18話 我が力、高みに登る
「燃えろぉ! 燃えろ燃えろ!」
おじさんが腕を振るうたび、オレンジに煌めく粒子と炎が線を創りだす。それに触れてしまった小鬼の肌は焦げ、痛みに大きな叫びを上げる。ゾンビもまた、声は出ないものの部位を欠損させて倒れゆく。
八尋にしてみれば、そのおじさんの心象はあまり良くはない。それでも彼の持つ力は、確かな力を持っている事実は認めるしか無い。今この瞬間にも、校庭たくさんに溢れかえる敵の数を減らしているのだから。
「でもそれは、僕も同じだ!」
昇降口から駆けながら、八尋は腕を広げる。緑の粒子が八尋を包む。
ただそれだけで、八尋の周囲には小さな風の刃が無数に展開した。空間を完全に埋める程の刃は彼の動きとシンクロし、しかし人間には当たらないよう機敏に動きを変える。そのお陰で被害が出ていないからいいものの、透明な刃は確かに、全てを切り裂く力を秘めているのだ。
八尋が2つの腕をしならせ、前へとかき出す。
彼の横を追従していた刃たちが、一斉に拡散した。
ヒュンヒュンと空気を切り裂く音を鳴らしながら、ほんのり存在を認識できる程度の刃が襲いかかる。前衛で小鬼を抑えていた者たちの間を縫って、それは次々と敵へと命中した。
細い腕は切断され、体はパックリと裂けて足が千切れ飛ぶ。頭に当たった刃は頭蓋骨をも砕き裂いて、中身を辺りへと飛び散らせた。
風の刃は、決して対象を引き裂くだけでは済まさない。何かに当たれば切り裂き拡散して、斬撃からの物理的ダメージを生み出す。残念ながら風の刃が当たっただけでは致命傷とはなり得なかった敵も、その風圧のお陰で吹き飛び、そして体勢を崩す。
「あら……思ったよりも強力」
最前線まで一気にかけ出ると、八尋はようやく動きを止めた。そして自分が起こした惨状に感嘆の声をもらす。確かにそんな言葉が自然と生まれてしまうほどには、彼の攻撃は凄まじい威力を秘めていた。
突如として敵が吹き飛んだことで、今まで戦っていた者たちも傍と動きを止め、いつの間にか現れた八尋の方へと視線を向ける。
「お前……お前は……」
その中の1人、恐らく一番近くにいる人間のおじさんは、八尋を見て愕然とした表情をみせた。
「助けに来ました」
「いや……お前……お前がこれを?」
「はい」
何故かうろたえるおじさんの言葉に、八尋は何でもないように返す。恐らくこの中では一番の力の使い手であるおじさんは、その八尋の態度に渋面を作った。強大な力と、そして余裕が、彼のやりたいことの邪魔になってしまうから。
「おい上!」
剣呑な雰囲気が漂い始めたところで、八尋の後から大声が飛んだ。
瞬発的に、その場にいた全員が視線を上へと向ける。
「今度はそっちか……」
緑の粒子が巻き起こった。それは風にのって、上からゆっくりと近づいてくるゴーストを襲う。
八尋が初めてゴーストを殴った時、拳は確かに虚ろな陰をとらえた。ゴーストの手は人の体を貫通するのにも関わらず攻撃が届いたのは、粒子の影響があったお陰だと八尋は予想している。
なにせそれしか考えられないのだ。よくわからない敵には、よくわからない力で対抗するしか無い。そしてあの時に発現していたよくわからない力は、粒子だけ。
「バッチリ」
体から離れるといつの間にか消えてしまう粒子を使い、広範囲に壁を作るような攻撃を繰り出すと、それがなんとも上手く行った。
隙間など無いのではないかと思えるほど(確実に隙間は無いだろうが)の密度で襲い来る粒子たちの間を縫って進むには、ゴーストの大きさでは大きすぎた。倒すまでの威力は出ないものの、粒子の壁は確実に虚ろな体を押し返している。
「そしてこれからどうすればいいんだ?」
ゴーストは押し返している。押し返してはいるが、ただそれだけだ。その陰が消えることは無い。
しかし敵がまだ生きているのだから攻撃の手(防御の手ともいえるのか)を緩めることはできない。とにかく風を送り続け、自分のどこから出ているかもわからない粒子を撒き散らす。
「攻撃はできない……でも、押し返せるのなら」
そう時間もかからず、八尋の頭のなかに1つの解決策が生まれてきた。その時には粒子の中に緑だけでなく白も紛れ込んでいる。その白い粒子が彼の思考を活性化させ始めているのだ。
頭の中で囁く声の如き思考に従って、八尋は天へ手をかざす。
その動作が風……つまり空気の流れに影響を与え、粒子を内包したままに1匹のゴーストを捉えた。壁を作っていた緑と白の混ざった粒子が、ゴーストの周囲を取り囲む。当然そこに隙間などは生まれない。生ませない。
いつも緩慢な動きをするゴーストは、逃げられなくなっても変わらず、しかし戸惑ったように顔の部分を彷徨わせる。1匹を捉えても壁が消えるほどの粒子を使うわけではないので、まだ自由なゴーストは運悪く捕まった仲間に注目していた。
「こう……やれば」
そして八尋が開いていた手を握った。
ゴーストを捉えていた粒子の檻が、一気に収束する。
まずはゴーストの外観通り人型になり、それでも粒子はその陰を押し込もうと力を加える。
段々と、ゴーストが苦しむように体を動かし始めた。もし口があったのなら、大きな叫び声を上げているはず。空中であるがために、大地という縛りが無いためにその暴れ方は凄まじい。
それでも八尋は力を緩めない。むしろ握った手が震えるくらいにまで力を込める。
ふとした瞬間に、檻が小さな球形にまで潰れた。ゴーストが、小さな球になった。
それを確認して八尋が腕を下げると、球になったゴーストが重力に引かれて落ちてきた。両手で受け皿を作って彼がそれを捕まえる。
「結晶……か?」
それはまるで死体から覗く結晶――自分に力をくれる結晶のような、いや、それそのものだった。
「いや、とにかく……ゴーストも倒せる!」
八尋は再び腕を上げる。
空には、無数の風の檻が生まれた。