わたしの家は年が明けると先祖の墓参りをする慣わしになっている。子供の頃はそれが嫌だった。
何が好きで真冬の寒い中こんな人里離れた山の中にある墓に来なくてはならないのだと、いつも思っていた。母と父に連れられてしぶしぶ来ていたのだ。
墓に着くとまずは墓掃除。周りの枯れて萎れた雑草を抜いて、近くを流れている小川から水を汲んで来て、墓そのものを綺麗に磨きあげる。日頃来られない不精を心の中で詫びる。せめて綺麗にすることで眠っているご先祖様に詫ているのだと思った。
「こうすると、ご先祖様が喜ぶのよ」
母が良く言っていた言葉だ。その母も今はここに寝る。
思えば色々な家のしきたりなどは皆母から教わった。当時は何も思わなかったが、考えると不思議だと気がつく。
母は他所の家から嫁いで来た人で、わたしと違って、この家の生まれた訳では無かった。それなのに本当に色々な事を知っていた。
「年の暮れの神棚を掃除するのは、そこの家の当主がするんだよ。当主がいない時はそこの家の長男や男の子がするものなのよ」
よく、そう言っていた。無論父が元気な時はやっていたが、動けなくなるとわたしの夫がそれに代わった。
「次期当主だからな」
そんなことを言って結構喜んで掃除をしていた。無論当主となった今、数日前に夫は嬉々としてやっていた。
「順ぐりなんだよ。巡ってるのさ。こういうのは」
夫の言葉で我に帰ると夫は子供と一緒に綺麗に草を取り除いていた。
「水汲んでくるから、子供見ておいてな」
「判った。気をつけてね」
わたしの言葉にバケツを持った左手では無く右手を挙げると、夫は小川の方に消えて行った。
わたしは持って来たゴミ袋に山と積まれた雑草を入れる。その間に息子が車からお墓を掃除する道具を出して来た。
「バケツは父さんが持って行ったから雑巾とたわしと……花とお線香は未だいいよね」
「そうね。濡れちゃうから今はまだ車に載せておいてね」
中学生になる息子はやはり長男という自覚が出て来たのか、色々な家の行事にも手伝ってくれるようになって来た。小学校の頃はお墓に来ても車の中でゲームばかりやっていて、最後のお祈りする時だけ参加していたのだが、変わったものだと思う。
「今年はやけに水が冷たかったな。山の上では雪が降ったのかな」
夫がバケツを重そうに持ちながらこちらに歩いて来た。その姿を見てふと父を思い出した。父も毎年『今年の水は冷たい』と言っていた気がする。
この一角は我が家だけではなく、 我が家がある村落の家の墓が集まっているのだ。だから我が家の他にも二十ほどのお墓があるが、他の家は暮れのうちに来ていた。お墓に備えられた花が枯れている。いずれ我が家のお墓の花も枯れてしまうと思う。
そんな事に備えて、実は交代でそのようなものを掃除する当番を決めてあるのだ。昨年は我が家の番だったので、息子も一緒に来てやり、それで色々なことを覚えたのだ。
三人でたわしでお墓を磨いて行くと苔の下から石の模様が見えて来る。何か久しぶりにご先祖さんと対面した気分になった。
思えば、お墓って亡くなった人のものだけど、実は生きてる我々にも大事で、年に数回こうやって来ると、本当は自分自身と向き合える気がする。
『自分は間違って生きていないだろうか?』
『亡くなってからご先祖様に顔向けの出来ないことをしていないだろうか?』
そんなことを思ってしまう。特別なことではなく、普段の生活の中で自分がしてきた事を思い出して、この場所で胸を張れるだろうか? それをする為にここに来るのだと判ったのはつい最近のことだ。全く頭の悪さは仕方がないと感じた。
父も母も特別にわたしに教えはしなかった。いつも一緒に来て、手伝いをするうちに覚えたのだ。きっとそれは連綿と続く営みの中で体験してきた事なのだろう。
そんな事を思っていたら綺麗になった。息子が車から花束とお線香を持って来る。花束はお墓の両側にある花刺しに立てて、お線香はお線香立てに立てる。そして三人で拝む。わたしの拝むのは「南無阿弥陀仏」と唱えてからこの平穏な暮らしが続きますようにと祈る。凄い神様でなくても自分のご先祖様に頼むのだから、きっと叶うと何となく思っている。
そして、本当に大事な事……何時かは自分もここに入るのだと言う事を忘れてはいけない。母の言葉を思い出した。
「ゆくゆくは皆入るんだから、大事にしなくては駄目よ」
その言葉が実感を伴って自分の心に響いて来る。
わたしもいつかは息子に同じ事を言うのだろうな……言葉が胸に響いた。
見上げると空から白いものが降って来てきた。
「積もらないとは思うが、お参りも済んだし、帰るか」
夫の言葉に息子も
「そうだね。帰ったらDVDの続きを見るんだ」
やはり息子は未だ中学生なんだと感じた。あの言葉を伝えるにはもう数十年後になるのだろう。その時わたしは笑顔で息子に言ってやりたい。
ゴミ袋を積んで車を出す時に振り返ると、沢山のご先祖様が見送ってくれている気がした。
了
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