ねらわれた故郷
時計の針が一と一一を示す頃。
百合子・茜の二人、その他レジャー、病院・買い物帰りなどの乗客を乗せた安房鴨川行きは、まもなく館山駅に到着した。
茜は、以前インターネットのショッピング大手サイト・天地楽座で見て、欲しかった化粧水が館山のショッピングセンター・ベイサイドタウンのドラッグストアにて販売されていることを知り、この日、同じ方面に向かう百合子に同行することになった。
さて、百合子は、茜と共に電車からホームに降り立ち、近くにある階段をいかにもスポーツ女子らしいしっかりとした足どりでのぼり、改札口に向かった。
そこで、
「広瀬さん。私、ここからショッピングセンターまでの道はわかりますので、また来週よろしくお願いいたします。」
茜は、眉にかけている力を緩め、目をつぶらにし、口をU字型にさげた状態で百合子を見つめた。
そのとき、茜はホテルマンみたいに深々と頭を下げながら言葉を掛けていた。
「茜ちゃん、わかったわ。来週もよろしくね。」
百合子は、明るくてかわいらしい表情で茜にねぎらいの気持ちを込め、言葉を返した。
別れた茜は、しっかりとした足どりで南国の雰囲気が漂う館山駅の東口から静かで昔懐かしさ漂う住宅街を貫く車一台が通れるか通れないかの細道をベイサイドタウンに向けて歩いていった。
また、百合子は、右手に通学かばんをさげ、楽しいという気持ちを顔に表しながら、館山駅前の商店街、国道沿いの館山銀座商店街を歩いていた。
「今日、トリビアの宝庫のDVDが届く日だ。見ている姿を想像するだけで、ワクワクするわ。」
百合子は、親友からプレゼントをもらった時のように嬉しい様子を見せ、宅配で届く品のことを頭に思い浮かべた。
続くように、
「よぉっし、トリビアにあるすべての無駄知識、時間を掛けて覚えるわ。」
百合子は、心という感情の塊の引き出しの中に決意の文字を入れ、意気込んだ様子でつぶやいていた。
この直後、乳白色の雲に染められていた空が次第に鬱々しい漆黒の闇に覆われ、地面には街路灯や蛍光灯以外の自然な光がささなくなった。
「あれ、さっきまで明るかったのに。どうしたんだろう。」
「不吉な兆候だわ、早く逃げよう。」
「ママ、怖いよ。」
百合子の周りにいる老若男女の人々は、おののきに似た感情を感じ、口々に不安な言葉を発していた。
「何故なのかな? 胸騒ぎがしてならないわ。」
百合子は、重々しくはりつめた空気を身体全体で感じ取り、怯えたねずみのごとくその場をきょろきょろと見渡していた。
直後、建物と建物の間にある暗闇から見慣れない獣らが現れ、百合子を含む人々を取り囲んだ。
獣は、アフリカを原産地とし、東京の上野・多摩などの動物園で見られるゴリラよりも大きく、目測では二メートル近い身長があった。
灰色のもさもさとした深い毛、そしてライオンの足のような鋭い爪がある手足、いかにも『野蛮』だと思える怖い顔つきをしていた。
「アサヒ。こいつは、ヒマラヤのイエティじゃね? それっぽいぜ。」
「ヒデヨ。こんなみにくい奴、さっさとどけさせて帰ろうぜ。」
取り囲まれた人々の中にいた二人のちゃらちゃらとした不良らしき若き少年は、悪鬼に追い詰められて怯える様子も見せず、とことこと獣に接近して蹴りなどの暴力を振るおうとした。
つぎの瞬間、
「ヒューマンよ、われわれに危害を加えようとするのは、主君・ミタマ様やクイーン様を冒涜したのと同等のこと。即刻、粛清する。」
獣たちは、まさに沸騰したばかりのやかんのごとく感情を爆発させて暴言を吐き、大挙として不良少年らに切りかかった。
「ぎゃぁ、助けてくれ。」
不良少年らは、鳥のはやぶさのような俊敏さで動く獣に到底勝ることなく、逆に槍による反撃を食らい、悲しくも痛々しい叫び声を発した。
「ふっ。われわれに逆らわなければ、ミタマ様の下僕として生き残れるはずだ。」
獣たちは、自分たちがまるで地球の支配者であると主張して威張る仕草を見せ、引き続き槍を用いて少年らに襲い掛かった。
少年らは、獣の攻撃により、へその部分と脚の関節の部分を集中的に切られた。
ゆえに、周囲や獣たちの身体には赤いりんごの皮やケチャップみたいな色の液体が飛び散り、彼らは生きるか死ぬかの瀬戸際を漂う傷を負っていた。
「でた、人殺しの獣が現れた!? 早く逃げろ。」
様子をみた人々は、おもわず蒼ざめて鼻から口元へ震えを走らせ、いのちかながらにして四方八方の方向に逃げようとした。
「早く逃げなきゃ。でないと、殺される。」
百合子も、顔から血が引き、不安という見えない焦燥にかられながら頭の中で言葉を発し、もたもたとしておそい彼女らしくない走り方で逃げようとした。
そのとき、
「お母さん、お母さん。助けて。」
一人のクマのぬいぐるみを持った小学生くらいの少女がいた。
少女は、いまにも獣たちに襲われそうになる状況下、助けを求めようと大粒の涙を流して泣きじゃくっていた。
「あっ、あそこに女の子がいる。助けなきゃ。」
百合子は、自らの近くに少女がいるのに気づき、逃げることをいざ忘れ、助けようと近寄った。
すると、
「お前ら、すばるのタキリを見つけたぞ。キズ一つくらいならいいが、ちびと共に殺さずに捕獲しろ!! ミタマ様などへの献上品だ。」
獣たちは、百合子の姿を見つけるなり、ころっと態度を変えた。
その態度は、まるでいまにでも貴重な獲物をしとめつつあるチーターのようだった。
「心配しなくてもいいわ。やさしいお姉ちゃんがついているから。」
百合子は、少女のことをあんじてか、包囲されて身動きがとれない状況下ながらもピュアな笑顔を見せた。
「お姉ちゃん。獣に連れ去られるのかな?」
少女は、目の奥底から湧き出る涙を額に流し、先のわからない恐怖に身体をふるわせ、百合子に尋ねかけた。
「大丈夫、お姉ちゃんが守るから、絶対に連れ去られないわ。」
百合子は、恐怖に似た感情が沸き立つ中、少女の気持ちを落ち着かせようとした。
獣たちは、もじゃもじゃとした毛の腕をピンと伸ばし、四方八方から百合子や少女が逃げられないよう取り囲み、威嚇するかのごとく鋭い爪をちらつかせていた。
「どうすればいいの? このままだと、私たちは、変な奴らに連れて行かれてしまうわ。秀雄おじいちゃん、私を助けて。」
百合子は、心の中で恐怖のあまり、感情が揺れ動いて言葉が見つからず視点が定まらない中、定期入れの養祖父の遺影をぼんやりと見ていた。