風に翻弄され波にからかわれていた船が、
ようやく帆船らしく風を受け、波を走るように進みだした。照りつける太陽の下、とめどなく流れていた汗がピタリと止まる。
海賊たちの船はすぐ目の前だ。
「友を返せ!」
リオはありったけの声で叫んだ。足がガクガク震え、歯はガチガチと音を立てている。
甲板で武器の手入れをしていた男が一瞥してそっぽを向いた。取り合う気はないらしい。
「無視するな!この弱虫!ちゃんと話を聞け!すっとこどっこい!」
声が裏返る。でも、ひるんじゃダメだ。
「震えながら吠えてやがる」
船室からゾロゾロと男たちが笑いながら出てきた。一番後ろで腕組みしている大男が船長だ。昨夜自分たちの島を襲った首謀者。
船長の命令で縄梯子が下ろされる。
リオはおっかなびっくり無様によじ登った。
「へっぴり腰!」
野次が飛んで下品な笑い声が起きる。リオは下唇を噛んだ。
「何をヒーロー気取ってんだ。弱いくせに」
上りきって両足をついた途端、男が一人走り寄ってきた。
バキッ
頬を思い切り殴られて、口の端から血が垂れた。歯が折れたのかもしれない。
「俺たちが誰かわかってるんだろ?」
「わかってるさ。最悪最低な卑怯者だ」
リオは血を拭いながら精一杯に牙をむいた。
「よーくわかってるじゃねえか。俺たちは無法者だ。ガキ相手でも容赦はしねえ」
ドカッ
鳩尾に鈍い痛みが走り、リオは膝をついた。目の前が白くぼやけていく。
すかさず背後に回った男に羽交い絞めにされ、リオは無理矢理上を向かされた。
黙って見ていた船長が口を開く。
「オマエの友って言うのは、コイツか」
髪を鷲掴みにされ、マルが床に押し倒された。その背中に船長が足を置く。
「マル!」
リオは血の混じった唾液を飛ばしながら、友の名を力いっぱい呼んだ。
「リオ…」
マルの声は掠れて弱弱しい。
「コイツは、自分から何でもするからと船に乗ることを望んだんだぞ」
「ちがう!妹が連れて行かれるとわかったから、マルは身代わりになったんだ!それはあんた達が一番わかってるだろ!」
リオは力を振り絞って腕を振りほどいた。
「けっ。身代わりなんて反吐が出る。オマエもコイツの代わりに死にに来たのか。丸腰で来るなんてよほど頭が弱いらしいな」
船長が薄ら笑いを浮かべながら短剣を放り投げてきた。
リオは足元に転がる短剣を拾い上げた。鋭い刃先に全身が粟立つ。刃物を人に向けたことなどない。でも、躊躇している暇はない。
「あああああっ」
情けない掛け声を発しながら、リオは船長めがけて短剣を振り下ろした。
船長はわざとスレスレのところでよけて、力の差をまざまざと見せつける。
「チクショウ!」
やけになって何度振り回しても、ちっとも当たらない。
「弱いくせに粋がってるんじゃねえ。力のないやつは、他人どころか自分すら守れない」
シュッ
風を切る音に思わずギュッと目をつぶった。
ブシュッ
血飛沫の飛び散る音に、拳を握りしめて眉間にしわを寄せる。同時に、何かが自分に覆い被さってきた。
「?」
リオが慌てて目を開けると、自分を抱え込むようにマルが倒れ掛かってきた。その背中につけられた傷からは、血が流れ続けている。
「マル!」
ズルズル崩れ落ちたマルの周りに、血溜まりが広がっていく。
「うっうわああああっ」
リオは狂ったように泣き叫びながら、懐からオモチャの銃を取り出して船長に向けた。
「そんなもんで、どうしようってんだ」
船長はリオの肩から胸にかけて、抉るように斬り付けた。
マルと折り重なり合うように倒れ込む。
「おい、早くコイツら手当してやれ」
船長命令に男たちがきょとんと立ち尽くす。
「早くしろ!止血して元の島に捨てて来い」
「はっはい」
二人は応急手当てを受け、気絶したまま島へと戻された。
「ったく、あんな弱っちいガキに情け掛けるなんて、俺もヤキが回ったなあ」
船長はグイと酒をあおって嘲笑した。
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