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俺のことかい?
俺はどう見ても蟹だろう。
人間の体にあるべき頭と蟹が挿げ替わっているように見えるね。
それにしても近頃、俺のところに来るやつが多くていけない。
床屋なんてどこにだってあるだろうに。
俺はこのようによく切れる二つのハサミを持っている。
イヤいいんだよお世辞は。しかしね、それはもちろんどんなものよりこのハサミはよく切れるのだ。

ここに人が来るようになって、かれこれ何人目になるのかね。
君もよくここに来たものだ。相談なしで?だれにも?そういう場合もあるね。そして、そういうものかもしれないね。
私としては少々残念な気もするが、君が決めたことだ。

なんだって?そろそろ俺の顔に慣れてきたって?
ハハハ、慣れるって事はすばらしい。非現実な現実すら連続すると飽きてくるものだ。
そうしてね、ついには俺のところに来る。でも慣れてくるのさ、結局。みんな、君のようにね。

サアまずはこの髪。これだけ伸びたら何をするにも一からだ。
左のハサミがちょうどいい。右はまだ時間があるからね。そうあせらなくていい。

ただ切られているだけじゃあつまらないだろうね。
それでは俺がこの頭になったいきさつでも話すかね。
何。そんな話に興味はない。おいおい君は面白いやつだね。じゃあどうしてわざわざこんなところに来たんだね。

俺はね、そりゃあ自分の顔が大好きだった。そんじょそこらではお目にかかれないほどの器量だったんだよ。
どんな人間も俺の顔を見ては褒め称えるのだ。俺は次第に麻痺してね、それが普通になっていった。
好かれて当たり前の顔であると。
しかしね、たった一人、まったく逆のことを言ったものがいた。ありとあらゆる醜さが、俺の顔の形になっていると。ありとあらゆる醜さだよ。君に想像できるかい。
そしてそう言った、たった一人は俺がこの世で一番愛した女だった。そのたった一人がなぜ他の誰かであってくれなかったのか。俺はね、それはそれは大変な心もちになったよ。俺の顔は一体全体どうなっているのかと。
すべての賛辞は結局何の賛辞にもなっていなかった。つまりダイヤモンドも灰も元来同じであるということさ。俺は暖炉でくすぶる燃えかすのごとくであっただけ。

それは深く傷ついたさ。
しかしね、そこで俺は気がついたのだ。俺は女を愛していた。だから俺は女が好くような顔に変えればいいのだと。
ここでだいぶ苦労した。俺の顔は整いすぎていたようだ。行く医者行く医者みんなが口をそろえてこう言った。
これほど完璧なのに、いったい何を治すというのか。
それでも俺は、この整った顔を死ぬほど呪っていた。

俺はよくよく考えてみた。
女はね、美しい顔の俺を、醜いと言ったんだ。このことが何を意味するかわかるかい?
そうだと俺はひらめいた。
俺と世間が思うところの醜さが、女にとっての美しさに違いないと。
そうすれば話は早い。顔を崩すことなど簡単だ。医者の世話になるまでもない。
近くの灯油を使って顔を焼いたよ。

俺はずいぶんひどい顔になった。そして満足した。これが欲しかったんだ。
その顔で女に会いに行った。
そしたら女はこう言った。顔には何がついていると思う?口や鼻。そして目でしょう。あなたの目はなんにも変わっていない。それがついている限り、あなたの顔など見たくないの。とね。

もう俺は仕方がなかったんだ。
俺でいる必要がなかったんだ。

都合よく、焼けただれた俺の頭が欲しいやつがいてね。くれてやった。そうしてかわりにこの頭をもらったわけだよ。
意外なことにこの頭は、俺の首にぴったりだった。
                                         
そうだ。おまえさんの首だよ。ぴったりじゃあないか。
髪を切られながらよく考えたのかい?
                                 
おれはね、ずいぶん代替わりしたんだ。
おまえさんは、誰の髪を切りながら誰の顔を替わりにもらうのかね。
そして俺のように身の上話をするのかね。
もうそれもどうでもいいだろう。
おまえはおまえでいたくないんだ。
俺を見るその目だって、もうじきこの飛び出た蟹の目になるんだから。

なんにしたってよくある話だ。
自分を捨てたくなるって事は。


俺はこのようによく切れる二つのハサミを持っている。
イヤいいんだよお世辞は。しかしね、それはもちろんどんなものよりこのハサミはよく切れるのだ。

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