最近なんだか生きている実感がしないなぁ、
なんてぼーっと考えながら夕飯を作っていたら、包丁で指を切った。
意外とザックリと切ったらしく血がだらだらと出るので、
水道水で洗おうとしたところ、窓の外から声がかかった。
「もったいない」
なんのことかと顔をあげると、そこには今夜の大きな満月を背に、
小さなコウモリがパタパタと飛んでいた。
なるほどコウモリなら血を吸うだろう。もったいないというのも頷ける。
そこで私は血を洗い流すのを思いとどまり、
「飲む?」とコウモリに聞いてみた。
するとコウモリは以外そうに、そして嬉しそうに「いいの?」と言って、
窓から家の中へ飛び込んできた。
飛び込んできたコウモリはポンというような小さな爆発音とともに、
紫色の煙をあげ、少年の姿になった。
黒いマントに、タキシードのような正装。首には深紅の蝶ネクタイ。
少し長めの髪に、やや病的だが美しい顔立ちの笑顔。
その口元からは小さな白い牙がこぼれている。
なるほどこれが吸血鬼なんだな、ということで、
これまた血がもったいないというのは頷ける。
少々面食らったが、コウモリには血を与えて、
吸血鬼には血を与えないというようなことは差別ではないだろうかと考え、
やはりそのまま血を飲ませてあげることにした。
吸血鬼の少年は上目遣いに私の顔を見つめると、
ではさっそく、と私の指に唇をつけ、血を吸い始めた。
不思議なもので、ドクン、ドクンとした指の痛みが、
吸われているうちにじんじんとした痺れのようなものになり、
だんだんとそれが快感になっていった。
なんだか気恥ずかしくなってきたので、これはあれか、蚊のように、
あとで痒くなったりする成分か何かが注入されているのかと訊ねると、
少年は唇を離して笑い、そんなことはないよ、
ただ飲み終わったら傷を早く治して修復する効果はあるみたいだよ、と言った。
それよりも、と少年は言う。
「血が薄いね。ちゃんとお肉とか食べてる?恋もしてないでしょ。
アドレナリンが感じられない」とかそんなことを言い出した。
おまけに、「点数で言うなら、30点」と採点までされてしまった。
しかも図星だ。
無料で血液を提供してあげたのだから、
お愛想で60点くらいはつけて欲しかった。
なんだか悔しかったので、普通、平均はどのくらいなのかと聞くと、
お姉さんくらいの年頃なら、60点は取っていかないと。と返ってきた。
なんだかものすごく悔しかったので、
じゃあ次回までに絶対に美味しくしておくから、
次の満月にまた来なさい、と約束を取り付けた。こっちにも意地がある。
だいたい料理は得意なほうなのだ。
ただ自分が食材としてどうなのかは考えたことがなかっただけで。
それじゃあ楽しみにしてる、と少年はまた
コウモリの姿になって窓からパタパタと飛んで出て行った。
指の血は止まっていた。
私は冷凍庫から、凍っている肉のパックを取り出した。
今夜のメニューから変更だ。
次の満月までに、彼が驚くほど美味しくなっていてやる。
ふと、生きがいとは、こういうものか、と、私は気がついた。
〈了〉
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