短編「悪魔のふりをした天使」
悪魔のふりをした天使
ある、大昔の話。天界から、天国の使者「天使」と地獄の使者「悪魔」が舞い降りた。
天使と悪魔は、それぞれ目的を持っていた。
--天使は「人々にいたずらをし、人間たちを困らせること」
--悪魔は「人々に善い行いをし、感謝されること」
つまり、天使は悪魔のふりをし、悪魔は天使のふりをしなければいけなかった。
これは、それぞれいつもとは逆の行いをし、改めて自分たちのしてきた行いを尊ぶ為、神様が言い渡した指令であった。
そして天使と悪魔は、それぞれ人間の姿に身を包んだ。
天使は青年に。
悪魔は年頃の少女に。
二人は目的を果たしていき、やがて、天使は人々に嫌われ、悪魔は人々に感謝されるようになった。
そんなある日、村で火事が起きた。と言っても、それはすぐに発見され、ボヤ程度の騒動で済んだ。
これは誰が火をつけたわけでも無く、自然についた火だったのだが、村人は「あの青年の仕業だ!」と口々に揃えた。
数日後、ある満月の夜、悪魔は天使を呼び出し、久しぶりに顔を合わせた。
「よう、調子はどうだ?」
「うん、ぼちぼちだよ」
「そうか……それは何よりだが、俺はそろそろ限界近いぜ。人の笑顔を見る度に胸クソ悪くなる。いい加減、人間の困り果てた顔でも拝みたいもんだぜ」
悪魔がそう言うと、天使は無理に笑顔を作ってみせ、こう言った。
「君が羨ましいよ」
「何故だ?」
「君は、僕が生き甲斐としている、人々の笑顔を見て生活しているんだから……」
すると悪魔は「ニシシシ」と笑って答えた。
「俺はその逆だから、お互い様だぜ」
そして悪魔は「あっ」と思い付いたような表情を浮かべると、こう続けた。
「なあ、一日だけ入れ替わってくれないか? そうしてくれよ。頼む!」
天使は、神様に知られたらまずいと思い断ったが、悪魔があまりにしつこかったので、一日だけ入れ替わる事にした。
次の日――
青年に扮した悪魔は、好き放題いたずらを働いた。
そして教会へ忍び込んだ時、どっと押し掛けた村人たちにより取り押さえられた。
「――うっ! くそっ!」
「コラッ! もうこれ以上の悪さは許さんぞ!」
「この前の放火もお前の仕業だろ!」
村人たちは、青年が悪魔とは知らず、口々に彼を罵った。
尚も抵抗する悪魔。
「離せ! クソッ!」
そしてそのまま連れて行かれ、小さな地下収容場に入れられた。
悪魔は諦め壁にもたれかかり、ふて腐れていると、少女の姿に身を包んだ天使が、周りを気にする様にやって来た。
「捕らえられたって、本当だったんだ……。ごめんね、僕がイタズラばかりしていたから……」
すると悪魔は、壁に背中を付けたまま口を開いた。
「……仕方ないだろ。まぁ、反省したふりでもしてりゃ、すぐに出してもらえるだろうよ」
すると天使は焦った感じでこう言った。
「え! 聞かされてないの!?」
「ん? 何を」
「捕らえた青年を火刑に処すって、村中大騒ぎだよ!」
「――!」
悪魔は檻にしがみついた。
「マ、マジかよ!? ヤバいって! 火は……まずいぜ……」
「火は……僕らの魂でさえ消滅させてしまうからね……。どうしよう……。それじゃあ、今入れ替わろうよ」
天使は提案したが、悪魔は首を横に振った。
「駄目だ……。村人に抵抗するので力を使い切っちまった……。入れ替わるのに必要なだけの力はもう残ってない」
悪魔は檻に手を掛けたまま、うなだれた。
そして「まぁ、俺のわがままだったし……。自分の責任だよな」と、顔を伏せたまま続けた。
それから数時間後、悪魔は村の広場へ連れて行かれた。
広場には、円を囲むように村中の人々が集まっていた。広場の真ん中には杭が刺されており、そこに幾数の薪が積まれている。
「こりゃマジだぜ……。火か……熱いって、どんな感覚なんだろうな……フフフ」
悪魔は虚ろな目で、ニヤッと微笑んだ。
そして村人は、青年を杭へ縛りつけると神父を側へ呼んだ。呼ばれた神父は、ぶ厚い本を広げ、青年に慈悲を下した。
そして、火の灯ったたいまつを薪へ近づけると、途端に火は薪へと燃え移り、あっと言う間に青年を包んだ。
――あぁ……「熱い」ぜ。なるほどな、こりゃあ、人間も悶絶するわけだぜ。クククク……――
悪魔は焼かれ、物凄い勢いで煙が天へと昇っていった。
天使は「ごめんね、ごめんね」と何度も繰り返した。
そして、煙の昇る先に目をやった。
「――あ」
そこには光が溜まっており、それは燃え盛る業火の中へと、一直線に伸びていた。
そしてその光の中を、黒く大きな翼を持った悪魔が、数人の天使により、天へと導かれて行った。
それを見た天使は「まさか……悪魔の彼に、天使の迎えが来るなんて……」と、驚いたが、少しだけホッと胸を撫で下ろした。
その時、天使は声を掛けられた。
「おい、お前さん、この前は大丈夫だったかい?」
振り返ると、そこには顎髭をたくわえた、しわくちゃの老人がいた。
「――?」
天使はポカンとした表情で「何がですか」と聞き返すと、老人は話し始めた。
「忘れたのか? ほら、この前の満月の日、ワシがあの青年の火刑決定の話をした時の事だよ。火刑執行が今日だと知った途端、お前さん血相変えてどっか行っちまったろ。気分でも悪かったのか?」
「――!」
天使は愕然として、その場に泣き崩れた。
そして、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。
――ありがとう。君はきっと、悪魔のふりをした天使だったんだね--
fin