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ぼくは石が好きだ。大好きだ。
アンバー、アゲート、アベンチュリン。
クンツァイト、ロードナイト、カーネリアン。
さまざまな石を見ていると、時を忘れる。
なぜこんなに好きなのかわからないけれど、昔からそうだった。
どちらかというと人間と触れ合うよりも、そこらの砂利からぼくだけの石を探しているほうがずっと幸せだった。
先月ぼくのアパートの近くに大きなショッピングモールができた。
その一角に、ぼくの大好きな天然石の店がある。
女の子が好きそうなアクセサリーとしての石を中心に、さまざまなタイプの石が常に品切れることなく用意されている。
その中でも特に研磨されずに原石のまま売られているコーナーにぼくは惹かれた。
ぼくは仕事が終わるとたいていその店に行き、閉店まで石を手にとっては眺めていた。
至福のときだった。
何もかも忘れられるひとときだった。
「何かお探しですか」
はっと我に返る。
いつもは小太りのおおらかそうな店員さんが暇そうにしてぼくを放っておいてくれるのだが、今日は違う店員がぼくの横に立っていた。
こんなことってあるのだろうか。
ぼくは、
ぼくは一目でこの女の子のことが好きになってしまった。
ぼくは自分で自分にあせった。
こんなことはかつての自分にはありえないこと。
何てことだ。
石以外に恋するなんて。
「ああ、ええと」
「こちら、はじめてですか」
「あの…」
「でしたら石の一覧表がございますのでどうぞお持ちください」
「…」
ぼくはそれを受け取った。
その内容は全部知っているけれども、受け取った。
ぼくは彼女から目を離せない。
ぼくはあることに気づいた。
「あの、ちょっと」
「はい」
「あなたこちらの店員さんですよね」
「はい。今日からアルバイトで夕方担当になりました」
「あの、ぼくは石が好きなんですが、ほら、こうしてその日気になる石をポケットに入れたりして、いつも身につけているんです」
「すてきですね」
「ところであなたは、見たところひとつも石を身につけていないですね」
「はい、そうです」
「石、好きじゃないんですか」
「大好きです。わたし学生なんですけど、親がバイト反対なんです。でも秘密でこうして店員してるんです。ここで働きたくって。
今はすごくうれしいんですよ」
ではどうして身につけないの?
と訊こうとしたら、彼女は続けてこう言った。
「わたし、石なんです」
「え」
「石というか、元素」
「元素」
「知っていますか。人間の体っていうのは宇宙にある元素のほとんどを微量でありながらも含んでいるって。
それを感じているから、わたしは何にも身につけなくても、求めている石と一緒でいられるんです」
ぼくはショックを受けた。
ぼくが恋するはずだ。
ぼくはなんだか恥ずかしくなってしまって、その場からすぐさま走り去った。
眠れぬ夜を過ごしたぼくは、いつもと違う朝日を感じる。
電車に乗っても会社に行っても定食を食べていても、
周りにいる人間すべてがなんだか大好きでしょうがなくなってしまった。
変わったぼくに周りは少々びっくりしていたようだったが、それでもかまわなかった。
ぼくは隣人に引力を感じる。
ぼくもぼくに中心を感じる。
幸せとはこのことを言うんだろう。
ぼくは昨日の店員さんにお礼を言いたくて、会社が終わるとすぐさまあの店に駆けつけた。
あの店は、なくなっていた。
何もなくなってしまうと意外に狭いその一角には、次に入る店のポスターが張ってあるきりだった。
でもぼくは案外冷静に、当たり前のことのようにそれを受け止めた。
ここには人間がたくさんいる。
宇宙の元素をその身に隠し持っている。
ぼくはそれに気づくことができた。
石たちは振動している。
ぼくの気持ちも、それに答えて喜びに満ち満ちている。