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俺が育ったその村は、この世知辛い時代、生き残りをかけるために子供たちの教育に熱心だった。
屋内で悶々としながら育てるようなことはしない。
空の下、のびのびと体を動かすことから心身の発育を促すことを目標とした。
この教育方法はずいぶんと的を得ていた。
村で育った若集は精神力および体力がずば抜けていた。
そして現代を生きる抜く鍵でもある自己肯定感。
これが欠けたまま育ったものは正常な心の発達に障害が出てくる恐れもあるという。
村全体が子供を大切に育てる風土は、そんなことを心配する必要がなかった。
村はそれまで精神疾患者及び自殺者を出したことがなく、全国トップクラスの自治体だった。
俺もその一人。
仲間とつるんで悪さもしたが芯になるところはブレない。
己というものを知っている。
生きていくことの意味を知っている。
心は常に幸福に満ちていた。
ところが成人式を境に変化が起きはじめた。
自分の家にいるときだった。妙な視線をどこかから感じる。
そちらに目を向けると、知らない女がじっと俺を見ているのだ。
奇妙だ。
いったい誰なんだ。
俺が何かしたのか。
俺はこのとき何が起こるかなんて予想だにしていなかった。
その日は突然やってきた。
俺は近所に用事があって出かけているところだった。
日も高いし何の危険があろう。
そう思っていた矢先、背後から数人、猛烈な勢いで俺を抱えこんだ。
「誰だおまえら。いったいなんなのだ」
俺はそのままどこか見知らぬ場所へ連れて行かれ、そこにいた男らにロープで逆さづりにされた。
これは、何かの事件だ。俺は巻き込まれてしまった。
なんてことだ。
辺りを見回すと、そこにあの女がいた。
女は真っ青な顔をしている。
なんだあの女、俺に何かうらみでもあるのか。そう思った瞬間女は突然、ナイフを俺の首に突きつけた。
「おい悪い冗談だ。おまえはだれだ。何のためにこんなことをしている。
俺はおまえを知らない。おまえは俺を知っているのか。
俺がおまえに何をした。そのナイフで俺をどうしようというのか」
俺は今まで、俺の価値を十分に認めていた。
しかしおそらく免れることのできない死がすぐそこに迫っている。
俺は死ぬのか。こんな格好で。何のために。
死ぬことの意味なんて誰も教えてくれなかった。
…
俺の頚動脈は切れ、あたりに鮮血がほとばしった。
俺の体から瞬く間に体液がなくなっていく。
気が遠くなる。
おれは…おれは…
「センセ、大丈夫?」
「…ええ、だいじょうぶよ」
「この実習、結構ヘビーだねー。特に先生は女なのに鶏絞めは大変だったんじゃない」
「でも、私のセッティングした授業だし私がやらないでどうするの」
「まあねえー」
「放し飼いの鶏だったから、肉も締まっていて味は絶品ね」
「センセこれうまいよ。新鮮お肉で揚げたてフライドチキン」
「そうね。おいしいわね」
おれは、食われた。
食われるために生まれてきた。
おれの肉はまた誰かの肉となり、そいつは生きていく。
死んで食われて、また食ったものもいつかは死ぬ。
おれの死はいい。相当の意味がある。
おれを食ったやつが死ぬときは、いったいどんな意味があるのやら。