殺し屋
貸し切りにされたバー。
店内には、バーテンダーと女。
「では、その段取りで、来週土曜日の夜、場所はここでお願いします」
バーテンダーが、不安そうな表情でそう言うと、女は答えた。
「承りました。来週土曜日の夜、場所はここでですね」
「はい。あ、あの……」
「大丈夫ですよ。確実に殺してみせます。では」
どこにでも居そうな風貌の女は、出された酒をクイッと飲み干すと、バーテンダーを一人残して店を出た。
バーテンダーは腕時計で現在の時刻を確認し、ピッとボタンを押した。
そしてドアにかけられたボードを「OPEN」にした。
女はその世界でも名の知れた殺し屋で、仕事は只の一度も失敗したことがなかった。
バーテンダーは借金に溺れており、それをチャラにするために奥さんには死んでもらい、保険金を貰おうと企んでいた。
その為、殺し屋である彼女に依頼したというわけだ。
段取りはシンプルなもので、貸し切りのバーで、バーテンダーの奥さんに毒入りの酒を飲ませる。と言うものだ。
毒に使用する物は、殺し屋の旦那が開発した物で、医療用の物に手を加え、体内に入り心臓を止めると次第に毒素が中和され、2時間も経つと検出されなくなる。という物だ。
一週間後
土曜日 午後11時
貸し切りのバーには、バーテンダーと、奥さんの二人だけ。
別れ話の設定で、話しを進めている。
そしてカウンターの酒棚の裏手に、殺し屋の女が潜んでいる。
女は現場に立ち会う主義では無いのだが、バーテンダーに「不安だから店に居てくれ」とせがまれたのだ。
しばらく時間が経ち、バーテンダーが裏手に回ってきた。
女はグラスに薬を入れ、バーテンダーに差し出した。
「これを……飲ませればいいんだな?」
バーテンダーは再度確認した。
女は無言で頷く。
と、その時、静かなバーに奥さんの声が響いた。
「あなた! そこに誰かいるの!?」
「――!」
女は予想外の出来事に戸惑った。が、頭の回転が早く、すぐに対応した。
「一緒に出ましょう。私は、アナタの浮気相手です。いいですね」
バーテンダーは不安な顔で頷いた。
「こんばんは」
女は動揺した様子を微塵も見せず、堂々とカウンターへ出た。
「あなた……誰よ?」
奥さんは、凄い形相で睨みつけた。
「実は俺たち、付き合ってるんだ……」
バーテンダーが言うと、奥さんは女に言った。
「あなたも幸せ者ね。こんな、しがないバーの店主と浮気なんて。フフフ」
そして、バーテンダーの出した酒を一気に飲み干した。もちろん薬入りのだ。
……
…………
一向に奥さんは苦しまない。
「!?」
――おかしい。女は思った。この薬は即効性があるのだ。飲むと、すぐに心臓がマヒし死ぬはずなのだ。
次の瞬間、バーテンダーの腕時計のアラームが鳴った。
――ピピピピ、ピピピピ
そしてバーテンダーは言った。
「どうもありがとうございました。殺し屋さん。もう演技は結構です」
「!?」
女は何が何やら全く理解出来ない。
そして奥さんも口を開いた。
「あなたの浮気相手の演技、まぁまぁだったわよ」
「え!?」
――!
ドクンッ!!
瞬間、女は胸が強烈に締め付けられる感覚に陥り、その場に倒れこんだ。
「うぅ……これは……。……」
そして、ものの数秒で息絶えた。
――カランカラン
それと同時に、バーに一人男性が入って来て尋ねた。
「どうでしたか?」
バーテンダーは男性に向かって答えた。
「簡単でしたよ。それにしてもアナタの作った薬は素晴らしい。服用して、キッチリ一週間でその効力を発揮するとは」
「日にちの調整ならいくらでも出来ますよ」
すると奥さんが割って入った。
「解毒剤まで作って頂いてぬかりないですわね。それにしても、こんなお綺麗な奥さんを……本当によろしかったんですか?」
「えぇ、今後の薬の研究に資金が必要なので助かりました。保険金が入り次第、代金はお支払します。最高の殺し屋ですよ。お二人は」
END