おれは食っていたたこ焼きをぼとりと落とした。
「アアッ、圭ちゃんのばか。何してんのよ」
「由紀ちゃんわりっ、ちょ、ちょっと急用できた」
「ええー、花火これからよ」

誘っておいて申し訳ないが、お付き合い中の彼女を放っておれは走る。

あんなの見たことがない。
なんだなんだ、コスプレか。それともイベントショーか。
銀色になびく髪に、切れ長の目もと。
皮膚の色は真っ青。むしろ濃紺に近い。
戦闘もののヒーローのような格好。マントがはためいている。
しかしグラマーな女だ。



屋台が堤防沿いに立ち並ぶ中、おれはカキ氷屋の看板の向こうに彼女の姿を見た。
そして彼女はおれに向かって手招きをする。
何かと思って、おれはジェスチャーで自分を指差す。
彼女はうなずき、微笑んでいた。

たこ焼きなど食っている場合ではない。
運命の人か。
心がざわめく。何かがおれの身に起こっている。
人ごみを掻き分け、その不思議な姿の女のもとへ駆けつけた。

心臓が波打ってどうしようもない。
急に走ったからというだけではない。
幻ではなかった。そこに彼女はいる。
異様な風貌には変わりないが、間近で見るその佇まいのなんと美しいことか。

「なあ、あんた誰なんだ。おれに手招きしていたろう」
「確かにそうです。あなたは選ばれた。さあ、行きましょう」

濃紺の手がおれの手をつかむ。
暖かい。
手を引かれながら話し続けた。

「なに、選ばれた。なんのことだよ」
「説明を聞きたいですか」
「もちろん。まずはあんたが誰かを聞きたい」
「私はこの星で言うところの、サイバノイド。コードは『F』。もうじきこの地球上に人類はいなくなるのです。
私を作った研究所では、文明を持つ生命体について論文をまとめています。その際、どうしてもサンプルが必要なため、現在収集中なのです。
この地球には私のようなサイバノイドが北半球に500体、南半球に500体。計1000体が放たれました。
それぞれの土地のそれぞれの民族の中で、平均的な男性が選ばれています」
「なんだそれ。うそでしょう。その平均的な男性ってのがおれかい」
「そうです」
「じゃあおれは、宇宙で解剖でもされるっての」

冗談じゃない。そんな恐ろしいこと真っ平だ。
おれは由紀ちゃんと一緒にたこ焼きを食べて、花火を見て、キスしたいんだ。

立ち止まり、手を振り払う。
気づかないうちにずいぶん歩いたらしい。あたりは野原で人の気配がない。

「あなたはすでに生命活動を開始している。そのような野蛮なことはしません」
「じゃあ、どうするってんだ」
『F』はうつむいてこう言う。
「私は、あなたと交尾をするためにここへ来ました」
「こうび」
「私は宇宙的に普遍な卵細胞を持つ生物です。この地球に良く似た星で生まれた細胞から培養されました。
あなたと私の受精卵からサンプルが創られます。そして、それは研究所内で永久に保存されるのです」

開いた口がふさがらない。
なんだよ、これは。いきなり現われたこの女とセックスしろって…いやあ。無理だ。

「おれ、無理」
「あなたは選ばれてしまったのです。私は、私はあなたのことを…」

刹那、閃光が走る。
『F』が真青な炎に包まれた。

「私があなたを選んだのです。あなたが生まれたときから、ずっとずっと見ていました。
私はあなたを愛しています。けれども、あなたは私を愛することが出来ない。
ああ、あなたと同じ星に生まれたかった。同じ時間を生きたかった」

青い炎の中で『F』はそうつぶやき、炎とともに跡形もなく消えていった。



「圭ちゃぁーん、こっちこっちー。もーどこ行くの。そっち花火見えないよ」
由紀ちゃんがこちらに走ってくる。
浴衣から、白い脛が見え隠れしていた。

「由紀ちゃん」

おれは彼女を強く抱く。

ドーン パラパラ…
花火が、始まった。
咲いた瞬間散る花。

「…どうしたの、圭ちゃん。泣いてるの」
「おれ、花火が好きだよ。造花なんかじゃない。一瞬で消えるものだから、いいんだよな」



夜風が煙たいほこりを優しく撫ぜ清め、幾つもの美しい花火を輝かせていた。

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