「何だお前、俺をどこに連れて行くつもりだ」
「どこなんて言えない。とにかくここではない場所を見つけるが先決だ」
「どうして俺まで連れて行く」
「どうして?その理由を語るのはごく簡単なことだ。お前は剥き過ぎた」
「剥くって何だ。俺は何を剥いたのだ」
「お前はもう忘れたのか。ほんの数分前のことを」
「なに数分前…」

俺は何をしていたのだ、数分前。
考えても考えても少しも思い出せることがない。
そもそも俺とはなんなのだ。

「俺は何者だ」
「おい止まるなよ。そんなに時間があるわけじゃないんだぜ」
「俺に関してわからないままではこの足動きゃしない」
「まいったね。そんなに自分を知りたいのかい。こんなところにひょっこり現れたくせに。
お前はね、もうずいぶん剥き過ぎたんだ。ずいぶんね。
そうしてしばらくたったと思ったら、ひょいとまた剥き始めた。
いったん身に滲みついたものというのは、やたらめったそこから離れるものではないのだね。
それはそれは、手際よくまた剥き始めたんだ、お前は。
それが結局お前のすべてになっていたんだね」
「俺は何かを剥く人間だということはよくわかったよ。知りたいのはその何かだ。
何かとは一体何だ」
「ああそうか、ここは暗いからおれの姿が見えないってわけか。お前はここでかなり無駄話をしたからね。
もう階段の下には戻れない。そら、階段の先に光が見えてきたろう。
お前はあそこに行くより他ないんだよ」
「あそこ」
「そうだ。心配することはない。おれは優しい。光のところまで一緒に行ってやろう。
そうすれば光がおれたちを照らす」
一歩一歩階段を上り光のほうへと近づく。
光は徐々に俺たちの輪郭をつくりはじめた。

俺は隣にいるそいつの姿をこのときはじめて知る。

玉葱。
オニオン。

玉葱に手足が生えている。

「お前はおれをね、剥いていたのさ。何十年も。毎日、毎日。
カレー屋を継いだお前は若い頃から腕がよかった。
客は面白いように入り、ますます忙しくなる。
働いて働いて、働き通しだった。
齢70のころ、お前は病気になり弟子に店を任せてようやくおれを剥くことを辞めた。
でもしばらくしてまたおれを剥きたくなっちまったんだな、お前は。
モルヒネで痛みを消し、朦朧としながら久方ぶりに最後のおれを手にした。
それがついさっきのことさ。」

ふと我を見ると、コックの姿をしている。
カレーを作ることが楽しくてしょうがなかった、あのころの若い俺だ。

「お前、足元を見てみろよ。しっかり準備が整っている。いい家族だなあ、おい。」
「足元」

薄ぼんやりと、まるで8ミリで撮ったスクリーンのようなイメージが、深く深く地面に広がる。

菊の花。喪服。僧侶。
俺の写真。
そして…
そして俺の体が入った棺桶。

「なあ、お前は剥きすぎたけれどもおれはお前に剥いてもらって幸せだったぜ。
うまいうまいって、みんなでおれをほめるんだものな。
お前、また次もおれを剥くかい」

「おれは…」

玉葱と手をつなぎながら、俺はゆっくりと光の方へ歩いていった。

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