ヨモツの姫君
ちょうど、クイーンがオオグラ池にいる頃。
場所は移り、オオグラ池から四里離れたコの字型の盆地にあるヨモツ国の本拠地のアラガミ城。
そこは、本拠地としての平城があり、それを中心として碁盤の目のように城下町が形成されていた。
地球の日本でいう京都によく似た町であった。
そして、城のお膝元には、木と土壁でつくられ、赤色の漆で塗られた豪華な装飾の館がいくつか建っていた。
そのなかで、青龍の方角にあり、玄関の入口に色鮮やかなえんじ色の若葉がまじるさくらの花が飾られ、一際目立つ館があった。
館には、m字型の結いとハイドと同じ灰色の髪、赤色の目、またすばる王朝の王位継承者・タキリ(百合子)をも圧倒する容姿端麗な美貌を持つ一人の少女がすんでいた。
彼女の名前は、シコメ。
ミタマの養女ながら、ヨモツの王女や姫で、ちょうどこの日、一二才の誕生日を迎えたばかりであった。
性格は、元気で甘えん坊、いい意味での小さい子供らしさを漂わせる女の子である。
シコメ姫は、自らの住む王女の館の庭にてござを敷き、星を眺めようと仰向けにねっころがっていた。
そのとき、
「契り交わしたナミがおらへんからうち退屈やわ。早よう向かいの世界から帰ってこへんかな? 手鞠遊びの相手をしてもらいたいわな。」
シコメ姫は、ぼーっとした様子で玄武の方角に浮かぶ子の星を眺め、義理の姉というナミの帰りを待ちわびていた。
続けて、
「サグメとこ、二日前行ってきたわけやし、何かやることあらへんかな?」
シコメ姫は、退屈そうな様子を顔のうえに表し、しばし考えを巡らせた。
そして、
「そうや、うち、ヨモツの姫やったわな。この身分使うたら、地下に閉じ込められてるお母様を助けられる。父ちゃんとゲアシオしかおらへんし、見張りも向かいの世界にいってて手薄やから、いまがまたとない機会や。シコメ、行くで!!」
パッと頭のうえに明かりがついたような様子で、シコメ姫は母を助ける作戦を考え出し、すぐさまござをたたんで行動に移した。
彼女は、心のなかで決心が固まったのか、鍛冶職人により狂いがなくて美しく研がれた刃物のごとく真剣な表情を見せていた。
さっそく、シコメ姫は、茶色い土の塗り壁に立てかけておいた護身用の長槍を背中に背負い、足にアシクサの沓を履き、腰帯に干した柑橘に塩のにぎり飯の入った袋を下げ、右手に火をつけた松明をもち、胸元に翡翠など石や動物の骨でつくられた王女の証の勾玉の首飾りを身につけた。
彼女は、支度を終え、かつて存在し、ヨモツ国で行うと王族でさえ厳罰に処されるすばる王朝のしきたりにのっとり、庭の池のほとりで手や口・顔・髪をすすいでけがれをおとした。
禊ぎをすましたシコメ姫は、目と鼻の先のすばる時代から現存する水神のまつられている小さな祠へと向かった。
シコメ姫は、夕食の強飯を食べずにつくった餅を祠の前に供えるのとともに、お参りを始めた。
「神様。お利口にしますから、代わりにお母様とうちをヨモツの外に脱出させてくれまへんか?」
シコメ姫は、祠の前で目をつぶり、手と手をしわをあわせた。
どうやら、彼女は、頭の中に願いごとを浮かべているようだった。
「シコメ。うちの自慢のお母様を助けにいきまっせ!」
シコメ姫は、意を決したのか真面目な表情を顔に浮かべて言葉をつぶやき、明るい松明や天上の星の光をたよりにして歩き始めた。
彼女は、ありとあらゆる方向に気を張り、何かに押されて急ぐかのごとく足を進めた。
自らの居館を発ったシコメ姫は、しばらく白虎の方角に足を進ませた後、中下とよばれる大きな城門を通り、急な石たたみの階段を数段のぼった。