一年の終わりはセンチメンタルな気持ちになる。
これはどうしたって避けられないものなんだろう。年というものは一番分かりやすい区切りだ。区切れの前に人は後ろを振り返る。新しい、その先に進むために。
だから俺も……いや、この区切れは、この区切れだけは特別だ。
同棲していた君が亡くなった。それはわかっていたことだった。何年も前から重い病気で、少しずつ坂を転がるように君は痩せ細り、衰えていった。君の病室を訪れる度、去る度に俺は何度も何度も覚悟を重ねて、その甲斐あって俺は君が去るときに泣かなかった。
君は、私が死んでも泣かないって、約束してね、とよく
言っていた。俺は約束を守れたよ。通夜でも葬式でも、そしてこの11ヶ月間俺は泣かなかった。……誇ってみたけれど、それは君が一番知ってるかもしれないな。
だからさ、そろそろ燃やしてもいいかな、下駄箱に入っている君のスニーカー。これを見てると君が帰ってくる気がするんだ。俺はそのたびに俯かなくちゃいけなくなる。前を歩きたいんだ、今日は、いい天気だからさ。だから、ごめん。
後、これは報告。君が一昨年無理して行ってもらった縁日の金魚、とても大きくなったよ。10センチは越えたと思う。怖くなって調べてみたら、金魚って水槽のサイズに比例して大きくなるらしいな。君が狭い世界は嫌かろうと特大サイズの水槽に酸素装置のおかげで急成長したよ。
なぁ、君もそうだったのか。君が金魚に与えたかったように、広い世界で自由に歩き回りたかったのか。あのスニーカーで、この大空の下を走り回りたかったのか。
泣かないよ。俺は、泣かない。泣いたら君と俺を繋ぐ最後の糸が切れてしまう。だから……この手紙の染みも水をこぼしただけさ。
さっきから除夜の鐘が聞こえている。一つ小さな願いが叶うなら、煩悩なんて払わなくていい、俺のこの思いを取り払ってはくれませんか。この眼から流れる約束を破る、汚れた涙を止めるために。
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