プロローグ

「ねぇ、おっさん」

振り向くと、そこには一人の少年がいた。

「お金くれよ、お金」
「お前にやれる余裕は俺にはねーよ。ていうかおじさんじゃない、お兄さんと言え」
「腹減ってるんだよ。こんな時代だろ? しょーがないじゃん」

 まぁ、確かに。
 相次ぐ不景気政策の失敗により、物価はみるみる上昇していった。今は十年前の約三倍である。王は次々と疫病にかかって伏し、次々と交代していく。

 まさにこの王都はこれまでにない最悪の状況であった。

 さらに、今この場所は王都の中でも貧困の者が暮らす言わば『スラム街』。金が無いのは当たり前というものだ。
 足場はゴミで埋まり、いろいろなところにゴミの山が見える。

「あぁもうしょうがないな……。ほれ、パンやるよ」

 カバンに入っていた一欠けらの麦パンを渡す。
 少年は嬉しそうに微笑み、廃屋の陰に座ってパンをかじった。

「お前、母親とかいないのか? まだ少し食料はあるからな」
「母ちゃんは先週死んだ。疫病にかかって。父ちゃんは一昨日王国軍に連れてかれた」
「それは……悪いこと聞いたな」

 王国軍に連れてかれた……、ということは奴隷として貴族に売られるか、新兵器の実験台となるか……。どちらにしろだな。

「だから残りの食料もおくれ!」
「まぁ……、ちょっとだけだ」

 バックから水とブドウを七粒出して渡す。

「もっとくれよー。腹減ったんだよ」
「そんなことしたら俺の食う分が無くなっちまう」

 ちぇっ、と言いながらまた食べ始める。
 それにしてもこの少年、痩せこけている。多分何日も食べていなかったんだろう。
 本当におかしくなったんだな、王都は。

「おっさん、名前なんて言うんだ?」
「ジュウだ。あとお兄さんな」
「ふーん。俺はキイって言うんだ。よろしくな」

 ニコッと笑い、その欠けた前歯を見せながら笑う。

「なあジュウ、ここであったのも何かの縁ってやつだよ。見たところおっさ…じゃなくてお兄さん、旅人だろ? 連れてってくれよ」
「まぁ確かに旅人みたいなものだが……ダメだ。危険すぎる」

 少年は十歳ぐらいだった。
 そんな少年を連れていくわけにはいかない。

「頼むよー。もう俺家族がいないんだぜ? このまま死ぬ前にいろんなもの見たいんだ。こんなとこにいてもすぐに死んじまう」
「って言ってもなぁ………」

 確かにこのスラムにいたらいずれといえど、すぐに餓死してしまうだろう。
 ならば少し、いろいろな場所に連れてってやり、王都の友人に預けるとするか。

「じゃあこの場所を離れる覚悟はあるんだな」
「あったりまえさ。この眼を見てよ」
「よし、じゃあ連れてってやる。ただし、しばらくしたら王都の友人に預けるからな」
「それでもいいよ、行こう!」

 少年は嬉々としてはしゃぐ、が食べていたパンやブドウはしっかりと握っている。
 こんな衛生環境の悪いところにいるよりもちゃんとしたところにいる方がいいだろう。

「ちょっと待ってて、旅に出る為の準備してくるから。二分で戻るからここで待ってて!」

 そう言ってキイはガラクタの山を越え、走って行った。

 そのまま十分過ぎたが、未だにキイは戻ってこない。

 二分で戻ると言っていた。少しぐらいの遅刻はあるだろう。
でもここはスラムだ。なにがあるか分からない。
猛獣も生息しているし、盗賊だってたくさん拠点を置いている。
 俺は、いそいでキイが走って行った方角へ向かった。
 キイはすぐに見つかった。

死体で。

キイの顔は恐怖に歪み、殴られたのかあちこちが青く腫れていた。
死因は喉にある傷。斬れ味から見ると剣のようだ。
近くには馬の蹄鉄の跡があった。
 剣を持ち、馬で移動する者。………王国軍だ。
 俺は蹄鉄の跡を追った。




「ガハハハハッ、おい見ろよ。これさっきのガキが持ってたんだぜ」
「あぁ? なんだそれ」
「パンだよ、パ・ン。パンなんて最近食ってないからな」
「んなもん、きったねぇガキが持ってたやつだろ……ったく」

「お前らか………、キイを殺したのは」


「ッ!! 誰だ!」

 見つけた。
 甲冑を着ている二人の男。仮面の紋章からして王国軍だ。
 二人とも馬に乗り、こちらを見下ろしている。

「なんだ浮浪者か。どけ、道の邪魔だ」
「…………」
「聞いてんかタコ。どけってんだよ!」
「おい男、いいかげんしにろよ」

 コイツらか。
 コイツらがキイを。あのまだ幼い男の子を。

「あぁもうメンドクセ―……。いいか、命令を聞かないのが悪いんだぞ」
「王国兵士としての権限で、お前を処刑する。いいな」

 男のうち、片方が乗っていた馬が前足を振り上げた。その軌道から俺の頭を狙っていることは分かる。

「脳漿ぶちまけて死になァ」

 迫ってくる蹄。かなりのスピードだ。だが、

ガシッ

と、その足を受け止めた。

「「ハァッ!?」」

 そのまま膝の駆動部分をフル稼働させ、馬を持ち上げる。
そして腰に力を入れて回し、背負い投げた。
 馬に乗っていた兵士は六百キロ以上ある馬に潰され、動かなくなった。

「ここまで腐ったかッ、王国!!」

「な、なんだテメ―は! なにしやがったッ」
「投げて潰した……だけだ」

 そして次はお前だ。

「貴様ァ、刃向かう気か!」
「なんとでも言え。俺は今、機嫌が悪い」

 兵士は馬から降り、剣を抜いた。
 その剣にはまだ乾ききっていない血が付いていた。

「お前か……キイを殺したのは」
「さっきのガキか? 俺が誰を殺そうと勝手だろう」
「…………このクズめ」

 兵士は思いっ切り剣を振り上げ、向かってくる。

「俺は王国軍、何をしようと許される……、全ては王国の為だァ―――ッ!」

 振り上げた剣を頭をめがけて振り下ろされた。
 その剣に向け、右手からのパンチを打ち込む。

 剣には大きなヒビが入った。

「ゲッ」
「馬と同じ攻撃とは……頭脳は馬並らしい」

 もうあんな剣では戦うことはできまい。もし振り回そうものなら剣先がどこか飛んでいくことになる。
 兵士の顔には恐怖の色が見えた。ヒビが入った剣を放り、後ずさり始める。

「お、お前は何なんだ……。馬を投げたり、剣を叩き割ったり…………」
「…………俺はこの王国の腐敗の象徴だ」

 俺はスルリ、と右手の皮手袋を取った。
 そしてその中から見えるのは鉛色に光る腕。

「俺はサイボーグ……。改造人間だ」

「か、改造人間…。貴様ッ、王国の……ッ」

 体の八割が改造されている体、サイボーグ。

 俺の体のあちこちには鋼鉄が見えている。体内も大体は機械だ。

「とにかく、お前らはおかしい。俺が王国を出る前より、ずっとな。それを正しに俺は戻ってきた」

 鋼鉄でできた右手で拳を固め、兵士の顔面へ叩きこんだ。
 潰れるような鈍い音と共に、鼻から鮮血が噴き出る。

「文字通り『鉄拳』だな。だがこんなもんじゃない……」

「俺の怒りはこんなもんじゃないぜッ!!」

「ブグッ……………タスケ…………ッ」
「これも………」

 腹へ叩きこむ。ベギリという音が聞こえた。

「これも、これも、これもこれもこれもこれもこれもこれもこれもッ!」

 次々と体へパンチをブチ込んでいく。
 血を吐き、腹が裂けてもやめない。
 兵士の腕が千切れ、肋骨が突出してもやめない。

「キイの恨みだァァァ――――――ッ」

 べギッ、ドグゥ、ガキョッ、ミシィ
 兵士へ連続で拳を入れ、とどめにフルスイングで顔面へ叩きこんだ。
 千切れるような音と共に首が吹っ飛び、回転しながら彼方のガラクタの山へ突っ込んでいった。この場に残ったのは人の形だった肉塊と、飛び散った血と、俺。

「………………………」

 手についた血を拭きとり、その場を離れた。




 俺はキイの遺体の場所へ戻った。
 集りだしたハエを追っ払い、キイを抱きかかえる。

 そしてゆういつこのスラムで本物の土と緑がある小さな場所へ来た。
 そこへキイを埋葬し、近くで摘んだ花を供えた。
 食べ物も供えようと思ったが、やめた。

 さっきキイにあげたもので最後だったからだ。

 俺は手を合わせ、その場を離れた。
 ……………ある誓いと共に。


 続く

ぽとふ
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ぽとふ

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