電柱の影から、こちらをじっと見られてる、振り返れば小さな女の子が、ぶつぶつとつぶやいているようだった。
 もし、こちらをじっと見ているのが、小人などの妖精だったら、愛らしいファンタジーですませてしまうのだけれど、残念ながら、こちらを見ているのは、バットをもっている小さな女の子だ。

 これが、現実と言う事で、僕に危害を加えそうなバットが、金属製や木製なら、早足で逃出すか、ケイタイのボタンを、押して通報するという、大人げもない方法をとるのだけど、少女が手にしているのが、いかにも100円均一でも売れ残りそうな、プラスチック製のバットであったので、通報はしないでおくことにした。

 もしかしたら、通報しなかった理由の一因として、この青空のように、清清しい気持ちの影響なのかもしれない、先日運命の出会いをした、女の子に告白をしたところ、言い返事をもらえたからだ。
 名を里中えみちゃん、年下だが、とてもかわいらしく、今時の女の子としては、珍しいのではないかと思うぐらい、素直な良い子なのだ。
 小さい手もかわいらしく、ギュっと握り返してくれたときには、生涯の思い出にして、そのまま余韻だけで、暮らせるぐらいだった。

 そんなリア充ともいえる僕が、心に余裕がなくてどうするのだと言いたい。
 ニコニコしながら、あの握られたてのぬくもりを思い出しながら、かわいらしい恋人の事を考えていた聖だろうか、全く恋は盲目とは、よくいったもので、バットをもった女の子の事なんて、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたのが不味かったのだろう。
   
 「死ね、変態」

 電柱の影からいつの間にか、飛び出してきた少女のプラスチックのバッドが、なかなかの速度で太ももに当たった。
その後も少女は振りかぶって、がむしゃらに、僕に憎しみの目を向けて、変態、変態と叫びながら打って来た。

 えみちゃんとは、大違いの暴力的な少女だが、さすがにプラスチック製のバットのため、肉体的な痛みはさほど感じないが、見知らぬ少女に、変態と罵られて殴打されていると言う状況については、流石に精神的に参るものがある。

「待って、見知らぬキミに殴られる覚えないよ」

 僕の言葉に、さらに赤い顔を真っ赤に染めて、今にも噛み付かんとばかりに、白い歯をむき出しこちらを睨んでいる。

「だまれ変態、しゃべるな死ね」

 聞く耳を持ってくれないし、少女は何故か僕を変態と罵ってくる。
 
「街中で、見知らぬ高校生をつけまわして、変態と罵ってなぐるキミこそ変態だよ」
 
 下手したら男の急所にあたりそうになるし、先程から打たれている、太ももや脛がそろそろ痛みで熱が出そうだ、もし怪我したら、えみちゃんに救急箱で傷の手当てをしてもらったりするのも、中々悪くない考えかもしれない。

「何ニヤニヤしているのよこの変態」

 変態ではないというのに、少女は何故こうも僕を変態と決めつけたいのか、もしかしたらリア充な僕を妬む、誰かの入れ知恵なのかもしれない。
 そう思っているうちに、女の子の手が止まった、もしかしたら、僕を変態だと思えなくなり、えみちゃんほどではないにしろ、良心というものを持っていた、あるいはよみがえったのかもしれないと考えていたが、よくよく見てみるとプラスチックのバットがへこんで使いものにならなくなっているだけのようだ。 

「これに懲りたら、二度とえみに近付かないで」
「えみちゃんの知り合い?」

 おかしい、えみちゃんの天使のような優しさの周りに、こんな凶暴な子がいるなんてとてもおかしい。

「私はえみの姉よ」
「似てないねぇ、えみちゃんのほうが可愛い」
 
 思わず、本音がでてしまった、これからお義姉さんと呼ぶべき人に対して、失礼な態度になってしまったのかもしれない。
いや、しかしどう考えてもおかしい、えみちゃんのお姉ちゃんが、なんで僕をバットで殴るという暴挙にでてしまうのか。もしかしたら大切な妹が取られてしまった様に感じていて、それであのような凶行にでてしまったのかもしれない。
 もし、僕がえみちゃんのお姉さんだったら、たしかにその消失感、喪失感に耐え切れなくなってしまうのは、無理のない事だろう。
  
「大丈夫です、えみちゃんのお姉さん僕は、えみちゃんを幸せにする自信しかありません」
「だからえみに近付くな、この変態」
「それはできません、えみちゃんと僕は恋人だから」

 たとえ、えみちゃんのお姉さんに言われても、えみちゃんに近付くなというのは聞けない、ここははっきりと断っておくべきだろう。
 えみちゃんの恋人と自分で言っても、照れてしまう事だが、幸せなことだ。
この幸せを手放すと言うのは、僕に死ねといっているのも同然な事だ。

「うるさい、えみはまだ小さいから恋とかわかんないの」
「えっ初恋が僕って事ですかそれはなんか照れますね」
「照れるな気持ち悪い、変態」

 なんという幸せだろうか、初恋の相手が僕だなんて、これは幸せすぎて死んでしまうというアレではなかろうか。

「えみはまだ6才なのに、こんなヤツに恋なんて何かの間違い」
「6才でも恋は恋です。」
「うるさいロリコン」
「ロリコンじゃありません、小さい子がすきなんじゃありません、えみちゃんが可愛すぎて好きなんです」

 そう、小さいから好きなんじゃない、えみちゃんが好きなんだ。
 もう可愛すぎて僕自信がだめになりそうで、そんな僕の告白を受け止めてくれたえみちゃんが、さらに大好きでもう好き過ぎて、そんなえみちゃんと恋人になったので幸せの供給が止まらない、とめられないといった具合だ。
 
 僕の熱い思いが、伝わったのかえみちゃんのお姉さんがにこやかに笑ってくれた。

「うるさい、やっぱり死ねこの変態」

 目は笑ってくれず、まるで親の敵のような憎しみのこもった目だ、そして折れたはずのバットを勢いよく振りかぶって僕に投げつけた。
 最後の最後まで僕の事を変態と罵りながら、去っていった。

 どうやら僕のえみちゃんに対する熱い思いはお姉さんには、伝わらなかったらしい。 

あまね/
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