シドは、あくまで理知は保っていた。当時の犯行映像を観賞し続け、一種の追体験から自身がエスだと錯覚する様な影響者には陥っていない。エスに対する畏敬の念は有るが、盲目的信者では無いのだ。
(あくまで個人対個人として彼に出逢いたい……。寄り掛かり合うのではなく、自分自身の立脚で彼と同じ地平に立ちたい……)
54 :SID:
俺はエスを助けに行く。
自己を救いにも行く。
共犯者を求む。
掲示板へそう簡潔に書き込むと、シドは立ち上がり音と光の洪水の中を決然と歩き始めた。そしてその様子を見て取り、同席していた仲間達が訝しげに問い掛ける。大音響のダンスミュージックや喧騒に掻き消されない様にと、張り上げられた大声。
「シド、どこへ行くんだっ!?」
シドは背中を向けた侭、振り返る事も無く淡々と呟いた。その呟きは返答とも独り言とも付かない声音で、仲間達の耳元迄届いたかどうか定かでは無い。
「……救いに行くのさ、エスと、自分の心をな……」
*
国籍番号896501756と呼称される女性は、鎮座するしか他に無い自室の中でげんなりと溜息を搗いた。室内や玄関先、自宅周辺に頑強な刑事達が常時警戒態勢を敷き、張り込む様になってから数日……。
本来見知らぬ男性達が、事件解決の為とは云え強面を崩さぬ侭で玄関先では凝立し、叉数人は室内で居座り続けると言う緊張状態では彼女も安堵する暇が無い。
そう、一時期ぎこちない不仲に陥りつつも、彼氏に和解を持ち掛けた祝祭当日。祭典を一緒に観回る事も一つの和解の切っ掛け、と想いを募らせていたあの日。彼氏は突如として豹変し、街中で時の喊声を挙げ一躍重大犯罪者となってしまったらしい。
返信の文面は彼女に対する別離の挨拶であり、社会全般に対する異心の告白であり、そして今正に決行する寸前の犯行予告だった。そこで事件報道が沸騰する頃合いと相前後する様に、彼女は世間を収攬させている通り魔が自分の恋人だったと理解した……。
理解は出来てもその現実を受容出来ず呆然自失としている渦中に、門扉を物々しく叩く音が耳朶を打つ。扉を開けた瞬間、数人の精悍な男性達は儀礼的に警察手帳を彼女の眼前へ突き付けて来た。
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