終わりかと思えた。でもそこで彼は立ち止まり、私に背を向けて言った。
「俺が時間を稼ぐ。その間に行け」と。
私は別に、愛着なんてなかった。だからその言葉を聞いてまた走った。後ろで銃声が鳴り響いても、強く唇を噛みながら走り続けた。それで最後に彼が膝から崩れ、陰が消えて私は死んでしまった。
六〇回目の私。日傘を差して太陽の下を歩き続け、必死に人の陰を探す内に寂しさを覚えた。自分が一人であることに耐えきれなくなった。
六一回目の私。置いて行かれないよう、夕闇に人の陰を追いかける内に切なさを覚えた。 隣に座る誰かがいなくなることを恐れるようになった。
六二回目の私。大都会のスクランブル交差点で、必死に人の陰を踏んでいく内に苦しさを覚えた。すれ違い離れていく人々の数に泣きそうになった。
繰り返す度に強くなる痛みが私を締め付ける。強い孤独に胸が張り裂けそうになる。何とも思わなかったはずの生と死が表情を変えた。
とかくこの世は生きづらい。それでも人の陰を踏まずにはいられない。留まると追い付かれそうで、迫り来る死から逃げるように誰かの陰を踏んで歩いた。
そして六三回目の私。シングルマザーの娘だった。
学校には通っていなかったがお金には困っていなかった。そして、母親が帰ってくる度に「一緒に買い物に行こう」というのが嫌だった。
だから何度も断った。出来る限り部屋に引きこもった。もう死にたくないと思って部屋の扉に鍵をかけた。
その内に母親が倒れた。過労によって身体を壊していた。
病室のベッドで寝息を立てる母親の腕は細く、手は骨張っていた。その頬は痩せこけていた。その目にはクマができていた。
シワの増えた顔を見るのが辛かった。お金に困ってないわけなかった。学校に通っていなかったわけでもなかった。
私の持つべき苦労を肩代わりしていたんだ。私は私のことしか考えていなかったのに。この人は自分のことなんか後回しにして、私のことだけを考えてくれていたんだ。
六〇回目の私も、六一回目の私も、六二回目の私も、その前の全ての私も。自分のことだけを考えていたことに、感情の波が抑えられなくなった。
その内母親が目を覚まして、弱々しく微笑んだ。
「心配してくれてありがとう。今日はもう遅いから帰りなさい」
私は母親を心配して泣いていたんじゃない。そのことをこの人は、知らない。
私は自分を許せなかった。なのにこの人は文句すら言わない。そのことに耐えられなくて、私はまた泣いた。
私は部屋の鍵をぶち壊した。締め切ったカーテンを、レースだけ残して全部取り払った。それからようやく歩けるようになった母親と一緒に買い物に行くことにした。
まだふらつく母親の隣を私が歩く。倒れないように、母親を支えるのは私。その母親の細い陰を私が踏む。
くっついて、必死に支える私に母親が微笑みかける。その細い目に涙を蓄えて、ぎゅっと腕を抱く。歩き辛くてしょうがなかったけど、私はその手にそっと手を添えて歩き続けた。
その母親はじきに亡くなった。取り残される私に「ありがとう」とだけ遺して、笑顔のままこの世を去った。
そうして迎える新しい朝。こんにちは、六三回目の死。そして初めまして、六四回目の生。目映い光の中で私は再び目を覚ます。
手に取ったケータイには見慣れた名前。懐かしくも愛しい“クソ親”の名前。
何を言おう。何から言おう。聞いてくれるかな、許してくれるかな。私は震える指先で画面に触れた。
私は今日も陰を踏む。
あなたの気持ちを知るために。
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