山奥の小屋におじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは齢にして70をゆうに超えていて、おばあさんは60をゆうに超えていました。
おじいさんは毎朝、日の出とともに起きると川へ洗濯をしに行き、おばあさんは山へ木を切りに行きました。
「おばあさん、わしゃ洗濯をしにいってくるぞ。洗濯物を全部だしたかえ。」
「はいはい。出しましたよ。ああ、おじいさんや。白湯を作るから、水も汲んできておくれ。」
「はいはい。じゃあ行ってくるわい。」
「お願いしますよ。」
おじいさんは、おばあさんから洗い物を受け取るとゆっくりと小屋を出て行きました。
おばあさんは、山へ木を切りに行きました。
「えっほら。えっほら。」
川は小屋の近くにはなく、山道を登っていった先の方にあります。坂道は険しく、70歳を過ぎたおじいさんには一苦労です。洗い物も溜まっていたので、かごは一杯でした。背中にずしりと誰か乗っているようでした。
「えっほら。えっほら。」
日差しもギラギラ照りつけていて、おじいさんの身体はひからびてしまいそうでした。おじいさんは木陰に隠れて一休みして、必死に山道を登っていきました。それでもまだまだ川へは着きません。
「よいしょ。こらしょ。」
その頃、おばあさんはいつも木を切っている山へ着いていました。おばあさんが木を切ると言っても、大きな大きな木ではありません。60歳のおばあさんでも簡単に切れるくらいの細い細い木です。
「よいしょ。こらしょ。」
細い木はいくらでもこの山にはありました。この細さならおばあさんでも楽に切る事ができました。
おばあさんは刃物を取り出して、一本一本、木を切っては拾っていきました。
「えっほら。‥‥えっほら。ふうー。ようやく着いたわい。」
おじいさんは山道を登りきり、川が流れているそばまでやってきました。
目の前には、幅の狭い小さな小川が流れていました。着物を一着洗えるくらいのそれはもう幅の狭い小川でした。
「洗い物と水汲みをさっさと済ませて、おばあさんのところに戻るわい。」
おじいさんはそう思うと、背中に背負っていた荷物を地面に置きました。
おじいさんの身体は汗でびしょびしょです。着ている着物からは滝のように汗が滴り落ちていました。
手ぬぐいで身体の汗を拭うと、着物を脱いで、おじいさんは洗い物を洗い始めました。
「これはおばあさんの袴。これはおばあさんの着物。これは‥‥。」
おじいさんは手慣れた様子で、洗い物を小川の水ですすぎながら洗っていきました。
ふう、とおじいさんは洗い物を一通り済ませて腰掛けました。
小川はちょろちょろと流れており、日差しを浴びながらキラキラと綺麗に輝いていました。
おじいさんが休んでいると、小川の上流から一匹の魚が流れてきました。
今まで見た事も無いその魚を見て、
「めずらしい魚じゃあ。これはきっと美味いに違いない。おばあさんに食わせてやろう。」
おじいさんは近くにあった細い木を切って、流れてくるその魚を取ることができました。
「こりゃあ、運が良かったわい。土産ができたぞい。」
おじいさんはそう言うと喜びいさんで、登ってきた道を戻っていきました。
「ふぅーっ!ふぅーっ!」
おばあさんは、木を切って小屋のかまどの火を焚いていました。
ちょうど、竹筒を口に当ててかまどに息を吹き込んでいたのでした。
「そろそろおじいさんも帰ってくることだわい‥‥。」
「おばあさんや、いま帰ったぞい。」
「ほれ。当たったわい。」
おじいさんとおばあさんは長いこと同じことを繰り返していたので、身体が時間の間隔を覚えていたのでした。おじいさんもおばあさんも朝から汗だくで疲れていました。
「あら、おじいさんや。その腰にぶら下げているものは何じゃい?」
「小川で魚が取れたんじゃ。」
「それは運が良かったのう。焼こうかいね。最近は魚もめっきり取れなくなったでの。」
おばあさんはおじいさんから魚を受け取り、串刺しにして魚を焼き始めました。
次第に魚からもくもくと煙が出てきて、美味しそうな匂いが小屋一杯に満たされていきました。
その匂いは、おじいさんとおばあさんのお腹をぐうーっと刺激していきました。
おじいさんとおばあさんの口の中はよだれで一杯でした。
「さあ、できましたよ。」
「食べるぞい。」
「ありがたや。ありがたや。」
おばあさんはそう答えるとおじいさんが取ってきた魚を食べました。
「おじいさんや‥‥。」
がたがたがた。
おばあさんが魚を食べたとたん、おばあさんの身体が痙攣して口からは泡を吹き始めました。
「どうしたんじゃ!!おばあさん!!どうしたんじゃ!!」
おじいさんは慌てて、おばあさんを人工呼吸しました。
「今助けるからのう。今助けるからのう。」
おじいさんが必死で人工呼吸をしてもおばあさんの息はありません。
おばあさんは死んでしまいました。
「何でこんなことになったんじゃあ‥。何でこんなことになったんじゃあ‥。」
おじいさんは力が抜けて打ちひしがれるように座り込みました。
「脱落だ。」
恰幅の良い一人のひげ面男が言いました。小屋の角にカメラが仕込んでありました。
どうやら、おばあさんとおじいさんはずっと別室で観察されていたようでした。
「まったく。あれほど食べるなと言っているのに。」
ひげ面男は不満そうに呟きました。
「破門だな。Yよ。あのじいさんも見せしめにしろ。」
ひげ面男は、そう近くにいたひげ面男の右腕と思わしき男にぶっきらぼうに指図しました。
どうやらその右腕はYと呼ばれているそうでした。
「はっ。仰せのままに。」
モニターをみると、数人の着物を着た覆面の男達ががおじいさんを小屋から外に連れ出していました。小屋の外では、朽ち果てた村落のような風景が映っていました。そこでは同じ着物を着た人間が何十人も集まっておじいさんを眺めていました。
おじいさんは聴衆の前でひざまづかせられると、外に連れ出した覆面の男に躊躇無く首を斬られてしまいました。
「これで我が国の信仰がより深まるだろう。」
満足そうにひげ面男はそう話しました。
「おっしゃる通りです。これで我が国も存続できます。」
「さてと、聴衆への見せしめを終えたところで教典を読み上げてこよう。鉄は熱いうちに打てだ。」
そういってひげ面男は、本を持って颯爽と外に出かけました。
数十年前に放射能汚染や温暖化が世界を襲い、地球の生態系や環境が破壊されました。放射能に汚染された植物はやせ細り、動物も死んでいきました。人類は食べ物に飢え、次々と国は朽ちていき、そこである国では新しい生活を始めたのでした。その国で生きる国民は電気も燃料も使えない、質素な生活を心がけることに徹したのでした。環境をなるべく傷つけないようにと、極力自然の中で生活を営んでいました。また有限である食物は限界までに制限されるようそれぞれの国によって、独自のルールが決められているようでした。理不尽とも言えるルールがあることによって、壊滅的な環境下でも人類は精神状態を安定させ生活できたのでした。
Yがモニターに目をやると、先ほどのひげ面男が何やら聴衆の前で叫んでいました。
「信仰する者よ。正しき言葉を語れ。預言者は世界の破滅を預言していた。汚染された食べ物は口に含んではならない。皆の者、預言者が記した期間はいかなる理由であろうとも断食せねばならない。破れば掟に反する事になる。すなわちそれは死を意味するーーーー。」
ミラクリエ トップ作品閲覧・電子出版・販売・会員メニュー