高校生としての最後の一日、世間一般で言うところの青春時代の一日。
 この日なんで見てしまったのだろうか。

 会話もなく、教室で見ていたとしても後ろ姿だけだったのに、なぜ今日に限って、見てしまったのだろうか。

 ガラにもなく、普段なら絶対に、起きないような時間に起きてしまい、何もすること無いなら、最後になる教室で、すこしだけ、何か分からない感傷に浸りたかったのかもしれない。

 多少の晴れやかな気分と、少々の寂しさの残るであろう教室に向かう玄関口で、会ってはいけないクラスメイトの女子に会ってしまった。

 一つ前の席の女の子。

 1年間もの間、席替えが行われても、その後ろ姿だけしか見ていないのに、今日に限って、本当に今日に限って、真正面から見てしまったし、目が合ってしまった。

 おっかなびっくりといえばいいのだろうか、ぎこちなく、急にクビが錆びたように上手く動かなかったが、それでも小さく会釈をした。

「おはよう、早いね」

 話しかけてきた声に、どう反応したらいいのかわからず、うんと声にもならない小さな声で、下駄箱から上履きを取る手すらおぼつかない感じになり、結局もたついてる間に、一緒に廊下を並んで歩くことになってしまった。
 
 話しかけてくる言葉に、返事を上の空で返しながら、通いなれたはずの廊下が、泥沼のように歩きづらく、居心地が悪いような気がするのに、向こうはそんな居心地の悪さなど無いように、普段彼女が、女友達と喋っているように軽快に言葉を投げかけてくる。
 
 彼女は笑いながら語りかけてくる、笑い声が廊下にひびいていく時間にほんの少しだけ居心地はしだいに良くなっていく。

 教室のドアをあけるとその時間は終わりを告げる、まさに夢をみていたような嬉しい時間だった。
 教室のドアを開けたあと、目が覚める。

 高校を卒業して数年、いまや立派な社会人の一員だ。
 あの夢のような一日から数年しかたっていないのに、夢で高校生の頃を体験すると現実はずいぶんと年をとったように感じてしまう。
 
 あの頃のように、なにか女性に対して、気恥ずかしさを感じる事もなくなってきた。
 飲み屋のお姉さんのようなビジネスでのお付き合いや、数ヶ月前に自然消滅した元カノとだって色々あったのだから。

 今あの頃に戻れるなら、クラスメートの女の子とだって話せるかもしれない。
 
 そう思うと、戻りたくなった。
 もし、戻れるのであれば、あの高校時代に戻りたい。

 一日だけしか喋らなかった、あの日だけじゃなくて、一日、三日、一週間、一ヶ月、三ヶ月、半年、一年と彼女の明るい笑顔をみながら喋れたらどんなに楽しかっただろうか。


 夢に見るまで思い出せなかった。
 あの幸せと感じた一日。
 クラスメートの彼女の笑顔。
 クラスメートの彼女の声

 一日しかない彼女との思い出が、一年以上続くとしたらどんなに素敵なことだろうか。

 高校卒業してから、数年と数ヶ月と数日。
 あのクラスメートの女の子に恋をしていたと気づくにはずいぶんと長いロスタイムだ。

 気づいたときには遅い。
 ロスタイムは長くは続かない。

 もう青春と言う時代は過ぎてしまっているのだから、試合も終了している。
 
 あの一日は、きっとまた、忙しさの日々に埋もれてしまう時間なのだろう。

  
 

 

あまね/
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