17:『宵の明星』
この世界には【夜】が無い。正確には夜が本来有った時間にも今は太陽が煌々(こうこう)と輝きを見せている。それも、二個目の太陽の出現により夜が無くなってしまったと俺は聞いている。
夜だけではない。【色】もまた存在しない。存在しないと言うよりはその数を極端に減らしてしまったと言うべきだろう。本来は、夜が無いなら【色】は消える事なく生き生きと輝くのが普通だろうと思うのだが、なぜかこの世界は【夜】と【色】が無いのだ。一つ目の太陽が沈み二つ目の太陽が新たに顔を出す。
本当の所、夜や色だけではなく、もっと色々なものが無くなってしまっているのかもしれない。
人間達はそれが当たり前の様に暮らしている。俺もまた、それが当たり前。普通の事なのだ。
そもそも夜とか色とか聞いてもいまいちぴんとこない。表すほどの色が無い世界。そんな世界では色を区別する必要も無い。
もとよりこの色の無い世界には【色】という言葉すら存在しない。俺だって美月や己己己己に聞いただけなのだ。
前置きが長くなってしまったが今回俺が言いたい事は【夜】についてである。【夜】俺の知らない夜と言う時間。俺自身が夜そのものだというのだが、その本人が夜の事をほとんど知らない。
自分の事をなにも知らないのだ。
俺が知っている夜の知識は、夜とは太陽が無く暗い世界。そして太陽の代わりに月が輝き、星達が空を賑やかに彩る。といった所だろう。
いくら俺が夜を知らないとは言え、月と星は見た事がある。本や写真とかではなく肉眼でだ。月なら太陽が出ている昼間でも結構見る機会はあるのだが、星は昼間では見る事はかなわない。
ならなぜ、夜を知らない俺が星を見た事があるのかという事だ。
この世界には太陽が二つ有るとは先に言ったが、一つ目の太陽が沈み二つ目の太陽が顔を出すその一時に、少しではあるが空が薄暗くなる。空が薄暗くなるまさにその束の間、空に一つの星が姿を見せるのだ。
所謂(いわゆる)一番星ってやつだ。宵の明星と言ったりもするのだが、そいつの正体は金星なのだとか。それが明朝に現れた場合、これは明けの明星と言ったりもする。
俺は高校一年の時、一度夜を見てみたくて近所の川沿いの土手で寝転がり、空をずっと眺めていた事がある。その時見た星が宵の明星。一番星であるところの金星だったって事である。
一つ目の太陽が沈み空が薄暗くなったと思ったらすぐに二つ目の太陽が顔を出す。だからこの世界で星というのは宵の明星ただ一つで一番星も二番星もないのだけれど。
まぁ俺がその後どうなったかと言うと、言うまでも無いのだがその場で意識を失った。
次に起きた時は朝だった。ベットの上で目が覚めた。夢でも見たのかと思ったが、夢ではなかったようだ。
俺の帰りが遅いと心配した二人の妹が俺を見つけて家まで運んでくれたのだと妹達から聞いた。怒られた。びっくりするぐらい怒られた。『お兄ちゃんが何処に隠れようと私達が見つけるんだから』そんな事も言われた。
別に隠れていたわけでは無いのだが。
正直こんな俺が居なくなった所で妹達は清々するくらいだと、部屋が増えて嬉しいくらいだと思っていたものだから正直嬉しかったというのがこの時の心境だった。
こんな俺でも兄として見ていてくれた事に恐悦至極(きょうえつしごく)は大袈裟にしても欣喜雀躍(きんきじゃくやく)した事は確かだった。
それから俺達兄弟は仲が良い。元から二人の妹は仲が良かったが俺が勝手に嫌われていると勘違いして距離を置いていただけだった。俺のそんな勘違いは、とんだ杞憂(きゆう)だった訳だ。ただの取り越し苦労だったのだ。
己己己己(いえしき)は言っていた。『神に祟られた者が触れた者もまた祟りに遭う』と。二次感染と言うやつだろうか。その二次感染の効力は祟りにあったその日限りだと己己己己は言うが、きっとその二次感染は既に起きてしまっていると考えてほぼ間違いないだろう。
あの妹達が、あのメカ姉妹と言われるほどにセットでペアな二人が触れ合う事無く一日を終えるなんてありえない。
トイレはないにしろ、風呂に入る時、寝る時までも一緒にいる二人だ。きっと志乃花(しのか)の姉であり俺からして上の妹の志乃芽(しのめ)の方もまた、祟りに遭っていると考えて自然だろう。
風邪を引くのも一緒、登校も下校も一緒、寝るのだって風呂に入るのだって一緒、トイレだって家のトイレがもう少し広ければ一緒だったかもしれない。そして神に祟られるのも一緒。それがセットでペアなメカ姉妹、俺の二人の妹達の自然現象とも言えるだろう。
俺を慕ってくれた妹達。俺を救ってくれた妹達。そんな妹達を俺は祟った。なんて恩知らずな兄だろうか。なんて不義理(ふぎり)な神だろうか。なんて忘恩(ぼうおん)な祟り神なのだろうか。自分を祟りたい。不本意だとしても妹達を苦しめた事は揺るがない事実。真実を知ったら妹達は俺を嫌うだろう。呪うだろう。
いっその事、呪ってくれた方がすっきりする。兄弟の縁を切られる事も覚悟しよう。
俺は妹達を人間に戻す事に成功し、何事も無くこの事故である事件が幕を下ろしたとしても事実を妹達に話そうと決めている。それで嫌われようと呪われようと俺はその報いを受ける義務があるのだから。
そろそろ時間だ。
俺は、いつか夜を見ようと寝転がった川沿いにある土手へ向かう。その土手はいつも妹達が学校への近道として通っている道でもあった。今は夏休み期間中ではあるが機械仕掛けともいえる二人の妹達はきっと今日も部活をしに学校へ向かっただろうから此処を通る事はほぼ間違い無い。
その土手にたどり着いた俺はいつか妹達に助けられた時の様に寝転がり二人を待った。
前には気づく事は無かったが草の香り、川の音、色こそ無いがこうしてみると自然とは本当に美しい。風光明媚(ふうこうめいび)である。色が有った頃はさぞ美しかっただろう。
そんな風に柄にも無く自然の美しさに見とれていると二人の妹が川を隔てた反対側の土手を歩いている姿が目に入った。
ん?
なんでだよ!!いつもならこっち側の土手を歩いている筈なのに。と目を凝らして二人を見る。
なんか様子がおかしい。なめくじに塩というか、青菜に塩というのか兎に角二人は落ち込んでいる様に俺には伺えた。きっとそうだろう。そうなのだろう。二人は祟りに遭い、神隠しに遭い。姿が消えた事を気に病んでいるのであろう。
こうしてはいられない。回り道をして橋を渡るほどの時間が無い。俺は流れの早い川を突っ切った。
川底の石、早い川の流れが俺を妹達の所に行く事を遮っている様だった。
確かに俺は最低な兄だ。祟り神だ。でもその償いだけはさせてくれ。最後になるだろう兄としての恩知らずを許してくれ。
俺はたどり着いた。やっとの思いで二人の、メカ姉妹と呼ばれるセットでペアの可愛い妹達の前にたどり着いた。
「「お兄ちゃん....」」
震えていた。いつも元気溌剌(げんきはつらつ)な二人の妹からは聞いた事の無い様な細い声。まるで小鳥が鳴いている様なそんな声だった。
そんな事を言った後の二人の妹は泣いた。小鳥が鳴くのではなく、人として泣いた。大声で泣いた。崩れた。
俺の事が見えるという事は二人は既に祟りに遭ったのだ。
「ごめんな 全部俺が悪い 最後まで恩知らずな兄ちゃんで悪かった」
俺は話した。事故である事件の全てを。
勿論、揉んだとかそんな事は省略したが、全て話した。
二人はただただ頷く。ボロボロとこぼれ落ちる泪が二人の黒と白の頬を伝い地を濡らす。
もう時間が無い。俺は座り込む二人の間に入る様にして二人を抱きしめた後、二人を地面に押し倒した。
「「えっ...」」
「ごねんな 最後まで恩知らずな兄ちゃんで 好きなだけ嫌ってくれ 呪ってくれ」
妹達は泣きながらも戸惑い俺を両側から見つめてくる。俺は最後に二人の顔を見る事無く言った。二人の顔を見てしまうとこっちまで泪が溢れ出そうになる。
「さようなら 兄ちゃんからの最後のお願いだ 空を見ろ」
そう言って二人から離れた。そして夜の時間の到来と共に俺は意識を失い土手を転げ川に落ちた。
冷たい。これが俺への罰なんだ。祟りなんだ。神が死ぬのか分からないがこれで死んでもしょうがないよな。
薄暗い空に一番星。
空には宵の明星が輝いていた。
取られたら取り返す。
俺に触られた妹を触り返すという方法で人に戻す。ただ触れただけでは人に戻りは祟られを繰り返す。だが【夜】そのものである俺の【夜】に触る。つまり夜に携わる。関わるという事で俺に触れさせた。宵の明星を見る事で。
星とは本来、夜に見えるもの。その星を見る事で俺に直接触れる事無く俺に触れたのだ。
これでよかったのだ。
コケコッコーーー!!
再び俺は神として朝らしい朝を迎えた。
ん?
待てよ。俺は昨日川に落ちて...
「馬鹿兄いちゃん!!」「祟り神兄ちゃん!!」「バ神様兄ちゃん様このやろー!!」「朝だぞー!!」
俺の考えを遮ったのは妹達のそんな声だった。敬(うやま)っているのか馬鹿にしているのかと悩む様なそんな物言いだった。
体を起こすとそこは己己己己が日曜大工感覚で建てた蔵。もとい、神室だった。
なんで此処に妹が?しかも二人セットで、ペアで居るのだ。
「灯夜殿 朝食の支度が整いましたよ 食事にしましょう」
「灯夜ー私もレタス手伝ったんだよー」
そこには台所に立つ 成績優秀 容姿端麗の景と小動物こと美月の姿があった。
もう何がなんだか分からない。いったいどういう事なんだよ。何が起きたんだよ。
では次回予告。
「灯夜の身に何が起きたんでしょうねー私は寝てたから分かりませんが」
「私も灯夜殿の身に何が起きたのか気になる」
「ここは私達にお任せあれ 兄ちゃんの身に何が起きたのかというと」
「何が起きたのかというとー」
「それは俺も知りたい事だがお前たちが話すと話がややこしくなるから止めろ!!次回は語り手として俺が自分で話す事にするよ」