第二十一歩

チェンジ・オブ・ペース、俺は会話の主導権を相手に渡さないように話を変える。
「そうだ、五十嵐って自分のパソコン持ってんの?ほら、昼休みに曲をパソコンに入れたって言ってたからさ」
「ううん、自分のはないの。だからお兄ちゃんのパソコンに入れてもらったんだ」
「ふーん、お兄さんてどんな人?」
「すっごく優しいよ!けっこうかっこいいし、勉強も教えてくれるし。全然怒ったりもしないんだよ」
 大好きなんだな、お兄さん。
 高校生の女の子が自分の兄弟をベタ褒めするのって、珍しいかもしれない。
「へー、じゃあ怒られたことないんだ?」
「んー、怒られたことはないんだけど、叱られたことはあるかな。怒鳴ったりは絶対しないんだけど、私が間違ったことをすると悲しい顔で注意するんだ。その顔があんまり悲しそうで真剣だから、私はすぐに反省してお兄ちゃんの言うことを聞くの。こんな顔をお兄ちゃんにさせたらダメだ、ちゃんと言うとおりにしなきゃって思うの」
 そうか、そうやって頼めば言うことを聞いてくれるのか。
 いいことを聞いた。
「五十嵐、代わりに今日の宿題やってくれ」
 俺は出来るだけ悲しそう且つ真剣な顔を作りながら言う。
「んー、そういう時のお兄ちゃんの顔はね、ほんとに悲しそうな顔なの。三浦君のみたいに面白い顔じゃないの」
 当然の事ながら、また俺は傷つく。
「お、面白い顔……、自覚はなくもなかったけれど……まさかそんなにストレートに言われるとは……」
「冗談だよ、冗談。お昼休みにいじめられたからね、ちょっとは仕返ししなきゃ」
「面白い顔かあ……」
「だから冗談だよー。三浦君てわりとかっこいいよ」
 俺はマッハで立ち直り、五十嵐を問い詰める。
「まじで?ほんとにそう思う?え、まじで?」
「うん、どちらかと言うとかっこいい方かもって思う。私の好みって変ってるから、他の女の子もそう思うかどうかはわからないけど。」
 なんだろう、顔を褒められるのってすごく嬉しい。
「そんなこと言われたの生まれて初めてだ!生きててよかった!明日菜なんて何年間もほぼ毎日会ってるのにそんなこと絶対言わないしさあ、ああ今日はいい日だなあ!」
「……思ってても、全部言うとは限らないよ。言えないこともあるんじゃないかな」
 なぜだろう、五十嵐の表情が少しだけ曇ったように見えた。
 だが現在絶好調の俺はそんなことを気にかけない。 
「いやー、俺ってイケメン寄りだったんだあ!五十嵐から見ると!ということは、他にもそう思ってくれる女子、いるかもしんないなあ!」
 呆れたように肩をすくめる五十嵐。
「ほら、そんなことをすぐに言っちゃうところが」

「かるく見られる原因ですね、わかります」
 本音というか本性ってついポロっと出るものなんだな、女子の前では注意しなければ。
ふと、五十嵐が横目で壁にかけてあるカレンダーを見ていることに気付く。
そのカレンダーは月毎に違うサッカー選手の写真が載っており、写真の下に申し訳程度に日付が書いてあるものだ。
ちなみに今月はピッチに立つプレー中のスナイデルを撮った写真だ。
「ああ、あのカレンダーは俺の趣味。サッカー好きなんだ。基本は海外サッカーで、Jリーグはあんまり詳しくないんだけど。五十嵐はあの人のこと知ってる?」
チャンスだと思い、サッカーの話題にどう反応するのか探りを入れてみた。
チームに誘う前に、どの程度五十嵐がサッカーに関してオープンに話してくれるのか、見極めておく必要があったのだ。
「……知ってるよ、スナイデルでしょ?」
「そうそう、オランダの。五十嵐、けっこう詳しいじゃん」
「お兄ちゃんがサッカーやってるから。それで知ってる、かな。別に詳しくはないと思うよ」
「そう?サッカー好きの中では超有名だけど、普通の女子高生はスナイデルなんて知らないんじゃない?お兄ちゃんと一緒にサッカー観たりするの?」
「……昔はよく一緒にテレビで観てたんだけどね、中学の途中からはあんまり観なくなっちゃったな」
 明らかにこの話になってから、五十嵐の表情が暗くなっている。
中学の途中、つまり両足が義足になった頃から、サッカーを観なくなったってことか。
 当然だよな、もし俺だったらサッカーという言葉を聞くのも嫌になっているだろう。
 しかし五十嵐には酷かもしれないけれど、もう少しこの話題を続けて五十嵐が今サッカーに対してどう思っているのかを確かめなくてはならない。
「ふーん、そうなんだ」
 俺は五十嵐の変化に全く気付かないふりで話し続ける。
「俺アーセナルってクラブが好きなんだ。攻撃的ですごい楽しいサッカーをするいいクラブなんだぜ。若手が主体でさ、俺達とそんなに年の変わらない選手が試合に出たりするんだ。五十嵐は好きなチームとかある?」
「特にないかなあ」
「そうなんだ。じゃあ好きな選手とかは?」
「もう何年も観てないから……」
「俺は昔アーセナルにいたセスクっていう選手が大好きでさ、結局バルセロナに移籍しちゃったんだけど。キープ力があって中盤を支配しながらゴールも」
「三浦君!」
 五十嵐がもう堪え切れないという風に俺の話を止める。

寝太郎
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寝太郎

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