私は父親として、社会人の教育的責務として若干威圧的に断じた。矢張り子供へ言い聞かせるには、多少の権威を滲ませなければならない場合も有り得る。しかし、それでも息子は承服し兼ねる態度を崩さず、他愛の無い質問を止め処無く語り続ける。
「もし、裏道で見た事の無い綺麗な景色があったらどうするの?」
「いいかい、素直に言う事を聴きなさい。目的地に着く事が大事なのであって、途中の道のりや景色等は関係無い、どうでも良い事なんだ。気紛れなんて何も齎さない。ヘッドギアの指示には従わなくてはならないし、その通りに従っていればヘッドギアは万能で間違い等無いんだから……」―)
……そうだ、あの子は指示に無い道へ行きたがる事が間々見受けられた。それは幼児特有の無邪気な好奇心や他愛無い気紛れと看過して来たが……。
ヘッドギアが文章や音声映像を同期させ低度の警告を発する。
『ヘッドギアの指示に従って下さい。進行方向と目的地が違います』
『ヘッドギアの指示に従って下さい。現在時間から到着予定時間を修正する必要性が生じます』
『ヘッドギアの指示に従って下さい。ヘッドギアの指示に……、ヘッドギアの指示に……』
思えば現代社会の人間は誰一人として道に迷った経験が無い。息子は、敢えて見知らぬ道へも踏み出したい、迷う事で得られる何かも有り得るのではないか、と子供ながらに精一杯訴えていたのではないか。
ここ暫く本格的な調理作業がされた形跡の無い整然とした厨房は、住人達が存在していると言う生活感の様なものを日に日に希薄にせしめていた。
(……もう、私自身も疲れ果ててしまった……。責任を取ってこの人生を終わらせたい……)
普段料理は妻に任せ切りで、道具の配置一つ覚えていないものだが……。そんな小道具一つ取っても、ヘッドギア電脳は画像記憶、映像記録から物品の情報も詳細に提示してくれる。
画像や名前を検索すると、個人の記録映像からどこにその品物を置いていたのか、個人の使用回数から頻度迄も時間を巻き戻して精査する事が可能なのだ。また逆に何等かの道具を視認した際、対象に於ける名称、使用方法等も逐一百科事典を紐解く要領で調べられる。
父親は、台所の戸棚に仕舞われていた包丁をヘッドギア情報から見付け出すと、その刃物の放つ光沢にじっと魅入られていた。
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