*ショッピングセンター*〈ショコラ〉
「ショコラ、まだ買う気か?」
 タルトが不服そうに言ったのは、郊外の大きなショッピングセンターでのこと。
「なに言ってるの。人間四人と猫一匹が三ケ月暮らすんだよ。たっぷり食料買いこんでおかないと」
「いや、それは分かるんだけど」
 意味ありげな視線をオート・ワゴン(買い物客の後を自動的に追尾するワゴン)に向けてから言った。
「三ケ月近くも外に出られないのに、服をそんな買い込んでどうするの?」
 ええい、女心の分からない奴! そんなんじゃ、いつまでもミルのハートは射止められないよ……射止められても困るんだけど……
「しかし、不思議だよなあ。これだけ服を買い込んで、どうして予算オーバーにならないんだろう? ちゃんとミルさんとモンブランの買い物リストは全部買ったのに」
「フッ、あたしのやりくりの賜物よ」
「どれどれ」
 タルトは携帯端末を取り出した。
 やばい! 領収書を見る気だ!!
「ああ! 見ちゃだめ」
「おい、ショコラ」どうやら手遅れだったみたい。「酒代がやけに少ないぞ。予算の十分の一以下じゃないか」
「フッ、そもそも、あたしら未成年に、酒を買って来させようというのが間違いなのよ」
「おいおい、いったい何をやったんだ? これだけの予算で、どうしてこんなに酒が買えるんだよ?」
「大した事じゃないわ。船底に転がってた高級酒の酒瓶を持ってきて、安酒を詰め込んだだけよ」
「知らんぞ。ばれても……」
「大丈夫よ。ばれないって。『養老の滝』なんか徳利に水を詰め込んできたのに、ばれなかったじゃない。あたしは曲がりなりにも、アルコールを詰めたんだもん」
「いや……あれは……水が途中で酒に変わって……」
「そんな非科学的な事、あるわけないでしょ。おおかたお父さんは、ただの水を酒だと思い込んで酔っ払ったのよ。偽薬プラシーボ効果ってやつね。だからミルにも『これはドンペリなんだ』って言って飲ませりゃいいのよ」
「ショコラ、知ってたかい? ドンペリって、シャンパンだって」
「え゛!?」……と、いうことは、炭酸が入っていないと確実にばれる?
「瓶に何を詰めたか知らないけど、僕は何も聞かなかったからね」
 そう言ってタルトは駐車場に向かった。その後を三台のワゴンが自動的に追いかける。
「ああん! タルトって最近、冷たあい」
 あたしは、慌てて後を追いかけた。
 ドン!
 突然、タルトが立ち止まったので、あたしは彼の背中に顔面から衝突してしまう。
「もう、なんで急に立ち止まるのよ」
 鼻を擦りながら、抗議をしたけどタルトは聞いてる様子がない。ただ、呆然と立ちすくんで何かを見つめていた。
「ん?」
 タルトの視線を追いかけると、道路の反対側に立っている人に当たった。あの人って!
「親父……!?」
 タルトがつぶやいた。あの人、昨日、名刺はくれたオジサマ? ……いや、タルトのお父さん!?
お父さんは、こっちを向いてほほ笑んでる。
一台の大型トラックが、あたし達の前を通り過ぎた。
 過ぎ去った後には、お父さんはいなかった。
 ちょっと、まって!! この展開って……!?
 ピン! ポロリン! シャン!
 不意にあたしのポケットの中で、携帯が鳴った。嫌な予感がする。携帯のスイッチを入れるとディスプレーにミルが現れた。
『ショコラ! タルトと代わってんか』
「良いけど、どうしたの?」
『たった今、地球からタルト当てのメールが届いたんや』
「分かったわ」
 あたしは携帯をタルトに渡した。
 なんか、嫌な予感が的中しそう。
「ええ!! そんな馬鹿な!? だって昨日……はい、分かりました」タルトは携帯を切ってあたしに返した。「ショコラ。済まないがすぐに〈ネフェリット〉に戻る」
「ど……どうしたの?」
「親父が……死んでいた。六日前にだ」
 ひええ!! やっぱり、心霊現象だったのね。今夜はトイレにいけないよう……などと、やってる場合じゃないわ!
 あたし達は駐車場の中を走った。
 ワゴンの荷物を車に積み代えてから、リセットボタンを押すと、ワゴンは自動的に店に帰って行く。
「ちょっと、あなた」
 助首席側から車に乗り込もうとしたあたしの前に、一人の背の高い女が立ちふさがった。
「どいて下さい!」
 あたしは女の脇をすり抜けようとした。が、できなかった。
 女に襟首を掴まれたのだ。
「何するのよ! 離してっ!」
「質問に答えなさい。この車はあなた達のね?」
「だったら、どうだって言うのよ! ヒッチハイクならお断りよ。あたし達、急いでいるんだから」
「おい! 何をやっているんだ!?」
 タルトの叫び声と同時に、不意に首が軽くなった。女が手を離したのだ。見ると女はタルトに、右手をねじり上げられている。
 はて? この女、どっかで会ったような……
「ぼうや。女性を乱暴に扱っちゃいけないわ」
 何をいけしゃしゃあと! 先にあたしを乱暴に扱ったくせに。
 女は不意にタルトのみぞおち目掛けて、肘を叩き込んだ。
 だが、タルトも肘が当たる寸前に手を離すと、後ろに飛び退く。
 女はさらに後ろ回し蹴りを放つ。
 蹴りが当たる寸前に、タルトはバック転して飛び退いた。
 女はさらに二撃、三撃と蹴りや突きを繰り出す。
 タルトはことごとく避けていたが、次第にあたし達は車から引き離されていた。
 不意に女は攻撃の手を止めた。
 しばらく、あたし達はにらみ合った後、女が口を開く。
「あなた達、怪盗ミルフィーユとは、どういう関係かしら?」
 ギク! なんで、その事を……
「ミルフィーユ? 何、分け分かんない事言ってんの? このオバさん」
タルトにオバさん呼ばわりされたのが気に入らないのか、女は顔をしかめた。
「勝子ちゃん、なんか知ってるか?」
 ああ! いきなり、こっちにふらないで!!
「し……しらなあい。なに……いってるの。こ……このおばさん」
 ああ! あたしの台詞、すっかり棒読み調だぁ!! タルトが頭を抱えていた。
 くそ! あの女、バカにした目でこっちを見ている。
「その反応だけで十分ね」
「この子は昨日の夜、冷蔵庫の中に入れて置いた僕のミルフィーユをつまみ食いしたものだから、動揺しただけさ。怪盗なんたらとは関係ない」
「タルト! なんで知ってるの!?」
「本当だったのか」
 しまった! 自分からバラしちゃった。なんてやってる場合じゃないわね。
「とぼけても無駄よ。昨日の夜、私はミルフィーユに名刺を渡しているの。一時間置きにパルスを出す発信機付きの名刺をね」
 ああ! この女!! 昨夜あたしをチンチクリン呼ばわりした弁護士。顔が昨日と違うけど、変装していたのね。
 でも、声が昨日のままだから、会ったような気がしたんだ。
「三十分前に、そこの車からパルスが出るのを確認したわ。これでも言い逃れできるかしら?」
「知らないね、名刺なんて。おおかた、僕の車の窓から、ミルフィーユが投げこんでいったんじゃないのか」
「ねえ、ぼうや。私も手荒な真似はしたくないの。それと、これだけは約束するわ。あなた達を警察に渡したりはしない。だから、正直に答えてちょうだい」
「へえんだ! なにが手荒な真似はしたくないよ! タルトは、こう見えても強いんだから。その気になったら、オバさんなんか、スペペノペエーでやっつけちゃうんだから」
「いいや、ショコラ。このオバさん。一人じゃないよ」
「えっ?」
「あら、気がついてたの? あんた達、出てきなさい」
 周りに止まっている車の影から、ガラの悪い男達がワラワラと出てくる。
 ひええ! いきなり、多勢に無勢。
 二人の男が、左右から同時にあたし達に飛び掛かってきた。
 あたしは慌てて、ポケットのスタンガンに手を伸ばす。しかし、あたしの手がスタンガンを掴むよりも早く、ガツ! ドス! と音がして、二人の男は路面に転がった。
 タルトが何かやったらしいが、あまりに素早い動きであたしの目では捕らえられなかったみたい。
 タルトってつよーい・
 なんて、感心してる間もなく、さらに二人の男が正面から迫ってくる。あたしは咄嗟に手にしたスタンガンを撃った。
 三メートル手前で、二人の男は青白いスパークに包まれ路面に昏倒する。
 直後に、あたしの左手が誰かに掴まれた。ふりむくとタルトが、あたしのブレスレットを掴み操作している。
 ブレスレットから発生した力場障壁があたし達を包み込んだ。
 次の瞬間、力場障壁に何かが当たって、跳ね返される。
 麻酔銃の弾!? 見ると、五十メートル離れたワゴン車の屋根から一人の男がライフルを構えていた。
「おやめ! お前ら!!」
 女の号令で男達の動きはピタっと止まった。だが、その後で男達は五メートルぐらいの距離を置いてあたし達を包囲する。
 この囲みを突っ切って、車に逃げ込むのは無理っぽいわね。
「力場障壁を張ったわね。見たところ重力と電磁力の併用フィールドのようだけど、エネルギーは後、何分保つのかしら?」
「そんな事、教える義理はないわ」
 言いながら、チラっとブレスレットのディスプレーを見た。
 エネルギーは保って五分てとこか。それを過ぎると、今あたし達を守っている重力と電磁力による斥力場は消滅してしまう。
「まあ、いいわ。どっちみち、携帯型力場障壁の持続時間なんてたかが知れてるし、それが待てない程、お姉さんは短気じゃないわよ。無駄なあがきは止めて、さっさとミルフィーユの仲間だと白状しなさい。それとも、そこの女の子がミルフィーユかしら?」
「僕らがミルフィーユの仲間なら、どうするつもりなんだ?」
 タルト、もうシラを切る気はないのね。
「ミルフィーユと取引をしたいのよ」
「だめよ!」あたしは、きっぱりと言った。「ミルは怪盗を引退したのよ。もう、ミルは泥棒はやらないんだから」
「あら? 私は別にミルフィーユに何かを盗みだして欲しいわけじゃないの。昨日、ミルフィーユが盗み出した〈天使の像〉を譲ってほしいのよ」
 〈天使の像〉!! でも、それは……
「できない相談だな。あれは僕らに必要なものなんだ」
「私にも、必要なのよ。でもこの調子じゃ、ミルフィーユ本人と話しても、同じ答えが返ってきそうね」
「当然よ。分かってもらえたなら、お引き取り願おうかしら?」
 もっとも、素直にお引き取ってもらえるとは思えないけど……となると、次は……
「では、あなた達に、人質になってもらうしかないわね」
 やっぱり、そうきたか。……タルトが、あたしをかばうように前に出た。
「分かった。僕が人質になろう」
「ちょっと!! タルト!? どういうつもりよ?」
 あたしの質問に答えずタルトは続ける。
「そのかわり、この子は逃がしてやれ。それが駄目なら精一杯抵抗させてもらうが」
「ものわかりの良い子は大好きよ。いいわ、女の子は解放して上げる。こっちもつまらない怪我はしたくないし、ミルフィーユへの伝令役も必要だしね。お嬢ちゃん、聞いての通りよ。ミルフィーユに伝えてちょうだい。ぼうやを返してほしければ〈天使の像〉を用意しなさいって」
「タルト!! なんで降参しちゃうの。あんな奴等やっつけちゃってよ!」
 自分でも無茶だなと分かりつつ、あたしは叫んだ。
「ショコラ。抵抗して痛い思いをしてから、人質にされるより、抵抗しないで無傷の方がましだよ」
「タルトの馬鹿! 根性なし!! 軟弱者!!」
 悔しい。
 タルトがこんな情けない事言うなんて……
「内輪もめは、そのくらいにしてもらおうかしら」
「ああ。それじゃあ、ショコラを通してくれ。でないと、つまらない怪我をすることになるぞ」
「いいわ。お前たち、道を開けなさい」
 男達は無言で囲みを解いた。あたしは一旦、力場障壁を解除して渋々囲みを抜ける。抜けたところで再び力場障壁を張って振り返った。
「タルト。無事でいてね」
 あれ?あたし涙声になっている。
「大丈夫だよ」
 タルトは笑顔で答えた。
「オバさん! タルトに変なことしたら、ただじゃ済まさないからね! 宇宙の果てまで追い詰めて、原子の塵にしてやるんだから!!」
「おお、怖い怖い。大丈夫よ。ぼうやには指一本ふれないわ。〈天使の像〉さえくれたらね」
 あたしは車にたどり着いた。
「さあ、もういいでしょ。力場障壁を解除しなさい」……え? あっそうか。力場障壁って目に見えないから、あの女、まだタルトの周囲に力場障壁あると思い込んでるのね。
「シールドジュネレーターはショコラが持っているだけだ。今の僕の周囲に力場障壁は無い」
「あら、そうだったの」
「それより、武装解除とやらを、しなくていいのかい? 言っとくけど、僕は武器を持ってるよ」
 あたしはふり返った。
「そうね。武器があるなら出しなさい。ただし、言っとくけど、その武器を使おうなんて考えない事ね。そんな事をする前に、あなたの頭に風穴が開くわよ」
「この状況で、そんな事をするほどバカじゃないよ」
 言いながらタルトは、44マグナムとワルサーP38をポケットから取り出す。
「随分、アナクロな銃だな」「複製品だろう」
 そう言いながら、二人の男がそれぞれ一丁づつ受けとった。
「はい」
 続いてコルトとモーゼルミリタリーを出した。さらに二人の男が受けとる。
「ほい」
 フッ化水素レーザーガンと、荷電粒子銃を出した。また、別の男が受けとる。どうでもいいけど、タルトってば、どこにこんなに武器を、しまっていたんだろう?
「はい」
 続いてスペツナズナイフと手裏剣、さらにSMG。etc etc……
「いったい、いくつ持ってるのよ!?」
 女はいらただしげに怒鳴る。
「これで最後。あ!」
 タルトは最後に取り出した手榴弾を取り落とした。
 手榴弾は乾いた音を立てて路面に転がる。落ちた手榴弾とタルトの右手に残った安全ピンとの間を、男達の目が往復した。
 シーン。
 周囲は一瞬、静まりかえった。嵐前の静けさと言うやつだ。
 そして、次の瞬間。
「逃げろおぉ!! 爆発するぞう!!」
 タルトの絶叫を合図に、男達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 ポン!
 猛然とあたしの方へダッシュしてくるタルトの背後で、小気味よい音を立てて手榴弾が破裂する。
 周囲に紙吹雪が散った。ただの花火だったのだ。
「あ! てめえ騙しやがったな」「ぶっ殺す!!」
 早くも騙されたと気が付いた男達が追いかけて来る。
 だが、タルトは余裕の笑みを浮かべポケットから何かを取り出した。コントローラーである。いったいなんのコントローラーかって?それは……
「うぎゃー!」
 タルトがスイッチを押した直後、追っ手の半数が悲鳴を上げて倒れた。倒れたのは、タルトに渡された銃やナイフを持っていた男達である。そう、あれは銃やナイフに似せて作った、リモコン式のスタンガンだったのだ。
「車を出せ! ショコラ」
 助首席のドアを開けるなりタルトは叫ぶ。
「はい!」
 あたしは車を発進させた。
「待ちやがれ!」
 一人の男が車に追いすがって来た。
 閉まり掛けた助者席のドアに、体を割り込ませる。
「しつこいっ!」
 タルトは男に頭突きをかました。それでも男は離れない。
 タルトはさらにしがみつく男の手に、蹴りを入れる。
 ようやく男は離れた。
 それを確認すると、あたしは一気に車にスピードを上げる。
 しばらくして、追っ手がかかってないのを確認してからあたしは質問した。
「タルト。いつも、あんな物を持っているの?」
「紳士の嗜みさ」
 紳士だったんか? あんたは……
「さっきはごめんね。ひどい事、言っちゃって」
「いいって、気にしてないよ。その事はね」
「え……? その事」
 という事は、その事以外で問題があるのかしら?
「冷蔵庫にしまっておいた、ミルフィーユをつまみ食いした事は、きっちり怒ってる」
 チッ、覚えてたか。
「でもタルトがあんな手を考えてるって分かってたら、心配する事もなかったのになあ」
 あたしは、さり気なく話題を変えた。
「とんでもない。ショコラが最初から知っていたら、下手くそな演技でばれていたさ」
「へ……下手くそとはなによ!! 下手くそとは! そりゃあ、さっきは失敗したけど、こう見えたって、あたしは怪盗ミルフィーユの相棒……」
「あれ?やめたんじゃなかったの?」
 ニヤニヤしながらタルトが言う。
「う……しょ……しょりわ……」
 あたし達が〈ネフェリット〉に戻ったのはその一時間後だった。

津嶋朋靖
この作品の作者

津嶋朋靖

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