くしゅん。くしゃみが出る。
熱で意識が朦朧としている感じだ。朝から何も食べていないのだから当然だが食欲も湧かない。ただ、ぼーっとベットに横になり天井を睨んでは、ため息をつく。
「寝ている場合じゃなんだけどなぁ」
と呟く。その声が枯れていた。
今朝、悪友からバイト禁止令が出た。昨日も40度の熱があっても、平気でバイトをしていたツケが、今まわってきた感じた。ふらふらで立っている事もままならない。
悪友は呆れ半分怒り半分の表情で、学校とバイトは休むように-----命令し、学校へ登校していった。
悪友が朝食にお粥を用意してくれたが、それに手つをけず、無駄に時間だけを食い潰していた。
「しかし働かないと、金が無いしなぁ」
ジレンマ。ため息である。
と玄関をノックする音がする。立ち上がる気力が無い。と、鍵がカチャリと音をたてて、玄関のドアが開いた。悪友が帰ってきたのかと思ったが、その予想は見事に裏切られた。
「愛?」
とその子の名前を呼んだ。小柄な愛が心配そうに玄の傍に真っ先に駆け寄ってきた。
「玄君、大丈夫?」
「お前、学校は・・・?」
「今日は半日で休みだよ、こういう日に限って休むんだから」
「……休みたくて休んだわけじゃ……」
と立ち上がろうとして、視界がぐるぐると回った。慌てて、愛が玄の体を支えた。
「無理しちゃ駄目だよ。あ、朝ご飯も食べてないし!」
「食いたくないんだよ」
「でも食べないとよくならないよ」
と愛はじっと玄の目の奥底まで見つめる。玄は照れたように視線を外した。
「それより、銀は?」
「楓ちゃんと瞳とお昼食べてから帰るって」
「アイツは俺を病人として扱っているのか、本当に?」
友情を疑いたくなる瞬間である。
「だから私が来たんだよ?」
にっこりと愛は笑う。
「別に銀達と一緒にいてもよかったんだぞ?」
愛は首を振った。
「そんなことしたら、玄君、ご飯も何も食べないでバイトに行こうとするでしょ? だから銀君にお願いされたの」
さすが悪友。体力が回復したらまさに、その行動を移す予定だっただけに反論の余地は無い。
「図星でしょ?」
愛がからかうように笑った。玄にできるせめてもの抵抗は
「うるせぇ」
と悪態をつくのみだが、それすら愛には予想の反応、微笑んで聞き流す。
「何か食べたいのある?」
「無い」
即答。じっと愛は玄を睨んだ。その顔が少し怒っている。
「玄君、食べないとよくならないよ」
「……いらない」
「玄君」
今度は本気で怒っている。玄は息を吐きだし、手を上げて降参を示した。
「分かったよ」
と渋々と言うと、愛の表情が笑顔になる。
「よしっと。それじゃ、私が腕によりをかけるからね」
と早くも腕まくりをする。「その前に何か暖かい飲み物、作ろうか?」
「ん・・・・じゃ、コーヒーをブラックで」
じとり、ともはや愛は言葉もなく睨んでいる。
「何だよ、何ならいいんだよ」
と玄は膨れる。愛はじっと玄を見つめる。玄は目をそらす。しかし愛は厳しい目で玄を見据えた。
「玄君は、もっと体を大切にしなきゃ駄目だよ」
「……」
「無理ばかりしてる」
「でもな!」
「玄君」
愛の言葉は玄を諭すように重く、のしかかった。苦笑する。どうも、愛には勝てない。悪友もそれを見越して、愛に頼んだと思われる。姑息な手段を使いやがってと、心の中で悪態をつきつつ、諦めの境地である。もっとも、自分が動ける状態でないのも、自覚している。
「分かったよ」
と半ばヤケクソ気味に、ベットに横になった。愛がクスリと笑みをこぼすのが見えた。が、愛は玄に言葉をかけず、そのままキッチンへと行ってしまう。
コトコトと鍋で何かを煮ている音がした。
と、愛がマグカップを手に戻ってくる。
「ん?」
「ホットミルク。体、暖まるよ」
「俺はコーヒーの方がいいんだけどなぁ」
とその口調には情けなさすら滲むが、受け取って口をつける。じわり、と体に熱が伝わっていくのを感じる。ほっと一息つく。
「たまにはいいでしょ?」
と愛もホットミルクを口にした。愛はコーヒーが飲めないので、いつもホットミルクを飲む。玄はそんな愛を見て「お子様」とからかう。そして、ぷーっと風船のように頬を膨らませて愛はいつも抗議する。それがたまらず、可笑しかった。
「たまに休まないと、体が可哀想だよ?」
じっと愛は玄を見つめる。
「分かってる」
と仕方なさげに言う。愛はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「今、栄養のあるモノ作るからね」
と言って、立ちかけた瞬間だった。玄が、瞼を閉じて愛の肩にもたれかかった。
「げ、玄君?」
と慌てるが、その後に聞こえてくる静かな寝息に、愛は優しく微笑んだ。玄のその手に持っているマグカップをそっと取り、ゆっくりとベットに寝かせてあげる。
愛はそっと玄の首筋に手を触れた。普段の玄なら、意地になって、その行為すら許さない。想像以上に熱があるのに愛は驚いた。
「まったく無理ばかりするんだから」
と玄を見つめて、そう言う。「心配するのは誰だと思っているの、まったく」
ちょん、と指で鼻を弾く。玄は身動き一つせず、眠りの底へと落ちていた。何だかんだいって、安心したのかもしれない。そんな玄を見て、愛も少し安心した気がした。
「今、美味しいモノを作るからね。風邪ひいている暇なんか無いくらい!」
とぱたぱたと足音をたてて、キッチンへと走っていった。
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