未来のワタシへ
「あー飲んだー。ちょっと飲み過ぎちゃったかなこりゃ」
プチ同窓会から帰ると、私はベッドに倒れ込んで、美宇ちゃんと皆が写っている、例の写真を眺めた。
この写真の皆の笑顔を見ていると、「これを私たちが見るんだよね」とか何とか言いながら撮ったんだろうなと、今から楽しみでニヤニヤしてしまう。
--美宇ちゃん。色々とありがとう。今度は、私の番だね。
……それにしても、この頃の私って、一体いくつなんだろう。--
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懐かしの母校に集まった、真治、達也、久美、今日子、そして私、新米教師の海野麻耶の五人は、高校の頃の同級生だ。
今日は、卒業式の日に埋めたタイムカプセルを、五年振りに掘り起こそうと集まっていた。プチ同窓会と言うわけだ。
「俺、手紙に何て書いたっけなー」
真治は、持っている携帯を幾度もパカパカさせながら、ちょっと楽しそうに口を開いた。
彼は一度スマホにしていたのだが、どうも性に合わなかったらしく、またガラケーに戻してしまったクチだ。
新しい物にはすぐに食いつくミーハーなところが昔からあったが、それ故失敗しやすいのもまた事実。
「あはは! あんたはどうせ、しょーも無い事書いてるわよ!」
私が茶化すと、真治は少しムッとした表情をし、「っるせぇーな。お前だってしょーも無い事書いてるに決まってるよ」と私の肩をグーパンチしてきた。
「おいおい、仲が良いのはわかったから。少し落ち着いてくれ」
私と真治のやり取りにしびれを切らしたのか、高1の頃からなかなか口の重い久美が珍しく喋った。
久美は今一つ苦手なところがある。いつも冷静に物事を見据え、口を開くと的を得た回答をする。 俗に言う「切れ者」だ。 全てにおいて私とは逆の人間の様に感じる。
すると、それに乗じてお喋り好きの今日子が割って入ってきた。
「お二人さんは相変わらずだね。それにしても、美宇ちゃん遅いね」
彼女は私の一番のお喋り相手だ。久美も仲は良いが、お喋りするとなれば今日子とばかりだった。
「そうだな。普通なら、アイツが一番に来なきゃいけないのに」
今度は達也。達也はメガネをかけており、いかにも優等生という感じだ。久美とは馬が合っていたのか、クラス討議会なんかをする時は、決まって二人が司会をしていた。
この二人のコンビを見ると、前にやった「タイムマシンがあるならいつの時代に行きたいか?」という美宇ちゃん提案の、あの最悪の討議会を決まって思い出す。
私は過去の自分に会いに行って、これからどう人生を歩むべきか、進路を自分に教えてあげたい。
と、意見を述べると、司会の二人に「自分に会うとタイムパラドックスが起きる」と即否定されてしまったあの討議会だ。
クラスの皆にも笑われてしまった“あの屈辱”たるや時をも越える。
笑われた瞬間「いつか、そのタイムパラドックスとやらが起きない事を証明してやる!」と心に誓ったものの、今ではすっかり熱が冷めてしまっている。
私と違って、二人はきっと人に笑われるような人生は歩まないタイプだろう。
「まあ、遅刻する事もあるよ。なんせ美宇ちゃんは私に似てるんだから。でしょ?」
で、最後に美宇ちゃん、山之美宇。三年間、私たちの担任を持った先生の事だ。
はっきりと年齢を聞いた事は無いが、四十を超えていたのに私とすごく似ていた。
……らしい。
そんな美宇ちゃんは、時刻の七時になっても、三十分を過ぎても現れず、とうとう時計の針は八時を指した。そして、真治がしびれを切らした様に口を開いた。
「ったく、電話したけど連絡つかないぜ。タイムカプセルもう開けちまおうぜ、じゃないとこの後の飲み屋にも迷惑だ」
「うん。幹事の久美にも悪いからな。それに、美宇ちゃんだって子供じゃないんだ。飲み屋の場所だって教えてるわけだし、もう進行させても問題無いと思うが」
真治のイライラした態度とは打って変わって、達也はゆっくりとメガネを外して、それを拭きながら答えた。
「それじゃあ、もう開けちゃおっか。……早く飲みにも行きたいし。えへへ」
相変わらず、今日子はムードメーカーと言うかなんと言うか。彼女の、こういう「本音を隠しきれない性格」は可愛げがあって好きだ。
結局美宇ちゃんを待たずに、私たちは校庭のはじに埋めた、クッキーの折詰めの缶を掘り起こした。缶を開けると、すぐに懐かしむ声が上がり、それぞれに埋めた『未来のワタシへ』というタイトルの手紙を見せ合いっこした。
……そして。
「おい、これ見ろよ」
「これ、美宇ちゃんからの手紙みたい。……みんなへ、だって。読んでみようか」
手紙には、こう書かれてあった。
―― 皆、元気?
一時間も待たせてゴメンね。残念ながら同窓会には参加出来ないけど、タイムカプセルを掘り起こす時や、その後の飲み屋での楽しい一時も手に取るように分かるから、ちっとも寂しくないよ。
なんて、本当は参加したかったけど。でも二度も出席するのはズルイからね。
じゃあ、またどこかで会いましょう。バイバイ。未来の「ワタシ」より。
PS:ヒントは名前。――と。
「何だこれ? 二度も出席……? しかも、一時間も待たせてって、どうして分かってたんだ? これ五年前に書いたやつだぞ」
真治は腕組みをして、尚も携帯をパカパカさせながら言った。
「うん。しかもこの、未来の「ワタシ」より、ってどういう事だろう? 久美、何か分かるか?」
「さあな、私にもサッパリだ」
「んー。……あれ、封筒にまだ何か入ってる。……あ、コレ、写真だ」
封筒の中を覗くと写真が入っており、その写真には五人の男女が写っていた。一人は美宇ちゃんだ。そしてその周りで満面の笑みを浮かべている、美宇ちゃんと同じ年くらいの人たちは……。
「うぇ!? これって、俺たちじゃん?」
達也は突然、キャラにもないトーンでセリフを吐いた。
「ほ、本当だ! すごく年取ってるけど、私たちだ」
今日子も驚いている。いつもならおどけて見せるところだが、それも忘れてしまうくらいに。
その場にいる皆が驚いていた。私も含め。
ただ一人を除いて。
久美だ。
久美は、その写真を見ながら冷静に口を開いた。
「この美宇ちゃん以外の四人が私たち。という事は、麻耶、アンタ」
「--あ!」
そこまで言われ、頭の中で私の名前と美宇ちゃんの名前が交差した。そして初めて気付いた。
『ヒントは名前』……か。
「山之美宇」って。もっといい名前は無かったのだろうか。子供っぽい演出をしていた『自分』に、ちょっとだけ可笑しくなった。
道理で、私と美宇ちゃん似てるって言われるわけだ。
もしかしたら、もっと早くに気づいて欲しかったのかもしれない。
だから--
「ヤマノミウ」
なんて名前にしていたのかも。
「ウミノマヤ」
それが、私の名前!
終わり