002 全ての始まり

 そして魔界に行く日。

 《六道家》宝水、紫苑、輪廻は神殿を訪れた。準備は万端だ。《六道家》からも直属の護衛軍を十名ほど連れて行く。天使の護衛と合わせれば、その数は五十をくだらない。これほどの規模の護衛がいれば、手を出してくる輩はいないだろう。いたとすれば、それはただの自殺志願者か、ただの馬鹿かのどちらかだろう。

 そもそも《六道家》に手を出すと言う事は、天界が敵になると言う事。それは神をも敵に回すと言う事。力をもって力でねじ伏せる。その意味がわからない奴はいないのだ。

 三人はシャムシェルに案内されて神殿の回廊を歩く。そして一つの部屋に入った。そこは広く中心部分が少しくぼんでいる。足元からはいくつもの柱が天井を支え、その柱にはいくつものロウソクが瞬いている。

「ここから魔界へと次元を裂いて行きます。神殿・・・・・いえ、天界において次元を裂いて別の世界に行くには、必ずこの部屋から行くのです」

 この部屋は次元の間と言い、別世界への入口の部屋とされている。天界は神聖な場所である。そこから違う世界、つまりは下級の世界に行くという事は一種の汚点なのだ。汚らわし行為だと考えられている。そんな場所をどこでも作る訳にはいかない。それで場所を一つに限定して作られたのが次元の間なのだ。

(なにこの部屋・・・・・)

 輪廻は初めて見る部屋に恐怖を感じた。どこかドス黒く気持ちが悪い。気持ちを落ち着かせる為に【紅桜】をギュッと握り締めた。

「行き先は《修羅道》生命の樹。それでは準備はいいですか?他の者は先に魔界に行って周りを固めてますのでご安心ください」

 それに三人は頷く。

「では行きましょう」

 そう言いシャムシェルは部屋の中心部に手をかざした。すると次元は裂かれ、漆黒の穴が現れた。三人は手を繋ぎ、その中に進んだのだった。




 男はベッドの上で目を覚ました。

「うぅ~」

 まだ開ききらない目を無理矢理あける。そしてその瞳に写りこんだのは、窓から見える綺麗な満月としだれ桜の木だった。

 男はぼんやりとそれを見つめる。そしてまたベッドに屈服した。そして一言。

「腹減ったなぁ・・・・・」

 しかし何もする気が起きない。頭は霞みがかっている。眠気と食欲とどちらを優先させるか男は悩む。そしてガバっと勢い良く起き上がり伸びをした。

 どうやら食欲が勝ったらしい。

「ふぁ~」

 大きな欠伸を一回。その大きな口からは四本、他の歯よりも鋭い歯が生えていた。男は首をゴキリと鳴らして言った。

「奈落」

「はいマスター」

 すると今まで誰もいなかった部屋に、一人の女が忽然と現れた。

 奈落と呼ばれたその女はメイド服に身を包み、肩にかかるぐらいの銀髪で生気を感じられない人形の様な女だった。

「腹が減った」

「そうですか」

(・・・・・ん~)

「・・・・・腹が減ったんだが」

「そうですか」

 奈落はその一言しか言わない。

(こっのっ・・・・・)

「はーらーがーへっーたー」

 男はハッキリ聞こえる様に叫んだ。しかし返ってきた返事は―――――。

「そうですか」

 男はガックリとうなだれた。

「マスター、主語がありません」

 男は少し睨みつけ言った。

「桃よこせ」

「マスター。桃はありません」

 さも当然の様に奈落は言った。それに聞き返す。

「何?なんで?」

「全てマスターが召し上がりになりましたので、なくなるのは自然の摂理かと」

(あー、そういえば昨日けっこー食ったなぁ)

「仕方がない。ちょっと採ってくる」

「採ってくる?マスター、漢字が間違ってます。盗ってくるでしょう?」

「・・・・・お前は俺をなんだと思っているんだ?」

「それは―――――」

 奈落が言おうとした時、男は手で静止させ「言わなくていい」と言い、再びうなだれた。

「いってらっしゃいませ」

 奈落は深々と頭を下げ主人を見送った。

 ここは魔界。魔族と妖族が支配する世界。魔界では力が全て。弱い者は殺されても何も文句は言えない。




 そして同刻。

 一行は森の中にいた。

「直接、生命の樹の場所へ行きたいのですが、あそこは生命の樹の影響で、次元が裂けれないので少し離れたここに次元を裂きました。ここからは馬車で向います」

 そう言って視線をシャムシェルと同じ方向に向けると、そこには立派な馬車が停まっていた。

赤と黒の模様の立派な馬車だ。それを引くのは黒い大きな馬が四頭。

 《六道家》三人とシャムシェルはそれに乗り込んだ。そして馬車はゆっくりと動き出した。

「おおおお父様。本当に大丈夫なんですか・・・?」

 声を震わせ辺りをキョロキョロしながら問いかけた。しかしそのその問いかけに答えたのは輪廻の兄だった。

「はははっ。臆病だな。大丈夫に決まってるだろ?ここは《修羅道》なんだから誰もいない。もし仮に誰か魔界の住人がいたとしても、天界の護衛がいるんだから大丈夫。ですよね?父上」

 紫苑は明るく言った。そして宝水は力強くそれに答える。

「あぁその通りだ。いざとなれば私だって家族を護るために戦うから安心しなさい」

「で・・・・・でも・・・・・」

「それにお守りとしてあの刀をあずけてあるだろう?ちゃんと持っているな?」

 その言葉に輪廻は無言で頷いた。

「大丈夫ですよ。《六道家》のお嬢様。我々、天界の者がついていますから。この数の護衛がいるんです。これに戦いを挑む者はおりません」

 魔界には四つの世界がある。その内の一つ、《地獄道》。この世界の住人は、滅多に他の世界には行かない。弱い世界に行っても意味がないのだ。

 しかしそれは―――――全員がそうではない。



「ふぃー。いい桃が盗れ・・・・・採れたな」

 そんな独り言を言いながら、男は森の中を歩いていた。その時、遠くからかすかに声が聞こえた。

 不幸というのは突如、前触れも無く訪れるのだ。

 一行が目的地に到着すると、二人こちらに視線を向け立ちはだかっていた。

「なんだ?」

 シャムシェルは外に視線を向けた。そこにいたのは小柄な二人組みだった。それを見たシャムシェルは馬車を降りて行った。輪廻はうつむき怯えている。まるでこれから起こる惨劇が分かっているかの様に。

「なんだ君たちは?邪魔だからそこをどいてもらえないか?」

 凛とした声で二人に言った。しかし二人は微動だにしなかった。ここで全員が何事かと馬車から降りた。すると二人組みの一人が声を発した。

「おっ?当ってるな。じゃあ始めますかね」

 その言葉と共に一人が一歩前に出た。その瞬間、あれほど小柄だった身体は、何倍にも膨れ上がり凄まじい妖気を放出した。瞬間、一番前にいたシャムシェルの首が無くなっていた。



「なんだ?」

 男は耳を澄まし状況を確認した。男の頭には獣の耳がついている。その獣の耳はかなり遠くまで聞き取ることが出来る。

「争いか。しかし妙だな」

 違和感を感じ、その声のする方に足を向けた。数キロ先でそれは視界に入った。

「魔界の者じゃなのか。通りで。あーあ。運が悪かったな」

 傍観しているとあるモノが目に飛び込んできた。


 小柄な男は手を後ろに組み傍観していた。凄まじい妖気を放出した妖族は、まるで小枝を折るかの様に全てをなぎ倒していった。十人、二十人、三十人。

「かか勝てる訳ない・・・・・。シャムシェル様が一瞬で・・・・・」

 自分が尊敬し、自分よりも強い者が一瞬で殺された。もはや戦意の欠片もない。

「別にあんたらに恨みはないんだが、これも仕事でね」

 小柄な男は呑気に言った。そしてそんな化け物の前に一人の男が立った。宝水だ。

「貴様ら何者だ?我々を誰だか知っているのか?」

「もちろん」

 悪びれる様子もなく小柄な男が答えた。

「そうか・・・・・わかった。ぬぅうん」

 宝水は言って気を纏った。

「おやぁ~?戦うつもりか?楽に死ねないぜ?」

「戯言を」

「父上、加勢します」

 紫苑が隣に並ぶ。宝水は無言で頷き前を見る。紫苑は後ろにいる輪廻にキセルを投げつけた。

「輪廻。それを持っていてくれ。大事な物だからね」

 言って兄は妹に優しい笑みを向けた。

 三人は同時に動いた。そして二人は同時に首をはねられた。

「お兄様・・・・・お父様・・・・・」

 少女は、お守りとして渡された刀とキセルを両手で強く握り締めていた。そしてそこに立っているのは、天使が一人と輪廻だけだった。しかしそれもすぐに輪廻一人になった。

「おーおー。お嬢ちゃん。お前もこんな家に産まれたばっかりに可哀想になー」

 妖族は憐れみの言葉を笑いながら口にしている。

「おい。一刻(いっこく)。ご託はいいから、さっさと殺れよ」

「はいはい。んじゃお嬢ちゃん、さようなら」

 一刻と呼ばれたその妖族は、大きすぎる拳を輪廻めがけ放った。直撃した。一刻は殺ったと思った。自分のデカイ拳を退かすとそこには結界で守られた輪廻がいた。

「あ?なんだこりゃ?」

 輪廻は眩い光に包まれていたが、それもやがて消えた。

「おーい。ロッドエンド。なんだ今のは?」

 一刻は理解できないとばかりに、後ろの方で傍観しているロッドエンドに聞いた。

「その持っている刀から出ていたな」

「ふーん。おもしれー刀だな。よし。お前を殺して俺が使ってやるよ」

 輪廻はその刀を必死で抜こうとするが抜けなかった。そして一刻は大刀を次元から取り出し振り下ろした。


 男は走っていた。しかしなぜ自分が走っているのかわからなかった。身体が勝手にその場所に向かっていたのだ。

 ギィンという音が辺り一面に響きわたった。輪廻は身体を横に向けて目を閉じ、最後の瞬間を迎えようとしたが、いつまで経ってもその瞬間は訪れなかった。そして恐る恐る目を開けた。すると、まず目に飛び込んで来たのは真っ黒い影だった。その影が風になびき、不気味にゆらゆらと揺れている。

(ひっ・・・・・)

 輪廻はその影の足元に視線を移動させる。そして影の本体が目に飛び込んできた。異質だった。着物の上から真っ黒な、影よりも黒いローブを羽織っている。そして長めの銀の髪と獣の耳と尻尾、銀のその瞳。瞳孔は細く、異質な獣を思わせる感じがする。

 その男は目の前で縮こまる輪廻に声をかけた。

「よう。調子はどーよ?」

 その言葉に輪廻は無意識で答えた。

「ぜっ・・・・・絶好調・・・・・?」

 男は相手に背を向ける形で一刻の大刀を背中に回した大きな鎌で受け止めていた。

「なんだお前?どっから出てきた?」

「お前ら《地獄道》の住人だな?こんなところで何をしている?」

「こっちが質問してんだ。まーいいや。お前も一緒に死ね」

 一刻は再び大刀を振り落とした。その瞬間、ロッドエンドが叫んでいた。

「一刻逃げろっ!」

 しかし振り落とされた大刀は止まらない。大刀が直撃する瞬間、一刻は違和感に気がついた。景色が回っている。目の前が逆さまになっている。自分の身体が見える。自分の首のない身体が。

 その瞬間、一刻は最後の言葉を聞いた。

「輪廻の輪に還れ」

 一刻はその場に崩れ落ちた。

「さて。お前には事情を話してもらおうか」

 視線を向けるとそこにはロッドエンドの姿はなかった。

「逃げたか・・・・・」

 辺りは血の海。地獄絵図。しかしここは魔界。こんな事は日常茶飯事なのだ。力の弱いのもは殺されても文句は言えない。魔族と妖族が支配する世界。魔界。

 全てはここから始まった。

水無月 夜行
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水無月 夜行

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