――たとえ幾千の時が流れても、どんな厄災が起ころうとも、ぼくはあの日の事を決して忘れられない。

 無数のビルが空を閉じ込めるように伸びていた。それでも空は地上の束縛を嘲笑うかの如く、その青を徐々に薄め、ビル群の窓ガラスを黄色く染めている。

 コンクリートジャングルに囲まれた、殺伐とした造りに温かな人が溢れる駅前で僕は一人だった。前を流れていく雑踏に目を向けると、焦った顔でスマホを通話するサラリーマン、楽しげに会話をする男子中学生の群れ、一人一人が躍動的に動き、足早に通り過ぎていく。

 その中でも一際目立って多いのは浴衣を着た人たち。黄色、赤色、青色……カラフルな布を靡かせながら流れていく人たちはとても美しく見えた。

 今日はこの近くの公園で、『文月祭』という祭が開催される。来客数100万人を誇るこの祭はこの辺りの最大規模の祭りで、最後には側の湾から2万発もの花火が打ち上がるという豪勢さだ。

 例にも漏れず参加する僕は、三時間後には打ち上がる花火に思いを馳せていると、不意にスマホがブザー音をポケットの中で鳴らした。見るとメッセージが一つ。

『ごめん、電車遅れてる、もうちょっと待ってて』

 なるほど、この止めどなく流れていく駅からの人だかりは電車をも遅らせているのか。

 人だかりを眺めるのにも酔って、空を見上げる。
徐々に、でも先ほどより確実に空の青は薄い。今日も一日が終わり、また明日へつながっていくのだろう。ビルに反射して見る夕日はさらに奥のビルの陰に隠れようとしていた。

 鞄の中にある、とあるものを確認していると、視界がいきなり暗転した。パニックに陥りそうな気をなんとか宥め、状況を確認すると、目を後ろから何かに押さえられているのに気付いた。取り除こうと触れると、それは少し冷たい柔らかい手だった。それに仄かなミントの香りを感じる。

「やぁ、ボクは誰かな」

 鈴の鳴るような澄んだ声は不思議と、雑踏の騒音の中でもよく聞こえる。

「ボクを一人称にする女の子は僕の知る限り、天里彰あまさとあきらしかいない」

「む、ケイの癖に生意気だぞ」

 ケイって、僕、田上圭介たがみけいすけをケイと呼ぶのは君しかいない……もう隠す気もないようだ。苦笑していると目を押さえている手の片方を外して、首にかけられる。これは、まずい。目を塞がれたまま後ろから首を絞められる。後頭部の辺りにやわらかいふくらみが当たっているが、今はそれどころではない程に苦しかった。

「う、ギ……ブ……」

 頭に血がのぼるし、呼吸はできなくなるのでかなりきつい。しかし彼女も僕を本気で殺そうとは思ってないらしく――そこまで恨まれる節もない――ので、しばらく締めた後、飽きたのか疲れたのか離してくれた。

「酷い……」

 涙目になって抗議すると、彼女は満面の笑みをたたえていた。

「だって君は涙目が一番かわいいから」

「鬼か!? はぁ……とりあえず、お疲れ様。こんばんは」

 こんなやり取りは日常茶飯事でもはや怒る気にもなれなかった。それに僕は、――断じてMではないが――それに彼女もきっとこんな関係を嬉しく思っている。

「こんばんは、さて今日は絶好の祭り日和だ」

 彰はひらりと回る。彼女もまた浴衣だった。白地に桃色の朝顔のあしらわれた清楚な浴衣。けれど彰が着ると悪戯好きの中学生に見えるから不思議だ。お互い社会人二年目なんだけどなぁ。高校時代からの付き合いなのを加味しても大人としてそろそろ振る舞って……いや、彼女はこれくらいの方がちょうどいい。

「可愛い、似合ってる」

 僕が差し出した右手に、彰は左手で返して指を絡めた。

「勿論! ボクが着ているから」

 彼女が見上げる空はビルに囲まれて切り取られながら、ゆっくりと紫色に変わっていた。



side 彰

 祭り会場となっている公園に着くと、そこはまるで異世界のようだった。体の芯を揺さぶるような和太鼓の重低音に、活気溢れる掛け声に笑い声が合わさって独特の雰囲気に包まれている。隣りにいるいつも冷静な彼も、少しテンションが上がっているようで会話が弾んでいた。

「さて、何から楽しもうか?]

「僕はお腹すいたから何か粉ものが食べたいけど……彰は何がいい?」

「ボクは喉が乾いたかな。我慢できなくもないけど」

「先に飲み物を買おう、熱中症に水さされたくないし。何がいい?」

「ありがとう,カルピスで」

 彼は軽く遠目で辺りを見回し、一番近い屋台に歩いて行った。

「カルピスください」

「あれ、ケースケじゃん、こんばんは。デート?」

 そこにいたのは、私たちの学生時代からの友人の一人、秀しゅうだった。眼鏡をかけた優男で、いつも飄々とした性格で、本心が読めないところが私は好きではないが、ケイはその思考が分かるようで、前に『秀は単純なんだよ、ああ見えて。大人ぶって裏方に徹しているだけ』と笑って言っていた。

「そんなところ。邪魔したら許さないよ」

「やぁやぁ、彰ちゃん。こんばんは。はいカルピス」

「どうも、いくら?」

「後でご一緒させてくれたら無料でいいよ?」

「百万円払うから消えてくれないかな?」

「酷いねぇ、150円だよ」

 普段のスーパーなら110円くらいだろうに……と言うのは野暮だろう。祭りの雰囲気代が割増しに入っている。二本買って、屋台を後にした。

 二人でちびちびカルピスを飲みながら何となく屋台を見て回る。金魚すくいに夢中になり、浴衣の袖を濡らす女の子達。仮面をかぶって走り、大きいお兄さんにぶつかって怯えて固まっている男の子達。フリースペースに設置されたテーブルでは、カップルが胃がもたれるような甘い空気を生産している。

「こうして見ると、ただこの中を歩くだけで楽しめるな」

「うん、ボクたちが求めるのはここで得られる物ではなくて、この雰囲気なのかもしれない」

「それは言えてる」
 ケイは笑って同意した。

「それでも、僕は祭りが好きだ」

 私はちょっと意外だった。ケイは好き、という言葉を使いたがらない。ちょっと嬉しくなった私は誤魔化しにケイを締め落としとしてやろうかとも思ったけれど、余りに理不尽なので、カルピスを飲み干して近くのゴミ箱に入れて、

「じゃあこの雰囲気に全力で飲まれようか?」

 ケイに右手を差し出した。ちょっとその手を見つめた彼はおずおずと言った調子で握り返してくれる。

「そうだね。花火が上がるまでに屋台を制覇しよう」

 それから私たちは遊び尽くした。

 射的では私に脅されたケイが意外な才能を見せ、賞品を次々と獲得していく。店が継続できないと泣いて懇願したので、一つだけぬいぐるみをキープさせてもらうことで手を打った。

 代わりに金魚すくいでは私が圧倒して、最後には私がポイで持ち上げた金魚をケイのポイに滑り落として穴をあけてやった。その時のケイの絶望的な顔は思い出すたびに笑ってしまう。

 焼きそばを食べ、リンゴにかぶりつき、かき氷に頭を痛めた。


 夕闇に包まれるにつれて、屋台の電飾が一層煌めき、集蛾灯のように僕らを引き付ける。

 気付けばもう間もなく花火が打ちあがる時間となっていた。

「さて、そろそろ行こうか?」

 ケイが言うには、既に観覧場所は予約してあるらしい。公園の外周の道を私の手を引いて前を歩いていく。

 こうしてみるとやっぱりケイは男の子だ。私より一回り身長は高いし、手は大きいし、腕力がある。夕方の待ち合わせでは弄られたけれど、本当に腕力勝負をたら私は足元にも及ばない。

「ケイ……」

「何? ごめん、歩くの早かった?」

「なんでもないっ」

 ケイを引き寄せて腕を絡ませる。肩越しに伝わる温度に満足する。

「……ありがとう」

「まだお礼を言うには早いよ」

ケイに手を引かれて着いたのは海沿いに立つ、この辺りで一番高いビルだった。案内板に従いエレベーターに乗り込むとかすかな浮遊感がしばらく続き、無機質な音と共に扉が開いた。

「わぁ……」

 目の前に広がったのはダイヤモンドを散りばめたような夜景。美しい夜景を100万ドルの夜景なんて言うけれど、これがまさにそれだと思う。

 無数に立つビルの蛍光灯、水流のように流れる車のヘッドライト、先程まで私たちがいた公園の提灯。それぞれがそれぞれの存在を夕闇に落ちたこの世界で声高に主張している。

 すでに大勢の人がこの屋上に集まっているが予約制なので混雑はない。みんな等間隔に並べられたベンチに座って花火の始まりを今か今かと待ち望んでいる。私たちもチケットに書かれた、出入り口近くのベンチに座り、一休みするように夜空を見上げた。

「思えば長かったなぁ……」

 唐突にケイが話し出した。

「どうしたのさ急に?」

「いや、さ、再確認しようと思ってさ。この幸せが現実なn「むぎっ」

 頬を思いっきり、効果音付きでつねってやる。

「ケイの分際で歯の浮くような言葉を言うな。それにTPOをわきまえろ」

「僕っていったい何!? しかもこの夜景でこのタイミングならTPOわきまえてるとは思えない!?」

「う……だって、その……恥ずかしい……」

 仕方ないだろ! 私だって女の子なんだ! 悪いか!?

「……ごめん、でも言わせてほしいんだ」

 無言で頬をもう一度つねろうとして、既に赤くはれているのを見て止めた。

「……何? 花火が始まる前に終わらせてね」

 言われることはわかってる。
 花火大会前の夜景を見ながらなんて、ベタでベタでどうしようもないけれど、ニヤけてしまうのを押さえられなくて、冷たい態度をとる自分が憎い。

「わかってるって……。わかってる……」

 ケイは私に向き合った。

 ケイの黒曜石のように黒い目が私を捉える。

 視野が狭まっている。

 周りの雑音が緩やかに消えていく。

「愛してる、彰。僕と……結婚して欲しい」

 人生最高の瞬間なのが直感でわかった。視界がにじんだ。頬を暖かいものが伝う。返事をしようと口を開いた、

その瞬間、耳をつんざくような悲鳴が響いた。

 なんだ、この瞬間を邪魔するのは何人でも許さない!

 しかし、ケイは私の後ろを見たかと思うと顔をこわばらせた。私は肩を掴まれて引っ張り立たされると背中を押されて走らされた。

「な、何起こってるの!?」

「通り魔だ!!」

 え……私がその言葉の意味を理解する前に、ケイは立ち止まり、私は前につんのめって倒れた。そして、反射的に上を見上げ、私は見てしまった。

 黒い雨合羽を着た人が、ケイの腹に果物ナイフを突き立てる、その瞬間を。

 スローモーションで見える世界で、果物ナイフは抵抗なく緩やかにケイの腹に食い込んでいく。
刃の半分ほどが刺さってから、ケイの手が通り魔の腕を掴む。

通り魔はナイフを引き抜こうとするが、ケイが離さない。

もみ合いの末、通り魔は諦めてナイフを離し、ケイの腕を振りほどく。

その刹那、たくさんの男性陣が通り魔にとびかかり、捕縛した。
 
一連の出来事をまるでドラマを見るように、客観的に私は眺めた。

我に返ったのはケイが呻きながら崩れ落ち始めてからだった。

「ケイっ!?」


 5年後。
「ねぇ、今日この辺り花火大会があるんだけど、天里さんも来ない?合コンも兼ねてるんだけど」

 大学を卒業した私はとある銀行に勤めていた。業務後の後片付けをしていると、何も知らない後輩が話しかけていた。

「ごめんなさい、今日は実家に用事が」

 実際には予定なんてないけれど行きたくなかった。行けるわけがなかった。

 手早く荷物をまとめて職場を去る。後ろで何かしら声が聞こえるが無視だ無視。

斜陽の差すオフィス街は仕事終わりの人たちの喧騒が響き、さながら祭りのような賑わいをみせている。実際に近くで祭りがあるために既に浮き足立っている人もいるのかもしれない。私はその全てを無視して、ある場所に向かった。

保育園。可愛らしい門をくぐるとひとりの女の子が私のもとにかけてきた。

「ママだー!」

「はい、ママですよ。元気にしてましたか?」

「うん、砂場でピサの斜塔作ったの!」

 指さす運動場の砂場には、イタリアから縮小して持ってきたかのような高さ2m位のピサの斜塔が建っていた。本当に砂で作ったのか疑わしくなるほどに精緻につくられていて、周りに保護のためか規制線が張られている。

「偉いねー、後で作り方教えてくれる?」

「うん! 簡単だよ!」

 娘を追いかけて来た先生に一言二言話して娘を引き取る。小さな手をとって夕焼けで黄色く染まった道を二人で歩きだした。影がとても長く伸びていた。


 今日も平和に過ぎる……そう思っていた矢先、不意にあの日のフラッシュバックに襲われた。


 崩れ落ちるケイを抱き止めて確認すると、腹部にナイフが深々と刺さって、服が赤黒く染まっている。思わず抜こうとして、慌てて止めた。このまま引き抜けば出血死してしまう。
「ケイ! ケイ!!」
 寝るな。起きろ。返事をしてくれ!

「……だい……じょ……ぶ」

「ああ、そうだ! 大丈夫だ! ボクが助けるから安心しろ!!」
 血がゆっくりと屋上のコンクリートに染みを作る。

「あり……がと、しんで……たまるか……」

 銀色の刃がビル灯りに鈍く光る。
「そうだ、その意気だ! こんなナイフ一本でボクのケイが死ぬわけない!」

「あはは……そうだね……なら……いまは……」

 ケイは震える手で私の背後を指さした。

「はなび、たのしもうよ……」

 私は初めてケイから目を逸らし、後ろを顧みた。
 夜空に大輪の黄色い花が咲いていた。とても不謹慎な美しい花だった。

「わら……てよ……あきら……だいじょう……ぶ……だからさ……」

 彼は柔らかに笑い、その声はとても優しかった。
 今も真紅の、命の欠片を止めどなく失い続けているとは思えないほどに。
 私は初めて私が泣いていることに気が付いた。

「笑えるわけ……ない、じゃん……」

 私のこぼした一滴の涙がケイの頬を伝い、途中で真紅に混ざって消える。
 さらに一つ、二つと零れる。しかしそれも全て床の真紅を薄めることはない。

「わらって……ほしい、んだよ。わらったあきらの……」

 ケイは満面の笑みをボクに見せた。

 天使がいるなら、こんな顔なのだろうか。いや、そんな言葉でさえ生ぬるい。ケイの笑顔は地球の言語の粋を集めても敵わない素敵な笑顔だった。

 そして、私もまた笑顔で返した。

 最悪の笑顔だっただろう。薄く塗っていた化粧が涙で流れてしまったたまま、泣いてできた眉間の皺もそのままの、女として最低の笑顔だっただろう。

 ケイはそれでも目を細めて、口を開いた。

「                        」



 現実に引き戻される。

「ねぇ、今日ねー、花火があるんだって」

 今のフラッシュバックはその、せいか……。

「ふーん、誰から聞いたの?」

 繁華街から住宅街に入った頃、娘が突然に言った。私は努めて平静を装ったけれど、唇は震えていた。

「大介くん。家族で見に行くんだって」

「そう……」

 この子は実家に預けてた頃に、一度だけ花火を見た事があるらしい。それ以来、花火大会に行く事を楽しみにしているけれど、私は一度だって連れて行かなかった。花火は嫌でもあの日を思い出す。

「さて、今日の晩御飯はハンバーグよ、ハンバーグ好きでしょ?」

「うん!」

「じゃあ早く帰りましょうか、あの電柱柱まで競争よ!」

 先に駆け出すと、娘も慌てて走り出す。私は大人げなく必死に走った。それでも歳のせいか、勝ったのは娘だった。

「やったー!」

 万歳して喜びを爆発させる。これで花火は忘れただろう、卑怯なことをして、ごめんね……。

「ハンバーグ、一個おまけしてあげるね♪」

「うん、うれしい! けれどお弁当の減らしちゃだめだよ?」

 我が娘ながら単純なのかしっかりしてるのか……。けれどそこがケイの私の娘らしさなのかもしれないと思うと苦笑してしまう。

 二人でもう一度手を繋いで歩き出す。華奢で小さな手がすっぽりと収まっている。走るときに握りしめていたのか、さっきより温かい。

 やがて私たちは丘を登るように取り付けられた途方もなく長い階段を上り始めた。この階段を上った先に今年からお世話になっている神社兼アパートがあるのだが、上るたびにこの階段の長さに呆れてしまう。

「ねぇ、もしかしたらさ」

「どうかしたの?」

「ここからなら花火、見えるかな?」

 虚を突かれた。

「ほら、ここからなら町一望できるしさ」

 振り返れば、既に町は見事な夜景に変わっていた。白色の光の商店やビル、幹線道路はヘッドライトの白色やテールランプの赤色が交錯している血液のように流れている。やたら七色に輝いているのはパチンコ店か。

 その先、遠く光の絨毯が途切れた先に海がある。既に黒い硬質な雰囲気を讃えているけれど、おそらくあと一時間もすれば色とりどりの花に彩られるだろう。

 どう答えよう? どう答えればこの子を傷つけないか。

「いや、もういいの。ゴメンね、ママ」

 娘は私の手を離れて階段を駆け上り始めた。一拍遅れて追いかけながら、私は重大な失態に気が付いた。

 私は私が傷つかないことを優先した上で、この子の傷の心配をしていた。それに対して娘は、子供の直感で私が花火を嫌っていることに気が付いて、私を優先させて花火を諦めた。

「待って! 有紗!」

 私は叫んだ。有紗は立ち止まり、私を見下ろすように眺めた。

「ありがとう。花火、見よう?」

「いいの……ママ?」

「もちろん。ママ、花火見たいな。花火ってすごいよね、空にあんなに大きな花が咲くんだもの。とっても綺麗よね」

「うん!」

 私たちは一旦アパートに戻り、飲み物だけ用意してから、時間を見計らって外に出た。辺りはすっかり夜闇に包まれて、鬱陶しいセミの鳴き声は消えて、代わりに叢から澄んだ音が聞こえてくる。階段に腰かけて、より鮮やかさを増した夜景を眺めた。

 不意に花火が上がる。大輪の花が咲いて、お腹の奥を揺さぶるような低音の爆発音が遅れて届く。なんだ、こんなに近いのか。どっちにしろ私は花火から逃げられなかったかもしれない。

「ねぇ、ママ、綺麗ね!」

「うん、きれいだね」

「わぁー、今度は沢山!」

「すごいね、多いね。それもカラフルだね、金平糖みたい」

「なんだか筋になってゆっくり落ちていく、綺麗だけど……失敗?」

「あれは錦冠菊っていうの。柳のように垂れ下がるのよね」

 有紗が歓声をあげて、私が合いの手を入れる。そんなことが何回か繰り返されて、

「わぁー…、ママ、どうしたの? なんで泣いてるの?」

 顔に手を当てて、その手を見ると確かに濡れている。それに少し、震えていた。いつからだろう?

「ママ……?」

 理由はわかっている。あの日のフラッシュバックだ。けれどまさか、まだ涙が枯れていなかったとはね。泣いて泣きつくして、空っぽになったと思ってたのに。

「ねぇ。有紗、ママの事、好き?」

「うん、大好き! ママの事、大好きだよ!」

 薄暗い世界で見る有紗の笑顔は太陽のように輝いていた。引き寄せて、背後からそっと抱きしめる。小さなぬくもりがすっぽりと収まった。

「ありがとう、私も好きだよ、有紗……ケイ……」

 花火は上る。空には大輪の花が咲く。そして瞬く間に消える。

 これは開く前に消された物語と、その残り火。

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