第1章 第2話 自らの意味
泣き声が聞こえる。子供の声。
泣き叫ぶような声ではない。すすり泣くような子供の声。
静かに目を開く。夕闇が迫り始める町。
そこにいるのはあの日と同じ数人の子供たち。
その中心にもあの日と同じ栗毛の少年。
――アーサー
まだ10歳にもならないような小さな子供。しかし一目見てわかる。
これは自分とアーサーの出会ったあの日。
「いいかげんにしろ!
おおぜいでよってたかって!」
夕闇を裂いて声が響く。
子供たちの目がそちらへ向かう。
銀色の髪、深い青の眼。まだ少年だが、その眼にはすでに鋭さを備えている。
もし相手の少年たちがまだそこに居続けようものなら、力ずくでも排除しようとする彼の心がそこにはあった。
「にげろ!」
取り囲みの少年の一人が逃げるようにその場を離れる。
残りの少年もそれに続く。
残ったのはうずくまり、震えている栗毛の少年が一人。
銀髪の少年が近寄り、優しく背中へ手を触れる。先の少年が顔を上げる。
いまだ恐れに支配されていながらも、無理をして作り出す悲しい笑顔が浮かんで見えた。
――そうだ。この日に俺は誓った。アーサーを守ることを。
俺が剣を振ることでアーサーが守られるなら、それでもいいと思っていた。
そのためなら――。
まぶたを上げる。
赤く染まった日の光が部屋の中を照らしている。
軽く頭を振る。どうやら夢を見ていたようだ。
あれは数年前、初めて二人が出会った日の夢。
部屋を見渡す。既にアーサーの姿は無い。
居るはずが無いと知りながらも、その姿を探してしまう自分自身。
再び彼は頭を振る。先ほどより強く、雑念を追い払おうとするかのように。
今朝、一枚の手紙がジークを、そしてアーサーを動かしていた。
「俺は、戻るよ。」
アーサーが言ったのは、来訪者が去ってすぐのことだった。
無論彼は止めた。
我が子を一度は追放し、今になって必要とするなど、利用したいからに決まっている。戻ってはいけない。
それが王子の追放以降、常に付き添ってきた彼の考えだった。
しかし次に続く友の答えを受けたのちには、ジークにはそれ以上、友を止めることなどできなくなっていた。
「俺一人ならいくらでも我慢できる。傷を負うことがあっても、中傷されようとも。
でも、今の俺はお前を傷つけている。お前に戦うことを強いている。
……もう、嫌なんだ。俺のために誰かが傷つくのを見るのは。
それはお前であるかもしれないし、ここへ来る皆であるかもしれない。
……こうするしかないんだ。
俺はここにいてはいけないんだ。」
立ち去る友に自分は何もできなかった。
自分に何が出来た?
友を守ると決めたあの日から、刃を携えた来訪者がくるようになったあの日から、自分は友を守れていたのか?
その身体を、そのこころを!
―――城へ、向かおう――
今の自分に出来ることなど無いのかもしれない。
自らの運命を受け入れようとしている友に、もはや自分の存在など必要ないのかもしれない。
しかしこのまま終わりになど出来ない。
大切な存在だから。守るべきものだから。
そして、それこそが自分が生きてきた意味そのものだから。
――夜の帳の降り始めた町を、一つの影が王宮へと急いでいた。