ミナモノシズク
2024年 12月26日
崩野(くずしの)研究所 事故現場
瓦礫の散り散りになった空き地。
幾人もの作業員らしき人物と重機が瓦礫の撤去作業を行っている。
「山瀬! どうだ? 息吹はいるか!」
「いえ。あの大爆発じゃあ……絶望的ですね。
それにしてもおかしいんですよ。あの腕時計がどこにも見当たらないなんて。今回の時空移動の約10倍の重圧に耐えられるモノだったんですよ。
……。
……息吹さん、もしかして。
……。
もしそうだとしたら、未来へ送って正解だった」
ーーミナモノシズクーー
2024年12月24日 崩野家自宅
「良い子だから言うこときいて萌波」
「やだやだやだ! 今日はもなみのお誕生日なんだもん! 一緒にお祝いするって約束したのにー!」
この日は、息吹の娘である萌波の8才の誕生日。先日まで一緒にお祝いするから、と約束していたのだが、急遽仕事が入り休めなくなってしまったのだ。
「分かった分かった、じゃあこうしよう。お母さんが帰ってきたら、一緒に遊園地行こう。ね」
息吹の言葉に、萌波はグスンと鼻を鳴らせて頷いた。
「約束だからね!」
「うん、約束! じゃあ、行って来るから。良い子にして待ってるのよ」
そう言って萌波の頭をポンポンと撫でると家を後にした。
ーーーーーーーーーーーーーー
同日 崩野研究所
「いやー、本当にすいませんね崩野さん。休みまで返上してもらって。今日は萌波ちゃんの誕生日だったんじゃないですか?」
「いいのよ、ようやく完成なんだから。山瀬君も休み返上で頑張ってくれた日だってあるからね。
それにしても本当に出来ちゃうなんてね。一体誰が想像したかしら」
コンピューターがいくつも並ぶ広い実験室。室内には崩野息吹と、その助手の山瀬誠の2人。中央のガラス張りの部屋に“その装置”がある。
「そうですね。たかだか10年そこらで出来ちゃったんですからね。タイムマシン。何だかマンガや小説の話みたいですね」
「ははは! 本当にマンガや小説だったりして」
「あはは! やめて下さいよ」
息吹は笑いながら手に持っていた資料をドサッと机に置くと、こう続けた。
「さあ! いよいよね! この実験をパス出来たら世界初のタイムマシンとなるわよ。散々バカにしてきたあのオッサン達を見返してやるんだから」
「そうですね。今まで数多の科学者が挫折してきた開発ですからね! 崩野さんが水面の滴計画を発表してからは今までパス出来なかった実験も嘘のようにパスしてきましたし。
よく思い付きましたね。僕には到底思い浮かばない計画ですよ」
ーー水面の滴計画、空間に数多くの小さな衝撃波の波紋をタイミングよくぶつけ合い、それにより生まれた大きな衝撃でタイムマシンを飛ばす計画。
萌波と、名前を逆から読む遊びをしている時に思い付いた。と、言うことは今のところ誰にも言っていない。ーー
山瀬はそう言いながら各コンピューターに電源を入れていくと、実験室に装置とコンピューターの作動音が響いた。
息吹は専用の服に着替えると、帰還時に使う腕時計型のタイムマシンをつけた。
「いいですか息吹さん、この腕時計は絶対に外さないで下さいね。もし外しでもしたら作動が止まって、二度と戻ってこられなくなりますから。まあ、外す鍵はこの施設にありますから、意図的に外すことは出来ませんがね」
「もちろん分かってるわよ。ところで、何年に飛ぼうかしら?」
「別に何年でもいいんじゃないですか? どうせ試運転だから5分程度しか向こうにはいられないですし」
「でもせっかくのタイムスリップだしねー」と息吹は拳を顎に当てて考える仕草を取ると、室内を歩き回り「あーでもない、こうでもない」と真剣に悩み始めた。
しばらくすると山瀬が見かねて「未来の萌波ちゃんにでも会ってきたらどうですか?」と勧めてきたので二つ返事でOKした。
萌波の17才である9年後の2033年12月24日へ。
息吹はタイムマシンに座ると固定ベルトを締め、山瀬に最終チェックを頼んだ。
「えー、腕時計のタイムリミットは5分です。5分経つと強制帰還しますのでそのつもりでお願いします」
「了解」
「それからくれぐれも未来の自分とは接触しないで下さいね」
「あ、ねえ」
「はい?」
「そこが前から疑問だったんだけど、どうして未来の自分と接触したらいけないの?」
ぶしつけな質問に、山瀬は「……え?」と固まってしまった。が、息吹は続けた。
「まあ確かに、過去へ行くなら自分に会ってはいけないのは分かるわ。もし今から過去へ行って自分に会うとすれば、それはもう私が未来の私に1度会ってる事になるからタイムパラドックスが起きる。過去は変えられない。
でもでも、私今から未来に行くのに自分に会っちゃいけないってのはどういう原理なの? 会っちゃったらどうなるの? ねえねえ」
そこまで息吹が一気にまくし立てると、山瀬は目を細め静かに「じゃ、行きまーす」とつぶやきスイッチを入れた。
「あ、ちょっと! まだ言いたいことあったんだけど! 未来でタイムマシンがーー」
轟音が実験室内に響きわたり息吹の声をかき消すと、直ちに室内を眩い光が包んだ。
ガラスはガタガタ揺れ、机の上の書類はバサバサと落ちてしまった。山瀬は今までに経験したことのない程の揺れに、机にしがみつき必死に耐えていた。
そして光が一瞬のうちにタイムマシンへ吸い込まれると同時に「未来でタイムマシンが流通してるなら、何で今まで誰も未来人に会った事ないのかしらー!」という息吹の声も吸い込まれていった。
その後数十秒揺れだけが続くと、やがて揺れはおさまり、山瀬はパタンと椅子に座りこんだ。
「……ふう、これは改善の余地ありだな」
ーー2033年 12月24日ーー
「ーーっ!」
息吹は頭の尋常じゃない痛みと、太陽のオレンジ色の眩しさに目を覚ました。
片手で頭を支えながら立ち上がると、表情を歪ませながら周りを見渡す。
空き地だ。
現代にある風景ではなかったが、そこが何処なのか立ててあった看板ですぐに分かった。
「……崩野研究所……跡地」
「ちょっと、たった9年で空き地になっちゃってるなんて……一体何があったのよ」
しばらくその場でボーッと空き地を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「あ、あの……」
息吹が振り返ると、そこには近所の高校の制服に身を包んだ女の子が立っていた。西日に照らされて、色の映えた紺色が際立って映る。
女の子は走ってきたのか、肩で息をしていた。
「あ、あの、お母さん!?」
「え? あなた、もしかして萌波?」
制服の少女はコクリと頷いた。そして口を開いた。
「突然で悪いんだけど、時間がないの! お母さんは今、タイムマシンの実験で2024年から来ているのよね。私はお母さんが今日ここに来るのを知っていた。ちょうど1年前の今日、山瀬さんに聞いたの。そこで会えるかもしれないが、それがお母さんと喋れるのが最後になるかもしれない、あとは君次第だ。って」
息吹が「最後って?」と訪ねると、萌波は涙を浮かべて、こう続けた。
「お母さんは、今日、つまり2024年12月24日、この実験で死んじゃうの。その、今付けてる腕時計の跡形も無くなるほどの大爆発だったんだって」
「ーーこの時計が!? この時計は時空移動の何倍もの重圧に耐えられる作りなのよ!」
「そ、そんな事言われても。……お母さんを送り出したすぐ後に、装置が異常を起こして大爆発が起きたって。山瀬さんはかろうじてシェルターに避難出来たみたいだけど、お母さんは……」
息吹は状況が飲み込むことが出来なかったが、先ほどの看板が脳裏によぎった。
「研究所も、吹き飛んでしまった……って事?」
ーーピピピ、ピピピ
その時、腕時計のアラームが鳴った。
時計を見ると、残り1分30秒を示していた。
「あ、えと、えと、どうしよう!」
息吹がパニックになっていると、萌波は両腕にしがみついて叫んだ。
「お母さん! 私ずっと一人だったの! どうしても今日お母さんを無事に帰さなきゃ! 過去を変えなきゃ! その為に私ここに来たの!」
息吹はそれを聞いて愕然とした。
ーーこれで全て終わり。何もかもが終わる。ここにいる萌波がずっと一人だったという事は、私は無事には帰れないという事。私がここで帰れるならば、萌波は今まで一人ではなかったはず。
過去は決して変えることは出来ないーー
その時、時計から光が溢れてきた。
時計の示すデジタルの数字は40。残り40秒だ。
「お母さん! 嫌だ! どうしたらいいの!」
どうしていいか分からず息吹の時計をがむしゃらに外そうとする萌波。
「こんな時計外してやる! か、かたい! どうなってんの!」
「ーー!?」
息吹は萌波の言葉を聞いてハッとした。
「そうよ! 外すのよ! 時計が跡形もなくなってたって、そう言うことだったのね! 過去は変えられないけど、私たちは未来を変えることは出来るわ! 外すのよ、この時計を!」
二人で必死に時計を外す。壁に打ちつけたり地面に叩きつけたり。
が、外れることもなく時間が過ぎていく。
「私が外す! 絶対!」
萌波は大きな石を持ってきた。目からは大粒の涙がポロポロとこぼれているが、しっかりと何かを見据える表情をしていた。
「萌波! 叩くのよ! 奇跡よ起きて!」
刻一刻と迫る時間。
そして……
ーー3
ーー2
ーー1
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2024年 12月26日
崩野研究所 事故現場
瓦礫の散り散りになった空き地。
幾人もの作業員らしき人物と重機が瓦礫の撤去作業を行っている。
「山瀬! どうだ? 息吹はいるか!」
「いえ。あの大爆発じゃあ……絶望的ですね。
それにしてもおかしいんですよ。あの腕時計がどこにも見当たらないなんて。今回の時空移動の約10倍の重圧に耐えられるモノだったんですよ。
あの時計が消し飛ぶくらいだったら、もうとっくに日本なんてなくなってますよ」
……。
……息吹さん、もしかして。
時計、外しちゃったんじゃ?
もしそうだとしたら、未来へ送って正解だった。
あの時計が外れるわけはないし、何をどうしたのかは分からないが、萌波ちゃんが大きくなったら一応伝えておこう。
あとは、萌波ちゃん次第。
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2033年 某月某日
「萌波ー! 支度出来たー?」
ーー空の高い、ある日曜日。
「化粧が難しいー!」
ーーとあるタイムトラベラーの話。
「あんたまだ高校生でしょ! 化粧なんて早いわよ! 早くしないと遊園地混み合うわよー!」
ーーどこにでもある日常の風景。
「おっけー! 今行くー! 今日は私の8才の誕生日だなんだからね!」
ーー玄関には二人の写真とレンギョウの花。
「はいはい、大きな8才だこと」
ーーと、真っ二つに割れた腕時計。
「それじゃあ遊園地に、レッツ!」
「ゴー!」
ーー空の高い、ある日曜日のお話。
fin