01:『失った夜』


 俺は夜が嫌いだ。

 普通の人が普通に過ごす日常。それは俺にとって普通ではない。
 俺には、皆に有る物が無いのだから。
 
 人間誰しも嫌いな物は有るはずだ。【嫌い】それには色々な要因が有る。
 醜いから 痛いから 寂しいから 恐いから などと、色々理由が有る。
 俺は夜が恐い。だから夜が嫌い。
 人が何かを怖がるのは、それを知らないから。知らない物だから恐いのだ。


 黒峰 灯夜(くろみね とうや)、親がくれたこの名前も、実のところあまり好きではない。
 夜が嫌いな俺に夜の灯火なんておかしい。

 俺は夜という物を知らない。そう、俺は記憶の中に夜というものは無いのだ。つまり、夜を見た事が無い。と、言うよりは、見たくないと言った方が正しいだろうか。
 俺は記憶上、一度も起きながらにして夜を迎えた事がないのだ。夜に目覚めた事も無い。
 だからと言って別段昼間が好きという事でも無いのだが。昼は昼で光を避ける様に日陰ばかりを歩いている。何故かと問われれば、何故かは分からない。なんとなく、光の中に居ると体力が奪われていくような、そんな気がしてならないのだ。
 
 俺がこうなってしまったのは中学の時の事。中学二年の夏休みに話は遡る。

 友達と一日中遊んで疲れた俺は、帰り道にある神社で少し休んでいた。気付くと眠ってしまっていた。辺りは暗くなり、焦った俺は、急いで家に向かって走った。
 
 今思えばあれが、夜というものではないかと思う。

 家に向かい走っていると、衣服は乱れ体のあちこちに傷を負い、血を流している、年齢は40代位で、やせ型の男と出会った。
 男は震える俺に、今にも途切れそうな命を精一杯繋ぎ合わせながら、細々とした声で話しかけてきた。

 「君、名前はなんと言うのかい」

 俺は声を震わせながら言う。

 「黒峰 灯夜です」

 「灯夜君か。良い名前だ」

 男は随分と弱りきった様子で話を続ける。

 「灯夜君、怖がらせてしまって悪かった。灯夜君、君に頼みがあるんだ」

 「なっ..なんでしょうか」

 「私の代わりに皆を助けてくれないか」

 「えっ?! 皆って誰の事ですか?」

 「君が力になってくれるなら、いずれ分かるよ」

 「何の事ですか?! 意味が全くわかりません!! そんな事より病院に行った方がいいです!! このままじゃ..」

 「ありがとう。でも私はもう助からない。分かるんだ」
 
 「でっ...でも...」

 「そんな事より、どうか皆を救って欲しい。お願い出来るかい?」

 「俺に出来る事なら...何でもやります!! 俺は何をすれば...いいんですか?」

 「灯夜君、ありがとう」

 そして男は、『とりあえず』と話を続ける。

 「とりあえず__君の夜を私に貸してくれないか?」
 
 訳が分からない。
 男は、更に続ける。
 
 「それ以外はしばらく何もしなくても大丈夫だろう。当分はもつと思う」

 「夜をくれって...当分はもつって...いったい何の事ですか?!」

 「結界の様な物だよ。君の夜を使って結界を張る。結界は現状維持に過ぎないのだが...後は、時が来たらきっと君は少女と出会うだろう。その子の事を頼む...私の娘だ。灯夜君、宜しく頼む。娘と皆を救ってくれ」

 訳が分からない事を宜しく頼まれてしまった。


 目が覚めたら、さっきの神社に俺は居た。
 辺りはまだ明るく、夕方頃だった。さっきのは夢? だったのだろうか。
 俺は、まだ覚束(おぼつか)ない足を無理やり動かし、帰路(きろ)についた。

 きっと夢...だったのだろう。
 
 俺が異変に気づいたのは、翌日の起床時だった。
 
 寝起きに昨日の事を思い出してしまった。
 昨日の出来事は本当に夢だったのだろうか...もっと詳しく考え直そう。
 そんな事を思い、記憶を呼び起こした時だった。
 ...ん? 昨日の事は思い出した。鮮明に思い出したのだが。何かがおかしい。
 
 昨日より以前の記憶が...無い。

 以前の記憶どころか、それ以降の俺には夜を記憶する事は出来なくなった。

 もう、俺に夜がやって来る事は無くなった。

 それが全ての始まり。

 それがこの物語の、始まりの出来事となったのだ。

黒沢 有貴
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黒沢 有貴

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