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僕は家を捨てた。

今日からしばらくの間はひとりで生きると決意した。



僕の家には羊がいる。
やたらと人の部屋をのぞいては、とっちらかしてまた別の部屋に行ってしまう。
母さんにいってみても放っておきなさいというばっかりだし、
父さんにいってみてもお前が弱いからだと叱りはじめる有様だ。
兄さん姉さんは僕も羊も、いるもいないも関係ないことになっている。

僕の家には羊がいる。
それは中学2年生の冬からうろついている。
僕だって驚いたけれども羊のほうもまさか僕に見られているとは思ってもみなかったようだ。
さすがに友達にはなれなかった。
僕は頭がおかしくなったかと思って相当悩んだけれども、羊のことを除いたらすべてが幸せそのものだった。

僕の家には羊がいる。
やはりおかしい。変だと気づくのは、たいてい手遅れになってからだ。
いったい何を食べているのか、羊はずいぶんと大きく太り、獰猛になってきた。
僕はそいつとコンタクトをとろうと思うけれども、そういったことはもう無理みたいだ。
高校3年の春、僕は何とかならないかと非常に悩んだ。
幸い美しい年上の女性が僕の前に現れて、救ってくれると約束してくれた。

僕の家には羊がいる。



次の春が来る前に僕は家を捨てた。

だあれもなんにも言わなかった。
これは僕だけの戦いだった。
一生における、いわゆるこの時期だけの、なんともドラマの無い戦いだ。
ミステリアスであればもっとよかった。
ただ『家というものは捨て去るためにあるのだ』と気づくためのプロセスを沿っているに過ぎなかった。

これからどれほどつらいことが待っているのか知れない。
孤独はいつまで続くか知れない。
しかし孤独は愛することができる。
それは僕が僕である証だ。


美しい年上の女性はやがてまたあの獰猛な羊になるだろう。
ただ、それはまた僕が家なんてものを欲しくなってしまった時のその、ずっと先のこと。


僕は家を捨てた。
そうすることで、僕はやっと僕になったんだ。

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