「ただいま~」
玄関から弟の情けない声が聞こえる。
「おかえりなさい」
何も訊かずにすることにする。きっとわたしが訊かなくても自分から言うはずだから。
「インハイ出られなかった。ベスト8止まりだった。姉ちゃんにも迷惑掛けたのに……ゴメン」
大きなスポーツバッグを肩に掛けたまま、台所の入り口で立っている弟は今にも泣き出しそうだった。
「仕方ないじゃない。勝負は時の運というのよ。強いだけじゃ勝ち抜け無いしさ。運が無かったんだよ今日のあんたは。だから仕方無いと思うよ。あんたがどれだけ努力したか、部の人も知ってるし、勿論わたしも知っているよ」
そこまで言ったら弟の顔から涙が流れ始めた。大粒の涙がポロポロと落ちている。
「そうは言うけど、あれだけ練習を手伝って貰って期待されてて、それでいてこのザマじゃ申し分けなくて……それに、姉ちゃんにだって、早起きして弁当作って貰ったりしたのに……」
それを聞いてわたしはハッキリと言う
「ねえ、部の皆もわたしも、何であんたの事応援してくれたと思う?」
「それは……俺がインハイの全国大会に出るようにと……」
やはりこいつは勘違いしている
「あのね、そんな事じゃ無いの! 皆が応援したのは、あんたが真剣に頑張っていたからでしょう! 本気で取り組んでいたからでしょう! だから応援してくれたんでしょう! 違う?」
わたしの言葉を聞いて弟は考えながら
「だから、結果を出す事で恩返ししたかったんだよ」
「恩返しは、そんな事じゃない!」
「じゃあ……?」
やっと泣き止んだ弟に今日帰ったらたべさせようと買っておいた苺をお皿に載せて出す。コンデンスミルクの缶と一緒にだ。
「あんたが無心に頑張ってる姿を見て、皆嬉しかったと思う。純粋に目的に向かって頑張ってる姿は尊いからね。それで充分なんだよ。判ったかい?」
「うん……俺、来年はもっと、今から頑張るよ。約束する!」
やっと元気が出て来たようだ。
「判ったら苺食べなさい。あんたに食べさせようと買っておいたんだから」
わたしに言われてフォークで突き刺しながら苺を口に運ぶ。
「これ、すっぱいな。甘く無いよ」
「そう、だったらミルク掛けなさいよ」
わたしが、そう言ったのだが弟はコンデンスミルクを掛けなかった。
「すっぱいけど、苺の味がするから……きっと俺に欠けていたものって……判った気がする」
そう言って、次々とフォークで苺を口に運ぶ
「本当に大事なのは、結果ではなく、それをして得られる価値観なんだね。それの集大成として結果がついて来るんだね……俺なんとなく判ったよ。目の前の結果を追い求めるよりもっと大事な事があったと判ったよ」
母の顔さえきっと弟は覚えていないだろう。この子が小学校に入学する前に母は病気で亡くなった。歳の離れたわたしは、当時高校一年生。母の代わりに入学式に付き添って行った。着物姿に着飾った他の子の母親に混じって、一人高校のセーラー服のまま参加した事が昨日のようだと思った。
それから母代わりと思ったけれど、代わりにはなれても、それ以上にはなれない。だけど、弟はわたしを信頼してくれている。真っ直ぐに育ったと思う。
そうだよ、頑張る過程で得られるものが一番尊いんだよ……
来年、インハイに出た暁には、あんたの嬉しそうな顔を沢山見せて貰うからね。
そう思いながらわたしも苺を口に入れる……うわっ! すっぱいじゃない! もう少しいい値段のを買えば良かったかな……
了
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