医大時代の同期で親友だったKがノーベル医学生理学賞を受賞したとニュースで知った俺は、早速彼の元へお祝いに駆けつけた。
 ただし行き先は彼の自宅ではなく病院。
 Kは長年ガンの治療法を研究テーマとして取り組み、日本でも有数のガン研究者としてその名を知られていた。
 だが現在はK自身がその身をガンに蝕まれ、保ってあと数ヶ月という末期症状なのだ。

(皮肉なものだな。あれだけガン治療に情熱を燃やしていた男が、自らガンを患って余命幾ばくもないなんて。オスロでの授賞式まであいつの体も保たないだろう。それでも生前にノーベル賞をとれたことは、せめてもの手向けの花になるはずだ)

 そんな感傷を覚えつつ、病院の駐車場に車を停めた俺は受け付けで来院目的を伝えた。
 既に集中治療室に身柄を移されたKは家族以外は面会謝絶となっているのだが、俺の名を聞いたKの方で会いたがったらしい。
「5分間だけ」という条件つきで俺はKとの面会を許された。

「……よう」
 ベッドの上で何本もの点滴や栄養補給のチューブに繋がれ、見る影もなくやつれたKは、それでも枕元から俺の顔を見上げると意味ありげにニヤリと笑った。
「しばらく会わない間に、お互いすっかり歳を食っちまったなあ」
 変わり果てた親友の姿に思わず泣きそうになったが、俺はぐっと堪え、Kの枕元に顔を寄せ声をかけた。
「ノーベル賞おめでとう……今は地元で町医者なんかやってる俺がいうのもおこがましいけれど、おまえは日本の……いや世界中の医者の誇りだよ!」

 だがKの反応は芳しくなかった。

「いや、あれは……俺の本来の専門分野とは違うからな。喜んでいいのか……」

 そう、Kが受賞した理由はガン治療とはかけはなれた「画期的な再生医療の実現」である。
 厳密にいえば、ガン研究の過程で偶然発見したとある遺伝子細胞が、ガンとは別の疾患への「治療法」発見へとつながったのだ。
「本筋の研究が手空きになった時に暇つぶしのつもりで研究してみたんだが……まさか、あんな形で成功するとは……」
「喜ぶべきだろ? 確かにガンとは違うが、アレだって長年人類を悩ませていた病だぜ? 確かに治療薬もいくつかあったが、どれも効果に個人差や副作用があって『完璧』といえるものはなかった。今までは、だ」
「しかしなぁ……できることなら、俺はガン治療の分野で……」
「確かにガンの克服は人類の夢だ。おまえのこれまでの研究は世界中のガン研究者が受け継ぎ、何時の日か必ず実現させるだろう。でもな、アレはおまえだから成し遂げられた、ガン治療にひけをとらない世紀の大発見じゃないか!」
 声が高すぎたらしく、付き添いの看護師に小声で窘められた。
「……まあおまえにそう言ってもらえるなら、俺も嬉しいよ」
 ベッドの上で動かせないKの顔が、何とも形容しがたい複雑な苦笑を浮かべた。
「あの、そろそろお時間が……」
 俺だって医者の端くれだ。看護師にいわれるまでもなく、これだけの会話でKを疲れさせてしまったことを悟り、ベッドから離れた。
「とにかく、おまえは大いばりで胸を張っていいんだよ。もし次に会える時が来たら、酒でも飲みながらゆっくり話そうぜ」
「ああ。……今日は来てくれてありがとう」

 病室を出たあとKのご家族にもお見舞いと祝辞を述べ、俺は病院を後にした。

 帰りに運転する車の運転席で小型TVを点けると、夕方のニュース番組で今年のノーベル医学生理学賞の件についてキャスターが解説していた。

『今回日本人で受賞したK博士の功績は、中高年の男性に多く見られる頭部の脱毛や薄毛を安全かつ確実に治療するという画期的なもので……』

「それにしてもおくゆかしいやつだなぁ……Kよ、おまえは今や俺を含めた全世界の男性から『救世主』として感謝されてるってのに」
 そう独りごちながら、俺は片手でハンドルを操りつつ、つい半年前から「治療」を始め、今や20代の頃と変わらぬほどフサフサの黒髪を取り戻した頭を撫でやるのだった。

<完>

ちまだり
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