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信号で右に曲がると校門が見えた。たくさんの生徒が同じ道を歩いていた。知った顔もちらほらいる。しかし、肝心のポニーテールはどこにも見当たらなかった。
校門に差し掛かるころ、ふと誰かに見られているような感じを背に覚え、新は振り返った。当然、正体がわかるはずもなく、交差点を左から右へ過ぎる黒い服の男が目をひいただけだった。
あの目に見込まれてから、どうも浮き足立っていた。蛙が口縄に怖じるように、無邪気さと嘲りの同居した嗤いが頭から離れず、追跡妄想にとりつかれた気分だった。
「くだらないな」
不思議と、校門を抜けてからは、敏感になっていた第六感も鳴りを潜め、嫌な空気は薄れていった。置きかわって拡がったのは、鈍りきった、麻酔のような日常だ。
新は校舎に入り、4組を訪ねようとして思い留まり、6組の扉を開いた。毎度の内向的な匂いが鼻に流れ込んだ。教室後方右端の席の遠藤と、その机を囲んで談笑していた志子田、佐藤、高山、加えて不意に目が合った菅原に、おはよう、と発し、教室中央やや左に位置する自分の席で荷物を下ろした。
「新ちゃんおはよう」
外向的な声が聞こえた。沼田だ。沼田は江口や森、石澤からなる教壇近くの輪から外れて、新のほうへ歩み寄ってきた。新は荷物を机のフックにかけて着席した。
「おう、おはよう」
「新ちゃんなんか今日少し早くね」
「そうなんだよ、よく気付くな。でもまあ、5分じゃトイレ行くくらいしかできないけど」
「あとなんかちょっと元気無くね。連れション行こうぜ連れション」
「連れション?え、まじかよ」
「まじで」
「だな、行くか」
数分後、新と沼田が話しながら便所から戻ると、ちょうどそのタイミングで8時半の鐘が鳴った。そして、ふたりを始め、立っていた生徒たちの大半が席についた頃に、初老の女教師がしゃくしゃくと前方の扉から現れた。
「えー、おはようございます。今日休みの方、まだ来てない方、いらっしゃいますか。大丈夫かな。清田さんは連絡ありました。あれ、村井君は?どうしたの」
「あ、さっきおなか痛いって言ってトイレ行きました」
「ああ、そうですか。わかりました。えー、今日の連絡ですが」
新は頬杖をついて脱力した上半身を支えていた。心なしか、便所に行く前よりも頭がすっきりした気がする。瞼を閉じていると、深い海に沈んでいくようで気持ちが良かった。
「ですので、北門を通る時は気をつけて下さい。高総体も、村井君、大丈夫?」
「す、すいません、大丈夫っす、っす」
「高総体まであと1ヶ月しかありませんから、運動部の方なんかは特に体調管理、しっかりして生活して下さい」
「はい、すいませーん」
「はい。今日みたいな天気だと気分も落ち込んでしまうかもしれませんが、皆さんは私と違ってまだ若いので。元気にいきましょう。えー、では、このまま1限目は私なので、時間まで、皆さん各自準備をしてて下さい。時間が来たら、今日アランは来ないですから、このまま」